「隊長さんよー、デカいの一発頼むぜー!」
「うるさい、気が散る!」

 突発的にはじまった南北対抗の草野球大会。
 バッターボックスに立つ督戦隊の隊長をみながイジリ倒している。

「男子ってほんとアホだわー」
「野球やろうって発想なるかね普通さぁ」
「それな」

 対して女子は、仲良く男子達の奇行を冷ややかにディスっていた。
 それでも、彼女達の顔にも笑顔が浮かんでいる。

「あの……お名前は……」
「くもり……です」
「変な名……ぁ、素敵な名前……ですね」
「ありがとう……あなたは可愛い人……あ、ごめんなさい。つい……」
「そ、そんなこと……」

 こちらでは、初対面の少女の間で芳しい百合の花が咲いていた。

 見渡してみれば、皆が皆、それぞれに穏やかな時間を過ごしている。
 特別、親睦を図らずとも。静かに佇みながら微笑んでいたり、何かに思いを馳せるように空を見上げていたり。
 ここには今、平和な時間がゆったりと流れていた。
 
 きよしこの夜。
 あのオルゴールをここで流せたのなら、さぞしっくりくることだろう。

 そんな風に思いながら、私はみんなの姿を少し離れたところから眺めていた。
 リクと一緒に。コムギを膝に乗せて。

 こういうものかもしれないけれど、せっかく再会できたというのに、なんだか気恥ずかしくて上手く話せないままでいる。
 そうしてモジモジしながらコムギを撫でていたら、リクが口火を切ってくれた。

「なぁ、アサ」
「ん、なに?」
「そんなチビだったっけ?」

 むっとした。
 私がリクに対してどんな想いを抱えてきたか知る由もあるまい。

「リクはそうだなぁ……もっとイケメンだった気がするなぁ。残念だなぁ」
「はーん、なるほどねぇ」
「な、なによ……?」
「人の顔、思い浮かべてたわけか。夜な夜な?」
「ん。夜な夜な……はっ!?」

 リクが頬杖をついてニヤニヤしながら私を見ていた。

「違うから!」
「へぇー、えぇー、そぉー、かぁー」
「ぐぐ……な、なによ。手紙だと優しいくせに。オルゴールのこととかさ……私……すごく嬉しかったのに……」

 ははっと少し困ったような笑みを浮かべると、リクは懐から小包を取り出した。

「アサ。悪かったよ」
「……嫌い」
「へー、じゃあプレゼントなしでいい?」
「え……プレゼント……?」
「あぁ。クリスマスだからな。はい、どうぞ」

 そう言って渡してくれた小包。

「あ……これ……」

 覚えている。この大きさ、形状、重さ。
 これは────

「リク。これってまさか」
「あぁ。そうだよ。いや、多分な……って言った方がいいかも。ただ約束したからな、見つけてやるって」
「……見ていい?」

 リクは小さく頷いた。
 私は小包をそっと開ける。あぁ、やっぱりだ。

「……オルゴール」

 あの子が最後に持っていた。そして私がずっと持ち歩いていた────
 金属の表面は傷だらけで、蓋の縁には弾丸の破片の跡が残っていた。
 間違いない。あの子のオルゴールだ。

「それで間違いない?」
「うん。絶対そう。あ、きよしこの夜って曲が流れるから聴いてみれば……」

 私は胸の奥が熱くなるのを感じながら、そっとオルゴールのねじを回した。

 ぎ……ぎ……と硬い音がした。
 雪の音よりも小さい、金属の抵抗。
 そして、かすかに震えるような“最初の一音”が鳴った。

「ねぇ、リク。聞こえる?」
「んん……いや、聞こえないな」
「いつもね、耳につけて聴いてたから。もっと近くに来て」
「こんぐらい?」
「そうそう……どう?これで……聴こえ……あ」

 目の鼻の先に、リクがいる。
 おそるおそる目線をあげる。彼もまた私の瞳を見つめていた。
 雪がひらりと落ちて、リクの睫毛に触れた。
 そっと、ふたり、ゼロになってゆく。
 吸い寄せられるというより、もとよりそこにあったかのように、あたりまえのように……唇を添えようとした。

「にゃおーん?あんまっ」

 邪魔が入った。コムギだ。いまは天使ではなく小悪魔である。
 私とリクはさっと距離を取っていた。お互い顔が真っ赤っかだ。

「ぷっ……ふふ……」

 そして、それがなんだか可笑しくて笑い合った。

 ずっと続いてくれればいい。そう思った。
 それは叶わぬ夢だと、わかっていたけれど────

 次の刹那、夜空にぱっと青白い光が点いた。
 照明弾だ。これは南軍によるもの。これが意図するところは私も知っている。

「総員、戦闘配置────」

 誰かが言った。囁くような、叫びのような。とても切ないゆらぎだった。

「アサ……」

 照明弾に照らされて、リクは寂しげな表情を浮かべながら呟いた。

「うん。わかってる。ありがとう、リク。私ね────」
「待てよ。これで終わりじゃないさ」

 リクは、ささっとメモ帳のような紙切れに何かを書いた。
 そしてそれを折りたたんでコムギの鈴に入れた。

「それ。向こうに着いたら開けてみてくれ」
「……ん。わかった」

 一度、視線を交わし、私たちは背を向けて別れた。
 すると、2、3歩歩いたあたりでリクが声をかけてきた。

「アサ!」

 私は振り向く。コムギを抱いたまま。

「……またな」

 ぎゅっと、コムギを抱きしめた。きっと苦しかったろうに、コムギは私の心を汲み取ってくれたようで、なにもいわず抱かれたままでいてくれた。

「うん……またね」