海の中に、沈んでいく。
見知らぬ子供を抱えて。
心は驚くぐらい落ち着いているのに、
もうすぐ死ぬんだと思った。
ごぼごぼごぼ。重たい水の音は体以上に心にまで錘をかけ続けていく。
肺から酸素が抜けていく。
苦しいを通り越して、もう苦しくない。
もう、抗えない。
目を閉じた真っ暗な世界、頭の中に大好きな彼の顔が浮かぶ。
彼とは神社で……式を挙げたばかりだった。
小さなころから彼とは両想いで、だけどお互い両親が厳しくてなかなか結婚を認めてもらえなかった。その環境からようやく抜け出せたと思ったのに。
「アキ!!」
子供を助けようと無我夢中で飛び込む直前、悠真の悲鳴が聞こえた。
「アキ」
次に駆け巡るのは、彼の優しい声と笑顔だった。
もう会えなくなるなんて、嫌だよ……そう考えが頭を巡る中でそっと思い出した。強く思えば会いたい人に会いにいける、ログインパスワードのことを。
私はもうすぐこの海に飲み込まれたまま死ぬんだ。
これが、最後のチャンスなら。
心の中に、強く何度も唱えた。
111411。
111411。
111411。
『会いたい。今、私の夫である彼に』
小さいけど、ひゅーっと……何かの音がする。
急に目の前は真っ暗闇になった。
ここは、どこ……?
ひゅーっと、音がする。
風?
その音は、だんだん強くなる。
「……キ」
海の中にいるはずなのに、先程より何故か体が冷たくない。
「アキ!」
悠真の……声がする。
「俺を置いて死なないでくれよ!」
彼は、泣いてる。
そうか、私はあの海に飲み込まれたまま……でも、なんだか暖かいぬくもりが感じられる。
「アキ!」
私はいつの間にか閉じていた瞼をゆっくりと開く。
目の前には、悠真がいた。
座って、泣きそうな顔で、私を横抱きに抱えて。
「アキ……良かった……」
悠真は寝ている私をさらにぎゅっと抱き締めた。
気づけば私は、海に飛び込む前の場所に戻っていた。
「ゆ……うま?」
全身がびしょ濡れではあるけれど、私は生きてるようだった。
意識が虚ろなまま、力の入らない指で悠真の服の袖を掴み、そっと目を動かす。
「大丈夫。お前が助けたあの子も無事だよ」
悠真が優しく目を合わせて私の心情を察してくれた時、弱々しく呼吸したまま、私はそっと胸をなでおろした。
「アキが目を覚ましてくれて本当に良かった……!」
悠真は少し泣きそうだった。
それを見ていると、心の底から安堵して私も泣けてくる。
助かったんだ、私は。
「でも……どうなってるんだ?」
「え?」
「気づいたら、いたんだ」
「……いた?」
「海に沈んでいったはずのアキが気づいたら……隣にいた」
そう言われた時、私は手のひらに何かを握っていることに気がついた。
ゆっくり開いてみると、そこにちいさな、鍵があった。そして一瞬流れた風で、さらさらと砂のように消えていく。
私はその時に、ああそうかと思う。
ゲートは開いた。
『111411』
ログインパスワード。
彼のもとに連れてってくれて、ありがとう。



