向こうの雑木林や青い空にふわふわ浮かんだ白い雲を眺めて、のんびりできて、ポカポカしながらひとりでお弁当を食べるのは気分転換になるし、割といい感じだ。
「クシュっ」
だけど最近、日に日に気温が下がってきてるのを感じる。暖かい格好をして散歩をするにはすごくいい気候なのかもしれないけど、このまま毎日外で弁当を食べるの、もっと寒くなったら結構つらそう。
体育館の横についてる鉄の扉、その下にある小さな階段に座ってるから、冷たさがじわじわお尻に伝わってくる。指先に息を吹きかけて鼻をずずっとすすった。
(あーあ。暖かいとこ、早く戻りたいなあ)
でもさ、まだ当分、もしかしたら今のクラスの間はもう、教室で弁当を食べられないのかも……。
「はあーあ」
でっかいため息が出てしまう。本当に、あの時、教室に忘れ物取りになんて行かなければよかった。
僕ってさ、色んな意味で引きが強いタイプなんだ。いい意味でも悪い意味でも。
こんなところに居合わせなくても良かったのになってことによくぶち当たる。
一昨日の出来事がまさにそれ。
二年になってから、ラッキーなことに中学からの親友の敦也と同じクラスになった。
そもそも僕と敦也が仲良くなったきっかけは、確か中学最初の体育の授業で二人一組になる時にたまたま組んだとか、そんなんだった気がするけどもう忘れた。そのくらいずっと前から仲のいい友達だ。
敦也は高校に入ってからぐんって身長も髪の毛も伸びて、急激に垢ぬけた。骨格がしっかりしてきたから、顎のラインとか頬のラインが男らしくシャープになった。
奥二重で切れ長の目がきりっとしてて、眉毛は元々直線で凛々しく吊り上がっててさ、まあ誰が見てもイケメンって言えるような見た目になった。
だけど中身は中学の頃のまんま変わらない、好物はメロンパンな、穏やかで優しいいい奴だ。
僕とは音楽の話とか好きなアイドルの話とか他愛ない話で盛り上がる感じの、普通の高校生。そんでまだ一度も彼女がいたことないのは、僕も敦也もどっちも同じなんだ。
まあ、僕はさ、姉と妹がいるってこともあるかもだけど、背が伸び悩んでて華奢め、ギャル系の華やかな見た目をしてる姉とうり二つの顔なんで、中学の時とか『サッカー部の姫』とか呼ばれてた。
そのせいか高校一年の時はダンス部の女子中心に、陽キャなギャルの友達が多かった。特にうちの姉をすげぇ慕ってる、学年随一の美人の麗良から『アユ君は先輩に似て、私の癖が詰まっためちゃくちゃ可愛い顔! 眉毛いじらせて!』とか度々メイクをされたりしてた。それで見た目のゆるふわギャル化がこの一年で進んだとか敦也にも笑われたっけ。
その子たちとはクラスが別れちゃって、今年は大体毎休み時間、敦也と一緒にいて喋ったりスマホ弄ったりしてた。
夏休みが明けて、文化祭が終わって、何となく周囲でも彼氏彼女持ちが増えつつあった頃、いくつかあった、クラスの女子グループの一つと僕等は昼休みに一緒にお昼を食べるようになってた。
女子も色々話しかけてくれるけど、やっぱり敦也と僕とで喋ることは多くなる、仕方ないよね? 仲いいんだし、お互い色々ほら、会話が弾むっていうか。
女子は女子で楽しそうにしてたし、そんなもんだろうって思ってたんだけど、放課後にたまたま忘れ物して教室に荷物取りに行ったらさ、その女子グループが中で話してるとこ聞いちゃったんだよね。
『サヤが敦也君に話しかけたいのにさ、夢野がいつも敦也君にくっついてて、ずっと喋りかけてるし、あいつ邪魔じゃない?』
(うおおお、聞いちゃいけないもの、聞いてしまった)
今まで一緒につるんでくれてた女子達は麗良を筆頭にみんな僕の事を『アユ君、可愛い! 目がぱっちり! 肌艶々で白っ! 髪色元々この薄茶色なの? 本当に王子様みたい。え、むしろ姫? 傾国顔ってやつ? 睫毛……、長い。ちょっとアイメークしてみてもいい?』って屈託なく話しかけてくれて、みんなの仲間に入れてくれてたからさ、女子にこんな感じで扱われたの初めてだった。
(こわっ)
そうっと廊下を後ずさりしようとしたのに、やっぱ女子って勘が鋭い。こっちを急にぐっと向いた子がいて、目があってしまった。ほとんどホラー映画だ。
あああ、恐ろしいことに聞いてたことがバレちゃって、『盗み聞きとか許せないんだけど。このこと、敦也君に話したらただじゃ置かないからね。サヤと敦也君と付き合う雰囲気になっていけるまで、あんたできるだけ教室で敦也君に話しかけないで。親友だったら友達の恋を応援してよね?』ってよってたかって凄まれてイマココ。
一人寂しく体育館裏でお弁当を食べる羽目になっちゃってる。
去年までは麗良達、派手で目立つ女友達に囲まれてたから、敦也と一緒にいたって他の女子からこんな絡まれ方したことなかったし、女子とはそこそこ仲良くできるって思いこんでたけど、思いもつかない落とし穴にはまったもんだ。
(まあさ、この状況の救いといえば、ここはすごく日当たりがいいってとこだな)
弁当を食べきったからバイト先で余って持っていったパンを取り出した。これ温めたらチョコが蕩けてベリーの風味も薫り高く美味しいパンなんだけど、今は寒くてカチコチ。歯で噛み千切ってもぐもぐとひたすらに噛んだ。
「はーあ」
ついた溜息が白くなるのももうじきかもしれない。まだほんのりと暖かいペットボトルのミルクティーに口をつける。
パンはまだ二つも残ってるけど、ここのはずっしりとお腹にたまるから、弁当食べたら一つ食べるので限界だ。だからこれでもうお昼はおしまい。
置いてきても良かったんだけど、姉さんと母さんに『敦也君に持ってってあげなさいよ』って言われたから持って来てる。まさか一緒にご飯食べてないっていえないし……。
ポケットにパンの包み紙を突っ込んだら指先に当たったものを取り出した。
ちょっとけばけばしいぐらいに鮮やかなピンクの小瓶。中にシャボン玉液が入ってる。レトロなタイプでライムグリーンのストローみたいなやつもついてる。昨日パン屋のオーナーから昨日貰ってポケットに突っ込んだんだった。
週末、パン屋のある商店街で子供用に配ってたんだって。
「歩陸、お前もまだガキみたいなもんだろ」ってさ、押し付けられたやつ。
体育館の外通路の低い壁の手すりに寄りかかる。ぺこっと蓋を開けた。それだけでぷくって半球のシャボン玉が口のとこにできてる。景色がさかさまに映る。虹色の泡の皮膜を見て、にまってなる。
(学校の中で今この時間、シャボン玉するようなやつは僕しかいないもん)
人に言ったらくだらないって言われそうな、そういうちょっぴりの特別感が好き。
(敦也なら、こういうの面白がってくれるのになあ)
今も暖かい教室で女子に囲まれて弁当を食べているはずの、中学からの親友を思うと、やっぱちょっぴり寂しい。でも女子にいい感じになるまで戻って来るなって念をおされちゃったから、我慢我慢。
どうしても敦也と喋りたくなったら通話すればいいだけだし。……でも敦也、部活忙しくて早く寝ちゃうからなあ。僕もバイト掛け持ちで忙しいし……。
(なんか寂しい。誰かと喋りたい)
麗良のグループのいるクラスにお昼食べに行ってもいいのかもだけど、流石に女子に泣きつくのは違うかなって思ってる。覚悟を決めてボッチ飯を始めたけど、でもやっぱ寂しいものは寂しい。
手すりにもたれて向こうを眺める。学校の隣は影と少しの雑木林になってる。日が差し込んで視界は開けてる。雑木林の向こうのどっかにはメタセコイアの林があって、彼氏彼女のいるやつらは映える写真目当てに、ちょっとしたお散歩に行ったりしてる。
今ちょっと人間不信気味だからさ、くそう、大事に想ってくれる人がいるって羨ましい。
(今日のぴかぴかの青空の下で、今シャボン玉飛ばしたら気分がスっとするかも)
ストローを小瓶につけてフーって息を吹き込んだら次々と転がりでるようにシャボン玉が次々と飛び出して柔らかな風に乗って雑木林の方へと飛んで行った。
シャボン玉なんて小さい頃に遊んだ以来だ。不意の風に攫われて、もつれ合いながら飛んでる。キラキラしてるのが、綺麗だ。
もう1回、もう1回って夢中でシャボン玉をふいてたら、急に、向こうから話し声がしてきた。
(うわあ、人来た! なんで?)
「クシュっ」
だけど最近、日に日に気温が下がってきてるのを感じる。暖かい格好をして散歩をするにはすごくいい気候なのかもしれないけど、このまま毎日外で弁当を食べるの、もっと寒くなったら結構つらそう。
体育館の横についてる鉄の扉、その下にある小さな階段に座ってるから、冷たさがじわじわお尻に伝わってくる。指先に息を吹きかけて鼻をずずっとすすった。
(あーあ。暖かいとこ、早く戻りたいなあ)
でもさ、まだ当分、もしかしたら今のクラスの間はもう、教室で弁当を食べられないのかも……。
「はあーあ」
でっかいため息が出てしまう。本当に、あの時、教室に忘れ物取りになんて行かなければよかった。
僕ってさ、色んな意味で引きが強いタイプなんだ。いい意味でも悪い意味でも。
こんなところに居合わせなくても良かったのになってことによくぶち当たる。
一昨日の出来事がまさにそれ。
二年になってから、ラッキーなことに中学からの親友の敦也と同じクラスになった。
そもそも僕と敦也が仲良くなったきっかけは、確か中学最初の体育の授業で二人一組になる時にたまたま組んだとか、そんなんだった気がするけどもう忘れた。そのくらいずっと前から仲のいい友達だ。
敦也は高校に入ってからぐんって身長も髪の毛も伸びて、急激に垢ぬけた。骨格がしっかりしてきたから、顎のラインとか頬のラインが男らしくシャープになった。
奥二重で切れ長の目がきりっとしてて、眉毛は元々直線で凛々しく吊り上がっててさ、まあ誰が見てもイケメンって言えるような見た目になった。
だけど中身は中学の頃のまんま変わらない、好物はメロンパンな、穏やかで優しいいい奴だ。
僕とは音楽の話とか好きなアイドルの話とか他愛ない話で盛り上がる感じの、普通の高校生。そんでまだ一度も彼女がいたことないのは、僕も敦也もどっちも同じなんだ。
まあ、僕はさ、姉と妹がいるってこともあるかもだけど、背が伸び悩んでて華奢め、ギャル系の華やかな見た目をしてる姉とうり二つの顔なんで、中学の時とか『サッカー部の姫』とか呼ばれてた。
そのせいか高校一年の時はダンス部の女子中心に、陽キャなギャルの友達が多かった。特にうちの姉をすげぇ慕ってる、学年随一の美人の麗良から『アユ君は先輩に似て、私の癖が詰まっためちゃくちゃ可愛い顔! 眉毛いじらせて!』とか度々メイクをされたりしてた。それで見た目のゆるふわギャル化がこの一年で進んだとか敦也にも笑われたっけ。
その子たちとはクラスが別れちゃって、今年は大体毎休み時間、敦也と一緒にいて喋ったりスマホ弄ったりしてた。
夏休みが明けて、文化祭が終わって、何となく周囲でも彼氏彼女持ちが増えつつあった頃、いくつかあった、クラスの女子グループの一つと僕等は昼休みに一緒にお昼を食べるようになってた。
女子も色々話しかけてくれるけど、やっぱり敦也と僕とで喋ることは多くなる、仕方ないよね? 仲いいんだし、お互い色々ほら、会話が弾むっていうか。
女子は女子で楽しそうにしてたし、そんなもんだろうって思ってたんだけど、放課後にたまたま忘れ物して教室に荷物取りに行ったらさ、その女子グループが中で話してるとこ聞いちゃったんだよね。
『サヤが敦也君に話しかけたいのにさ、夢野がいつも敦也君にくっついてて、ずっと喋りかけてるし、あいつ邪魔じゃない?』
(うおおお、聞いちゃいけないもの、聞いてしまった)
今まで一緒につるんでくれてた女子達は麗良を筆頭にみんな僕の事を『アユ君、可愛い! 目がぱっちり! 肌艶々で白っ! 髪色元々この薄茶色なの? 本当に王子様みたい。え、むしろ姫? 傾国顔ってやつ? 睫毛……、長い。ちょっとアイメークしてみてもいい?』って屈託なく話しかけてくれて、みんなの仲間に入れてくれてたからさ、女子にこんな感じで扱われたの初めてだった。
(こわっ)
そうっと廊下を後ずさりしようとしたのに、やっぱ女子って勘が鋭い。こっちを急にぐっと向いた子がいて、目があってしまった。ほとんどホラー映画だ。
あああ、恐ろしいことに聞いてたことがバレちゃって、『盗み聞きとか許せないんだけど。このこと、敦也君に話したらただじゃ置かないからね。サヤと敦也君と付き合う雰囲気になっていけるまで、あんたできるだけ教室で敦也君に話しかけないで。親友だったら友達の恋を応援してよね?』ってよってたかって凄まれてイマココ。
一人寂しく体育館裏でお弁当を食べる羽目になっちゃってる。
去年までは麗良達、派手で目立つ女友達に囲まれてたから、敦也と一緒にいたって他の女子からこんな絡まれ方したことなかったし、女子とはそこそこ仲良くできるって思いこんでたけど、思いもつかない落とし穴にはまったもんだ。
(まあさ、この状況の救いといえば、ここはすごく日当たりがいいってとこだな)
弁当を食べきったからバイト先で余って持っていったパンを取り出した。これ温めたらチョコが蕩けてベリーの風味も薫り高く美味しいパンなんだけど、今は寒くてカチコチ。歯で噛み千切ってもぐもぐとひたすらに噛んだ。
「はーあ」
ついた溜息が白くなるのももうじきかもしれない。まだほんのりと暖かいペットボトルのミルクティーに口をつける。
パンはまだ二つも残ってるけど、ここのはずっしりとお腹にたまるから、弁当食べたら一つ食べるので限界だ。だからこれでもうお昼はおしまい。
置いてきても良かったんだけど、姉さんと母さんに『敦也君に持ってってあげなさいよ』って言われたから持って来てる。まさか一緒にご飯食べてないっていえないし……。
ポケットにパンの包み紙を突っ込んだら指先に当たったものを取り出した。
ちょっとけばけばしいぐらいに鮮やかなピンクの小瓶。中にシャボン玉液が入ってる。レトロなタイプでライムグリーンのストローみたいなやつもついてる。昨日パン屋のオーナーから昨日貰ってポケットに突っ込んだんだった。
週末、パン屋のある商店街で子供用に配ってたんだって。
「歩陸、お前もまだガキみたいなもんだろ」ってさ、押し付けられたやつ。
体育館の外通路の低い壁の手すりに寄りかかる。ぺこっと蓋を開けた。それだけでぷくって半球のシャボン玉が口のとこにできてる。景色がさかさまに映る。虹色の泡の皮膜を見て、にまってなる。
(学校の中で今この時間、シャボン玉するようなやつは僕しかいないもん)
人に言ったらくだらないって言われそうな、そういうちょっぴりの特別感が好き。
(敦也なら、こういうの面白がってくれるのになあ)
今も暖かい教室で女子に囲まれて弁当を食べているはずの、中学からの親友を思うと、やっぱちょっぴり寂しい。でも女子にいい感じになるまで戻って来るなって念をおされちゃったから、我慢我慢。
どうしても敦也と喋りたくなったら通話すればいいだけだし。……でも敦也、部活忙しくて早く寝ちゃうからなあ。僕もバイト掛け持ちで忙しいし……。
(なんか寂しい。誰かと喋りたい)
麗良のグループのいるクラスにお昼食べに行ってもいいのかもだけど、流石に女子に泣きつくのは違うかなって思ってる。覚悟を決めてボッチ飯を始めたけど、でもやっぱ寂しいものは寂しい。
手すりにもたれて向こうを眺める。学校の隣は影と少しの雑木林になってる。日が差し込んで視界は開けてる。雑木林の向こうのどっかにはメタセコイアの林があって、彼氏彼女のいるやつらは映える写真目当てに、ちょっとしたお散歩に行ったりしてる。
今ちょっと人間不信気味だからさ、くそう、大事に想ってくれる人がいるって羨ましい。
(今日のぴかぴかの青空の下で、今シャボン玉飛ばしたら気分がスっとするかも)
ストローを小瓶につけてフーって息を吹き込んだら次々と転がりでるようにシャボン玉が次々と飛び出して柔らかな風に乗って雑木林の方へと飛んで行った。
シャボン玉なんて小さい頃に遊んだ以来だ。不意の風に攫われて、もつれ合いながら飛んでる。キラキラしてるのが、綺麗だ。
もう1回、もう1回って夢中でシャボン玉をふいてたら、急に、向こうから話し声がしてきた。
(うわあ、人来た! なんで?)



