今日が最期かもしれない。

 撃たれるのか。刺されるのか。どこかしら吹き飛ばされるのか。
 それが、私たちの死に方だ。
 いまこの瞬間も。
 狭い戦場のどこかで、見知った誰かが倒れていることだろう。

 ────もう慣れてしまった。

 轟音が響き、銃弾が頭上を飛び交う中で、こうして歌を口ずさむくらいには。
 
「き……ぃよし……こ、のよる……」

 右耳を塞いで、左耳にオルゴールを当てる。
 小さな“壊れた”オルゴールだ。所々、音が途切れているけれど、この曲は私も知っている。
 『きよしこの夜』
 平和なキリスト降誕の夜。その穏やかな情景を歌う讃美歌だ。

「ほ、しは……ひ、か、り……」

 14歳の女の子にしては、しぶとく生き残っている方だと思う。
 “平均寿命6ヶ月“といわれる、この「灰谷戦線」に送られてから、もう一年。いまや立派な老兵だ。

「す、くい……の、み……ぃこ、は……」

 ────コンコン。
 と、ノックする音が頭上から伝わってきた。
 私の被っているヘルメットが叩かれた音だ。
 次の瞬間、心地よいオルゴールの音色は消え去り、けたたましい銃声と炸裂音が耳いっぱいに広がった。

「アサ!ねぇ、アサってば!なに、死んでんの?」

 私の隣で、瓦礫に身を隠しながら応戦している同い年の少女兵・ユキノだ。
 ここは廃墟となった街なので、遮蔽物はいくらでもある。それは敵にとって同じことだけど。

「死んでるかもー」
「生きてんじゃん。うわ、あっぶな!」

 耳かすめた!と、身を乗り出して小銃を撃っていたユキノが、さっと身を隠した。私とカラダをくっつけて遮蔽物に収まるように縮こまる。

「やっぱ、あたし美少女なんだわ。神様が生かしてくれてんの」
「えー、美人薄命っていうじゃん」
「なにが言いたいんだよ、アサのくせにぃ」

 身動きが取れない中で戯れ合う。こんな瞬間もよくあることだ。
 でもそれも、今日が最後かもしれない。そんな気がしている。なぜって────

「……早く行けってさ。あいつ、自分は行かねーくせに」
「ん。しょうがないよね」

 少し離れた遮蔽物から、分隊長の少年兵が私にハンドサインを送っている。
 補充の弾薬を仲間に届ける。それが今の私に課せられた任務だった。
 
「なぁ、アサ。あたしが代わってやろうか?あんたチビだし足遅いしさ」
「えー、優しい。これは恋するやつ」
「お前なぁ……」
「ありがとう、ユキノ。私は大丈夫だから」

 無線は誰も持っていない。
 EMPとかいう兵器が常時照射されているせいで、この戦場ではドローンはおろか、通信機器の類まで。電気が関わる全てが死んでしまっているからだ。

 まるで100年前の戦争みたい。
 もっとも、その時代にはちゃんと大人同士で戦っていたんだろうけど。

「じゃあ……いってきます」

 私はオルゴールを、腰の弾薬ホルダーにそっと収めた。そして機関銃弾の弾帯をマフラーみたいに首に提げ、両手に弾薬箱を握りしめた。

「そっか。もうすぐクリスマスなんだ……」

 思わず空を見上げる。
 雪は、世界を白く塗りつぶすみたいに静かに降っていた。
 
 きっとサンタさんは来てくれるんじゃないかな。そう思った。
 だって、この戦場には……“子どもしかいない“のだから。