放課後、椿はいろんな人に声をかけられてはニコニコと手を振っている。
 並んで歩く俺にとっては居心地が悪い。
 人がまばらになるまで、俺はできるだけ空気に徹しよう。そうしよう。

 そう決めていたのに、椿はなんの遠慮もなく肩を抱いてくる。
 校門を出た瞬間に、だ。

「今日はバイトないから、今から遊びに行きましょう! 初デートリベンジ! 放課後デートです!」
「放課後デート」

 くっつくのが照れ臭い、なんて感情はかき消えた。
 放課後デート……これまで、俺の辞書には存在しなかった文字だ。
 胸の奥がじんわりと熱くなって、思わず笑みが浮かぶ。
 カクカクと何度も頷くと、椿が「やった!」と微笑んだ。

「バイト先のカフェに行きましょう? 店長に確認できますよ。俺と付き合ってないって」
「恥ずかしいから絶対言うなよ!」

 思わず声が大きくなってしまった。
 あんな勘違い、知られたら赤っ恥だ。
 でも……と、俺は目線を下げる。

「……お前のバイト先には、行ってみたいな」

 ぼそっと伝えると、椿のはしゃいだ声が聞こえてくる。

「じゃあ決まり!」
「ま、待ってくれ!」
「どうしました?」

 柔らかく尋ねてくれる椿に、俺はどう伝えようかと口をもごもごさせる。

「その、カフェに行く前に、ちょっと髪を……髪のセットの仕方を、教えてくれるか?」

 俺は前髪をいじりながら、なんとか伝えた。
 椿は二回瞬きをしたかと思うと、にへらっと甘い表情になる。

「今のままでかわいいですよ」
「そっ……そんなこと言うのお前だけだよ。俺だって、椿を見習って見た目も努力したいんだ。かっこいい恋人と、釣り合いたいって思うし……」

 羞恥心で消えられるなら、俺は消滅してると思う。

 本当の気持ちだけど、顔が熱い。
 夕日なんてまだ出てないのに、夕日のせいにしたいくらい赤い顔になってるはずだ。
 でも、ちゃんと伝えないと。
 俺はじっと椿を見上げた。

「好きな人の隣では、少しでもおしゃれにしたいだろ」

 言い終えた瞬間、椿の顔もぶわっと赤くなる。
 まるで頬に花が咲いたみたいだ。

「わー……わーっ! 幸哉先輩かわいいっ!」
「うわっ! お前はいっつも抱きつくのが急なんだよ!」

 いきなり横からぎゅうっと抱きしめられて、俺は慌てて椿の胸を押す。
 でも椿は離さない。むしろもっと強く抱きしめてきた。
 俺は焦ってキョロキョロと周りを見渡す。

 良かった。いつのまにか人通りがないところまで移動できていたみたいだ。
 ホッと胸を撫で下ろすと、椿は耳元に唇を寄せてくる。吐息が耳にかかって、背中がゾクっとした。

「……幸哉先輩」
「な、なんだ?」

 ソワソワしながら聞き返す。
 フッと椿が笑った気配がしたかと思うと、いつも通り朗らかな声が耳に届いた。

「今日は服を見にいきましょう! それで、次の休みの日に二人でキメキメにしてカフェに行く! 店長の気まぐれパンケーキを食べるために!」
「そ、そうする! ありがとうな椿」

 俺の気持ちを酌んでくれる椿の提案が嬉しい。
 椿は満足そうに笑って、俺の頭をくしゃっと撫でた。

「なんでも真面目に努力しようとする幸哉先輩、最高です!」

 下校中の歩道のど真ん中で、椿は俺の頬にキスをした。

「つ、椿! なにす……っ!」

 反射的に出てきた俺の文句は、パクッと椿の口の中。
 
 俺は知らない。
 椿の選んだ服のセンスが良すぎて、いっぱい褒め言葉を言うことも。
 その服を着た俺を椿がずっと褒めちぎってくれることも。
 
 お互い努力を続けて、褒め合って、その先で。
 もっともっと愛して愛されることも。
 全部、少しだけ未来の話。
 
 
 完