兵舎の前に、黒い影が三つ並んでいた。
全身を灰色の防護服で覆った大人たち。
顔のほとんどは遮光バイザーで隠れていて、表情はまったく見えない。
男なのか女なのか。その性別すらもわからなかった。
「貴様らは何をしている?」
仲間たちは左右に並び、びしりと並ぶ大人の前で震えながら立ち尽くした。
寒さのせいだけじゃない。
防護服から滲み出る圧力が、皮膚を押し潰してくるようだった。
中央の大人が、一歩、私たちの前に出た。
「戦果が上がっていない。なぜだ」
まるで機械のような声だ。その不気味さに、皆が怯えていた。
「よもや、休戦などというデマを信じているのではあるまいな」
私の背筋がびくりと震えた。
「大統領は勝利をお望みである。ゆえに戦争は終わらぬ」
はっきりと言った。私たちの願いはたったいま崩れ去った。あまりにも脆く。
幼い兵士の喉が揃って鳴った。泣き出しそうな子もいた。しかし、誰ひとり気にかける者はいない。立っているのがやっとだったからだ。
「これより督戦隊を派遣する。逃げる者、武器を放棄した者は────」
言いかけた言葉は最後まで聞かなくてもわかった。
督戦隊とはそういうものだ。私が前にいた戦線で見たことがある。臆病風にふかれた兵士を容赦なく射殺するその様はまるで感情のないロボットだった。
つまり、もう……私たちは逃げることも、銃にさよならを告げることもできなったということだ。
「明日より戦闘を再開する。規律を乱す者は、直ちに処罰する……解散」
そう言って、防護服の三人は背を向けた。
この戦場で唯一“死なずに済む人間たち”が雪の向こうへ歩いていく。
「……アサ……どうするの……?」
ユキノが震えた声で言った。
「…………」
答えようとして、喉がきゅっと締まった。
言葉の形だけが浮かんでは消えていく。
“やる”
“あきらめない”
“まだ希望はある”
……無理だ。全部、ぜんぶ夢に過ぎなかった。
だって大人が来た。
もう私たちが少しでもふざけたことをすれば────
撃たれる。
殴られる。
消される。
そうなる未来が、一瞬で頭に浮かんだ。
私たちはそういう風に“作られている”。
物心つく頃には銃を握り、大人には逆らうなと徹底して刷り込まれてきた。
だから無理なのだ。頭では従いたくなくても、カラダは勝手に跪く。逆立ちしたって、行く末を変えることなんてできやしない。
「……リクに……伝えないと……」
声にならない声で続けた。
「……ダメだったって……」
私は後悔した。
あの夜に、手紙で伝えればよかった。恥ずかしがらずに、彼への想いを。
もう、届くことはない。私の想いを────


