ログインパスワード『111411』


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 この世の中は戦いだ。
 誰かと誰かが争ったりする。
 小さな争いごとは絶えない。
 過去に戦争を経験した私は、日々起こる小さなもめごとは、どちらかが冷静になれば、争うなんてことはなくなるのにと嫌気がさすこともある。
 けれどそれが、日常の中で溢れているのは、いたって普通のことである。
 その中で時に思うことがある。
 それは、孫を連れて二人で、買い物にきたときである。
 本屋さんの前を通ると、女子高生の二人が雑誌をめくり話し合っている。

「ログインパスワード特集だよ!」

 前は聞きなれない言葉だった。
 最近ログインパスワードというものが流行っている。
 何でも番号を唱えるだけで、思い描いた会いたい人に会いに行けるゲートを開くという。

「ログインパスワードで、火災現場から脱出だって」

 女子高生は楽しそうに話している。
 ログインパスワードの話をしている人で共通して、よく耳にすることがある。

「ログインパスワードは、夢があっていいよね」

 私はその言葉を聞いて、何故みんなそんな馬鹿げたことを信じているのか疑問に思っていたが、それは、違う。
 この魔法を、実際信じてる人はいないという。
 けれど、そんなありもしない魔法を『叶うなら夢がある』とみんながそんな暖かな空想をして笑顔でいる。

「おじいちゃーん。どうしたのー? いこーよ!」

 ふと足を止めてしまっていると、向こうで孫が笑ってこっちをみている。
 その小さな手には、私が昔使っていた、今は回線の繋がっていない真っ黒なスマートフォンが大切そうに握られていた。
​ 湊は、私が使いこなせなかったその携帯を充電して画面をつけては「1、1、1、4、1、1」と順番になぞって満足そうに頷いている。
 かつて海も、同じように私の携帯で遊んでいた。
 あの子たちが何をしていたのか、私にはさっぱり分からないが、今の湊を見ていると、その番号を打ち込むことが大切な儀式のようにも見える。
​ ふと湊のすぐ傍を、数人の若者たちが通り過ぎていった。

「……ねえ、七菜。このワンピースめっちゃ可愛い」
「えへへ。まあ私がデザインしたからね!」

 顔を見合わせて笑い合う二人の女子高生くらいの女の子。 
 彼女たちは一歩一歩、確かな足取りで前を向いて歩いていく。
​ そのすぐ後ろでは、大きな体で「ポップコーンはやっぱりいいですよねー」とはしゃぐ外国人の青年と、それを「全種類とか買いすぎ」と笑いながら肩を並べて歩く作業着姿の男。
​ すれ違いざまに見えた彼らの表情が、どれも慈しみに満ちていることが嬉しかった。

「おじいちゃん、まだー?」
「あぁ、ごめん。今行くよ、湊」
「この神社でお参りしよう! お兄ちゃんが、ずっと見守ってくれますようにって」

 この世界は、小さな争いごとで溢れてるわけじゃない。
 ログインパスワード。そんな夢物語を信じようとする世界。
 その世界は、平和である。

 ログインパスワード『111411』
 あなたも会いたい人がいるなら携帯を握りしめてほしい。
 あなたという存在がこの世界にいてくれて、本当にありがとう。