────悪い遊びを覚えてしまったな
密かにそう思っている。
電気の使えないこの環境下では小説を回し読みするのが定番の娯楽なのだが、それでいつか読んだことがある。
お姫様が、敵対する国の王子様とこっそり手紙をやり取りするラブストーリー。もちろん親に隠れて。見つかれば死刑だ……たぶん。
だからきっと、私が仲間に内緒でやっている『猫文通』も、見つかれば死刑だろう……たぶん。
「この中に……恋をしているやつがいる」
ユキノがふいに発したその言葉に、しん……と場の空気が引き締まった。
そんな中でひとり。私だけは冷たい汗が背中を伝うのを感じていた。いや、別に恋などしていないのだが。
就寝前のルーティンは銃の分解清掃と決まっている。
普通の女の子であれば、お肌や髪の手入れのひとつも行うところだろうが、私たちは銃が優先だ。
そんなわけだから、こうして日々兵舎に集まり、長机を囲って銃の手入れに勤しむのである。
といっても、本当のメインは“おしゃべり”なのだが。
「……誰?恋してるのは……誰?」
「片思いならセーフ。両思いならアウトな」
「女の子どうしかも……」
「……それ、すき」
14歳前後の、みんな年頃の女の子だ。たとえ兵士といえど、色恋には相応に興味がある。
「噂では……戦闘中にこっそり抜け出して……敵のイケメンと会ってるやつがいるらしい……!」
ユキノがわなわなと震えながらそう言った。
「それって……!」
「そういや、ひとりいたわ……死んだはずなのに生還した子が……」
「なるほど……敵に救われて、その勢いで恋に落ちて……」
ひと言も発せず黙々と銃の分解を行う私に、皆んなの視線が一斉に向いた。
そして────
「「「「お前かぁッ────!」」」」
みんなの声が完璧にシンクロし、前から後ろから左右から。どこからとなく伸びてきた手によって私は揉みくちゃになった。
1週間前のあの日、生還してからというもの毎日この調子でイジられている。
もちろん、彼女たちに『リク』と『猫文通』のことは1ミリも話していないのだが。それにあの日以来、彼と顔をつき合わせて話したことなど当然ないけれど。
少女のカン……だろうか。何かしら察する所はあるのかもしれないと思うと肝が冷える。
「あっはは!いちばんロリなアサに限ってそれはねーよな」
言い出しっぺユキノが高笑いし、みんなもつられて笑う。これも毎度お決まりだ。
そして、この後の展開もほぼ決まっている。
「あっ!コムギちゃんだー。ほら、おいでおいで〜」
コムギがやってくるのだ。
尻尾をピンと立て、小走りで「ふにゃにゃにゃ」と呟きながら長机に飛び乗る。そうなればもう少女兵たちによる争奪戦だ。わずか一週間たらずで、コムギはもはやみんなのアイドルとなっている。
「可愛いね〜。いい匂いだね〜」
「ねー、こっち。つぎこっちだから」
「ほら、喧嘩すんなって」
あっちこっち抱っこされたり、顔をすりつけられたり、猫吸いされたり。
どれだけ揉みくちゃになろうと満更でもないという顔のコムギ。
そんな様子を一歩引いたところから眺め、平和な空間にほっこりしながらも、一方で私はコムギの首輪につけられた鈴が外れてしまわないかとハラハラした気持ちで見つめていた。
あの鈴の中には、リクからの手紙が入っているからだ。


