────こんな記憶はない。
 少なくとも、私の経験してきた人生において、こんな清らかな小川は見たことがなかった。
 のどかな田園風景も、鳥の鳴く声も、野に咲く花も。
 
 まるで絵本の挿絵のような世界に、私はいま佇んでいる。
 それも“ひとりでははい”。

「ねぇ、ここって、天国なの?」

 私は隣り合って座っている少女に話しかけた。
 白いワンピースを着ていて、歳は私と同じくらいだ。見れば、私も同じ格好をしている。

 この子が誰であるか。私にはわかっていた。

「違うよ。ここはね、死んだ人が休むための場所。苦しかったことも、怖かったことも、きれいに流れてしまうまで。ここでこうして休んでるの」

 彼女は────あのオルゴールの子だ。
 私が見殺しにした。あの少女だ。

「私ね、あなたに謝ろうと思ってた」
「どうして?」
「私は助けようとしなかったから。それに……あなたからオルゴールを奪った」

 そうだ。私は撃たれて死んだんだ。だからこの場所にいる。

「ずっと気にしてたの?」
「……うん」
「そっか」

 許してくれる?と聞くと、わからない。と彼女は答えた。
 恨みも憎しみも、もう忘れてしまったのだという。ここはそういう場所だから、と。

「いいなぁ。私もここにいていい?」
「ダメだよ」
「……どうして?」

 彼女が小川の対岸を指差した。そこには────

「コムギ……?」

 灰色の毛に、まんまるの青い瞳の猫が一匹。ちょこんと座ってこちらを見ていた。

「あなたはまだ死んでない。だからダメ」
「……でも、でも私……もうイヤなんだ。だって生きてたって……苦しみしかなくて……怖くて、痛くて……そんな世界で私……!」

 私が心を削りだすようにして発した言葉に対し、彼女は何も答えなかった。
 代わりに、一枚の小さな紙にすらすらと何かを書いて、それを折りたたんで私に手渡した。

「開けてみて」

 折り畳まれた紙。まるでリクとの猫文通で交わしていた便箋みたいだ。
 私は紙を広げていった。
 姿を現したのは、日本人の私にはあまり見慣れないものだった。

「……英語?」

 そう。英語だ。英文が書かれていた。
 でも私には到底理解できるものではない。英語なんて勉強する前に学校生活は終わったからだ。

「これはね、リルケっていう人が書いた詩なんだ。私が好きだった詩。これをあなたに贈るね」

 Let everything happen to you:
 Beauty and terror.
 Just keep going.
 No feeling is final.

「どんな意味なの?」
「この詩はね────」