その夜、私はランプの灯りを少し絞り、机の前に座ってコムギの首輪を外した。
 コムギは机の角を前足でちょいちょい叩いては「あんま、あんま」とおやつの催促を繰り返している。
 
「おやつは手紙の後ね」

 鈴の中には、いつもより少し厚めの紙が丁寧に折りたたんで入っていた。
 取り出してみれば、見慣れたリクの癖字がすぐに目に飛び込んだ。この瞬間が、私は好きだ。まるで家のドアを開ければ出迎えてくれる優しい笑顔のようで、ふっと口元が綻ぶ。

 『そっちでも休戦の噂が広まってるって聞いたよ。
  俺たちは、もうすっかりそのつもりだけど。
  本音では誰も戦いたくないってことだよな。
  まぁ……大人どもは知らんけど』

 私は読みながら、息をゆっくり吐いた。
 同じだ。北も南もない、誰しもが何のための戦いなのかと疑問を抱いているんだ。

 そして続きには、こんな言葉があった。

 『政府がどう動くのかはわからない。
  でも俺たちはさ、もうじゅうぶん戦ったよな。
  アサだって。
  オルゴールのこと。そんな思いを、これ以上誰にもしてほしくない。』

 その一文に、胸の奥がぎゅっと掴まれたのだろう。私の時間は一刻、たしかに止まった。

「……私のことなんて、いいのに」

 思わず声に出していた。
 ランプの揺らぎが壁に影を描き、
 コムギがその影を追うように尻尾をゆらゆらさせている。

 私は便箋を取り出した。
 リクの言葉が、指先にしみ込んでくるような気がして、ペンを握ると手が少し震えていた。
 でも誤魔化すことはできない。
 いまはただ、自分の気持ちを正直に書こうと思った。

『最近の灰谷は静かです。
 どこの部隊でも、誰も死なない日が続いています。
 こういう日ばかりなら……休戦も、本当にあるのかもしれないね。』

 そこまで書くと、胸がじんと熱くなった。
 言葉を飲み込んでしまいそうな気がして、私は呼吸を整えた。

『子どもなのに戦って。殺して、殺されて。
 誰もおかしいと言わなかったこの世界で。
 ずっと“仕方のないこと”として生きてきたけど……
 でも、私ももういいかげん、こういう日々に終わってほしいと思っています』

 コムギが机に顎をのせて、じっと私を見ている。
 その青い瞳が、真剣に“続きを書け”と言っているようで、まるで厳しい家庭教師みたいで可笑しくて笑みが溢れた。

『もし本当に休戦がくるなら、
 私たちは、もう銃を持たなくてよくなるんだよね。
 誰も殺さない。殺されない……そう思って、いいんだよね』

 最後の一文を書き終えると、胸がふっと軽くなった。

「よし、コムギ。お願いね」

 おやつを食べ、充電が完了したコムギは力強く“にゃっ”と鳴いた。
 返事の手紙を収納した首輪の鈴をつけてやると、ドアの猫穴に向かいスルリと通り抜けてゆく。

「気をつけてね」

 その可愛らしい気配が遠のいてゆくのを待ってから、私はランプを少しだけ明るくした。
 今日はもう少しだけ。このまま夜更かしをしたい気分だったから。