宿舎のベッドで丸くなっていたコムギの鈴に、そっと手紙を差し込んだ。
 すると耳をぴくりと動かし、すぐに「にゃん」と声を上げて立ち上がった。

「……コムギ」

 言おうとした言葉が喉の奥でつかえて、私は一度、深く息を吸った。

「もう、これでお別れだよ」

 言った瞬間、コムギは首をかしげた。
 意味なんてわかるはずないのに、まるで「嘘でしょ?」と問い返すみたいに。

「いい?ここはね、もう来ちゃダメなの。だからリクのところにお帰り」

 声が震えた。
 でも、コムギは尻尾を立ててすり寄ってくる。

「にゃんっ」
「だめ────!」

 思わず声を荒げた。
 その声を聞いて、コムギが一瞬びくっとした。
 けれどすぐに、また擦り寄ってくる。
 その無垢さが、胸の奥をぐしゃりと押し潰した。

「お願いだから……みんな死んじゃうの。私も……だからここにいちゃダメ」

 涙が溢れた。

 追い払おうとしているのに、コムギはただ、私の手を舐めた。

 ああ、だめだ。本当にだめなんだ。
 私は、近くにあった木箱を掴み、ぎゅっと胸の前で抱いた。

「────あっちにいけ!」

 ガンッ!!

 木箱を床に叩きつけた。
 部屋の壁が震え、ランプが揺れて影が乱れた。

 コムギは飛び上がり、クラッとよろけて後ずさった。
 青い瞳が大きく見開かれ、その中に恐怖が浮かんでいる。

 痛い……痛いな。胸が、裂けそうだった。

「……行ってよ……お願いだから……」

 恐る恐る、一歩。コムギが、その場からゆっくり後退していく。
 また一歩。
 ドアの猫穴まで下がると、振り向かず、そのまま外の闇へ走り去った。

 その愛しい気配が消えたあたりで、膝が勝手に折れ、私は床に手をついた。
 あたたかかったはずの場所に、もうコムギの温もりはない。

「これでいい……これで……」

 静かな夜だった。
 泣くことさえ許されないような。
 私はそんな夜にただひとり、眠ることもできずに朝がくるのを待ち続けた。