『――それは辛かったニャ。気持ちわかるニャ。さっさと忘れるニャ』
『あなた全然わかってない。そういうことじゃないんです』
ラジオの向こうから、突然女性の悲しげな声が耳に響いた。
『どうしたのニャ。泣くなよニャ』
『だって、ひどい――』
『ニャー! シナモン! ミュージック! ミュージックいくニャ!』
なんだか、女の人の涙声を必死になって遮ろうとしているようだ。
『そんなー! 急に言われても!』
アシスタントだろうか? こちらも慌てた声を発している……というか、この声は電波に乗せていいのだろうか?
続いてガサガサという紙を漁る音や、ガチャガチャというダイヤルを回すような音やボタンをいじる音なんかが耳に入る。
どう考えても放送事故としか思えない慌てた空気がこちらにも伝わってきたところで、なんとか音楽が流れ始めた。聴いたことのないメロディに、聴いたことのない歌声――まるで猫の鳴き声のような……?
『ガガ……ッ――もう(いっ)ぴガガッ……アシスタント雇った方がいいですよ』
音楽が途切れたところで、またしても電波に乗っていることがわかっていないような声が聴こえる。
『うーん、たしかにそうかもしれにゃいニャ』
『もう募集しちゃいましょうよ、アシスタント』
え……? 今、〝アシスタント募集〟って言った?
って、いやいやいや。心臓は小さく跳ねてしまったけれど、冷静にならなくちゃ。
だってこんなにおかしなラジオ番組なんだから。
少し前に番組名を検索してみたけれど何もひっかからなかった。
始まったばかりで情報が無いのか、それとも野良(・・)の違法な放送なのか。どうにも怪しい雰囲気が漂っている。
『仕方ないニャ、じゃあリスナーのみんなの中でラジオに興味のある――ガガ――は面接にくるニャ』
〝ラジオに興味のある人〟の言葉にまた心臓がトクンと跳ねる。
それって私のことじゃない? いや、でも語尾が「ニャ」のDJの番組なのよ?
頭の中で二人の私がせめぎ合う。
『場所は詩編町(しゃむまち)一丁目……』
「嘘っ!?」
住宅街の夜道だというのに思わず大きな声が漏れた。
だって詩編町って今私がいるこの町。ここは三丁目だけれど、一丁目もそんなに離れてはいない。
これは運命?
『やる気のあるヤツは今すぐ来てもいいニャ』
だけどやっぱり、こんな夜中に即日面接だなんてどうかしている。
でも……。
先ほどの【募集は締め切りました】の画面が頭をよぎる。
半分無意識にこぶしをギュッと握った。
怪しい番組くらいが、私みたいな人間には案外ちょうどいいのかもしれない。
「そうよ。だいたい受かるとも限らないわけだし」
自身に言い聞かせるようにつぶやく。
この何日もずっと後悔のため息をついていたことを思えば、これは千載一遇のチャンスだ。ううん、まさしく運命だ。
家に向かう足をくるりと方向転換。気づいたらイヤホンをつけたまま一丁目に向かって小走りになっていた。