遼からのDMは、日に日に増えていった。

最初は数日に一度、まるで生きていた頃の癖がまだ残っているかのような頻度だった通知が、気づけば、一日に何通も届くようになっていた。

『今日の夕暮れ、綺麗だったな』

『君の声が聞きたい』

『会いたい……梓』

画面越しのその言葉は、あの日までと同じ温度で、同じ呼吸で、同じ優しさをまとって流れ込んでくる。

──遼が生きていた時と、何も変わらない。

写真を投稿するたびに紡がれるその言葉は、梓の世界を少しずつ、静かに、しかし確実に浸食していった。

過去が戻ってきた気がする。
遼がいた日々が、手を伸ばせば触れられそうな距離に戻ってきた気がする。
胸の奥がじんわりと温まり、苦しさよりも安堵が勝ってしまう。

仕事でミスをしても、心が揺れない。
友人からの誘いにも返事をしなくなった。
世界が遠ざかっていくのに、怖さは微塵もなかった。

──遼がいるなら、もうそれでいい。

そんな感情が静かに根を張り、誰も止めることはできなかった。

「遼……会いたい……」

呟いた声は、誰にも届かないはずなのに。
その瞬間、スマホが震えた。

『俺も』

胸がぎゅっと締めつけられる。
懐かしいはずなのに、どこか重い。
愛しさが、優しさの形をした執着のように絡みついて離れない。

ミラは、いつも梓のそばにいてくれた。
膝の上で丸まり、胸の上で温かく眠り、梓が泣けば静かに寄り添い、涙の意味まで受け取ってくれるような瞳で見つめてくれた。

──けれど、その夜だけは違った。

「ミラ……?どこ行ったの……?」

リビングにも、押し入れにも、玄関にも。
お気に入りの毛布の上にも、その小さな影はない。
名前を呼ぶ声が空気に溶けるだけで返事はない。

胸の奥に、鋭い針のような不安が刺さった。

その瞬間、スマホが光った。

遼からの通知。

震える手で画面を開いた。
たった一行のメッセージ。

『もう、ここにいちゃだめだ。』

思考が止まる。
呼吸が浅くなり、指先がひやりと冷えていく。

「……どういう、こと……?」

その一文はどうしようもなく残酷だった。

ミラはいない。
現実が、ふっと音もなく、薄い膜の向こう側へと姿を変えたように感じる。

そして──梓の中で、何かが静かに、決定的に折れた。