駅前の商店街から周囲に広がる住宅街まで一帯が詩編町だ。大きな一軒家もあるけれど単身者向けのアパートもあって、私はここで一人暮らしをしている。商店街や公園にもよく散歩でふらふら出かけているけど……ラジオ局なんてあっただろうか?
ずんずん進んで行くと見覚えのある景色に、ある可能性に思い至る。
気持ちがざわつく。
ふくらんだポケットに手を入れて、その固い中身を触ってみる。
たしかにあそこなら……。
だけど、あそこはもう――。
閑静な夜の住宅街。この町の中では比較的高級そうな住宅が建ち並ぶエリアで、夜だから黒炭のような色に見える壁と大きなガラス窓が目に入る。
私はこの壁が昼間はコーヒー色のブラウンだということを知っている。
クンと反射的に鼻が反応するとコーヒーの残り香のようなものがかすめていく。
『……ガガ……住所だけだとわかりにくいかもしれないです』
『それもそうかニャ。ねこねこレディオの放送局は――』
ここは……
『一丁目のCafé Tortieの中ニャ』
ここは、アンティーク調の店構えと店内装飾、それに詳しくはないけれど本格的だと思われるコーヒーとイギリス式の紅茶やお菓子を楽しめると人気のカフェだ。
〝カフェに放送局があるなんて〟
普通はきっとそう思う。だけど私にはそれが不思議ではないと思う理由がある。
カフェ・トーティは店の角もガラス張りになっている。
営業を終えている店は、ブラインドが下りていて中の様子は見えないけれど、窓からはかすかに灯りがついているようにも見える。
たしかにDJザラメはこの店の名前を口にした。
不安と期待が入り交じった音を鳴らす鼓動を感じながら、木製の古めかしいドアに手をかける。
引くとギィ……と小さな音がして、暗い店内が目に入る。鍵が開いているということは、ここで間違いがないのだろう。
「ごめんください」
恐る恐る中に足を踏み入れる。
カフェの店内には誰もいないようだ。
『これで応募殺到間違いなしニャン。みんな遠慮なく来るといいニャ』
『それよりザラメさん、この人大丈夫なんですか?』
イヤホンからは相変わらず声が聴こえる。〝この人〟とは、先ほどの女性だろう。そういえば番組で女性が泣き出したんだっけ。やっぱり来るべきではなかったのかもしれない……と思ったところで、ぶんぶんと頭を振ってネガティブな思考を振り払った。
そして、暗い店内でそこにだけに目がいくような【ON AIR】の赤いランプを目指す。そう、トーティの片隅にはアンティークな雰囲気には似つかわしくないラジオブースがあるのだ。オーナーの趣味でコミュニティFMとして番組を放送していたこともある。
コミュニティFMというのは狭い放送範囲に限られた、言うなれば地域密着型のラジオ放送だ。
だけど今はもう放送していないと思っていた。
昼間は外のガラスからスタジオ内が見えるのだけれど、店内からはブース内は覗けないようになっている。
『遠慮なく』の言葉を信じて放送中のブースのドアを、それでも遠慮がちに叩く。
コンコン……コンコンコン……と繰り返し小さく叩いても反応がない。
また『遠慮なく』の言葉を頭の中に思い浮かべて、小さな深呼吸をする。
えい! っと心で唱えて、飛び込むつもりでドアを開けた。
けれど、機材が置かれた狭いスペースにも誰もいない。スタジオ内にいるのだろうかと、機材スペースからガラス張りになった四畳ほどのスタジオに視線を映す。
「え……」
ずんずん進んで行くと見覚えのある景色に、ある可能性に思い至る。
気持ちがざわつく。
ふくらんだポケットに手を入れて、その固い中身を触ってみる。
たしかにあそこなら……。
だけど、あそこはもう――。
閑静な夜の住宅街。この町の中では比較的高級そうな住宅が建ち並ぶエリアで、夜だから黒炭のような色に見える壁と大きなガラス窓が目に入る。
私はこの壁が昼間はコーヒー色のブラウンだということを知っている。
クンと反射的に鼻が反応するとコーヒーの残り香のようなものがかすめていく。
『……ガガ……住所だけだとわかりにくいかもしれないです』
『それもそうかニャ。ねこねこレディオの放送局は――』
ここは……
『一丁目のCafé Tortieの中ニャ』
ここは、アンティーク調の店構えと店内装飾、それに詳しくはないけれど本格的だと思われるコーヒーとイギリス式の紅茶やお菓子を楽しめると人気のカフェだ。
〝カフェに放送局があるなんて〟
普通はきっとそう思う。だけど私にはそれが不思議ではないと思う理由がある。
カフェ・トーティは店の角もガラス張りになっている。
営業を終えている店は、ブラインドが下りていて中の様子は見えないけれど、窓からはかすかに灯りがついているようにも見える。
たしかにDJザラメはこの店の名前を口にした。
不安と期待が入り交じった音を鳴らす鼓動を感じながら、木製の古めかしいドアに手をかける。
引くとギィ……と小さな音がして、暗い店内が目に入る。鍵が開いているということは、ここで間違いがないのだろう。
「ごめんください」
恐る恐る中に足を踏み入れる。
カフェの店内には誰もいないようだ。
『これで応募殺到間違いなしニャン。みんな遠慮なく来るといいニャ』
『それよりザラメさん、この人大丈夫なんですか?』
イヤホンからは相変わらず声が聴こえる。〝この人〟とは、先ほどの女性だろう。そういえば番組で女性が泣き出したんだっけ。やっぱり来るべきではなかったのかもしれない……と思ったところで、ぶんぶんと頭を振ってネガティブな思考を振り払った。
そして、暗い店内でそこにだけに目がいくような【ON AIR】の赤いランプを目指す。そう、トーティの片隅にはアンティークな雰囲気には似つかわしくないラジオブースがあるのだ。オーナーの趣味でコミュニティFMとして番組を放送していたこともある。
コミュニティFMというのは狭い放送範囲に限られた、言うなれば地域密着型のラジオ放送だ。
だけど今はもう放送していないと思っていた。
昼間は外のガラスからスタジオ内が見えるのだけれど、店内からはブース内は覗けないようになっている。
『遠慮なく』の言葉を信じて放送中のブースのドアを、それでも遠慮がちに叩く。
コンコン……コンコンコン……と繰り返し小さく叩いても反応がない。
また『遠慮なく』の言葉を頭の中に思い浮かべて、小さな深呼吸をする。
えい! っと心で唱えて、飛び込むつもりでドアを開けた。
けれど、機材が置かれた狭いスペースにも誰もいない。スタジオ内にいるのだろうかと、機材スペースからガラス張りになった四畳ほどのスタジオに視線を映す。
「え……」



