二人は晴人のベッドにもつれるように倒れ込むと、ギシッと軋む音が静かな室内に響き渡る。


「はぁはぁ……」


 まるで獣のような桔平の息遣いが、鼓膜に響いた。


 これから始まる行為の予想がつかない晴人は、不安と緊張で体を強張らせる。


 世間一般に出回っているアダルトビデオの音声を聞いたところで、実際何が行われているかなんて、詳細までを想像することはできない。それでも、何となくそれらしい記事を、読み上げ機能で聞いては妄想を膨らませてはいた。
 しかし、それはあくまでも晴人の妄想であり現実ではない。しかも相手は同性だ。一体これから自分は何をされるのだろうか。恐怖から自然と呼吸が浅くなった。


「晴人、怖いか?」
「……だ、大丈夫……」
「俺、前にも言ったけど晴人の嫌がることはしたくないんだ。だから、晴人が嫌なら我慢するから」


 そんな風に健気な言葉をかけられてしまえば、今更「やっぱり無理」などとは口が裂けても言えるはずがない。
 全身に力を籠めて、ギュッと目を閉じる。奥歯を思いきり噛み締めて、桔平の洋服を力任せに握った。


「だ、大丈夫だから……‼」
「そんな風に怯えられたら何もできなくなっちゃうよ」
「あ、ごめんね」


 ハッとした晴人は、慌てて無意識に掴んでいた桔平の洋服から手を離した。


「ふふっ。でも、すげぇ興奮する。晴人のことを、めちゃくちゃにしたくなる」
「……め、めちゃくちゃに……」
「そう。いいか? 俺達がこれからすることはね、セックスだよ」
「セッ……」


 桔平が悪戯っぽく笑ってから、晴人に耳打ちをした。


「まずはじめに……をして……次に……して、そんで……して。最後は晴人の……にするんだよ」
「なっ……なにそれ……」
 それを聞いた晴人の顔から火が出そうになる。そんな恥ずかしいことを、恋人になったばかりの桔平の前でしろというのだろうか。


 ――これが、恋人同士が愛し合うってことなのか……。


 晴人が混乱しているうちに実に手際よく洋服を脱がされてしまう。洋服が擦れる音も聞こえてきたから、桔平も洋服を脱いだのかもしれない。
 心臓がうるさいくらい鳴り響いて呼吸が苦しい。逃げ出したくなる衝動を必死に堪えた。


「俺、大人になった自分の裸を見たことがないけど……もしかしたら、桔平をがっかりさせちゃうかも……」
「ん?」
「セックスしてるときに、ブスな顔したり、変な声出ちゃうかも……。目が見えないから、桔平に触られるだけで、飛び跳ねちゃうくらいびっくりするし……」
「へぇ」


 桔平が楽しそうに笑ったあと、晴人の胸の小さな飾りにそっと触れる。「んぁ、んんッ……!」と自然と甘ったるい声が口をつき、背中をしならせ反応してしまった。
 こんな鼻から抜けるような甘い声を出してしまったことが恥ずかしくて、晴人は思わず両手で口を塞いだ。でも今更こんなことをしてもきっと遅いだなんて。そんなことは、わかりきっている。


「すげぇいい反応だね。嬉しくなっちゃうよ。肌はすべすべしているし、きめ細かくて触ってて気持ちいい。乳首なんてピンク色だぜ? めっちゃエロくて興奮する」
「ヤダ、からかわないで……」
「それに心配しなくてもいいよ。晴人の裸は綺麗だし、感じてるときの声も反応も全部可愛いから」
「桔平……」
「だから安心して俺に身を任せてよ」


 ギシッとベッドの軋む音と共に、桔平が晴人に覆い被さってくる。温かい吐息が頬にかかるのを感じて、睫毛を期待で震わせながらそっと目を閉じた。


「大好き」


 桔平の低い声が聞こえて……優しく唇が重ね合わされた。その瞬間、胸が甘く締め付けられる。
 幸せ過ぎて、涙が出てきそうだ。


「俺も……俺も……桔平が好き……!」
「ありがとう、晴人」


 桔平の優しいキスに、次から次へと涙が頬を伝う。
 真っ暗な世界を生きる自分が、こんな風に誰かに愛される日が来るなんて想像もしていなかった。いつからか、晴人は恋をすることを諦めてしまっていたから。


 ――ありがとうは、俺の台詞なのに……。


 胸がいっぱいになってしまい、うまく言葉にすることができない。
 晴人の素肌を桔平の熱い舌が這い回る。その感触にゾクゾクッと身震いをした。目が見えない分、体の感覚が異常に研ぎ澄まされて体がどんどん熱を帯びていく。何とも言えない期待と不安で、晴人の心が掻き乱された。


 胸の飾りを口に含まれると、「あ、……く、……あぅ……ッ」という甘ったるい声を堪えることができない。自分の胸の突起を愛おしそうに愛撫する水音が、晴人の羞恥心を煽っていった。


「あぅッ、あ……なにこれ、気持ちいい……。他人に触られるのってこんなに気持ちいいの?」
「フフッ。晴人は敏感だね。どこを触っても気持ちよさそう。でもさ、きっと晴人の気持ちの問題だと思うよ?」
「気持ち?」
「そう、誰に触られるか、どうやって触られるか……それが重要なんじゃない?」
「そっか……。俺は桔平に触られてるから気持ちがいいんだね。桔平のことが大好きだから」
「なんだよ、それ……」
「え?」


 突然桔平が口を噤んだものだから、晴人は不安になってしまう。また俺はなにか余計なことを……? つい先程まで火照っていた体が、一気に冷めていくのを感じた。


「き、桔平……どうしたの?」


 恐る恐る桔平の頬を撫でると、突然その手を掴まれてしまう。なんだ? と思う間もなく少しだけ強引に唇を奪われてしまった。
「あんまり可愛いこと言わないで? 制御できなくなる」


「……どう、いうこと……?」
「晴人は初めてだから、優しくしようって、俺頑張ってるんだ。だから、あんまり俺を煽るようなことを言わないで? 今だって、色々我慢してるんだよ?」
「桔平……」


 艶っぽい声で耳打ちされた後、唇を耳に押し当てられる。耳たぶを甘噛みされる音が、晴人の鼓膜を激しく震わせた。再び体が火照り出した晴人は、呼吸さえできなくなってしまう。はくはくと浅い呼吸を繰り返した。


「なぁ、晴人。その耳で感じて? どれだけ俺に愛されているかって」
「無理、無理ぃ……!」


 明らかにキャパオーバーになってしまった晴人は、無我夢中で桔平にしがみつく。そんな晴人を、桔平は愛おしそうに抱き締めてくれた。
 その桔平の温もりに晴人は口から心臓が飛び出そうになってしまう。桔平の素肌は滑らかでとても温かい。生まれて初めて裸で抱き合う感覚に、晴人の鼓動がどんどん速くなっていった。


 触れ合う胸と胸からは、桔平のドキンドキンという鼓動も聞こえてくる。桔平も興奮していることを知った晴人は、欲情していく自分を感じた。


「俺、晴人のここに入りたい」
「はぅ……あ、あッ」
「ここに俺を入れて? ねぇ、いいでしょう?」
 熱っぽく囁く桔平が、晴人の後孔をそっと撫でる。それを感じた晴人は、全身に力を込めた。


 ――無理だ。こんな場所に、桔平のものが入るはずがない。……でも、桔平に抱かれてみたい。


 相反する思いが晴人の頭の中を駆け巡り、不覚にも涙が溢れてきてしまう。心の中はグチャグチャで、晴人の知識だけではどうにもならないことを悟った。


「俺、桔平と一つになりたい。でも怖い……。俺の目が見えたら、ちゃんと桔平に抱いてもらえたかもしれないのに……ごめんね、俺怖くて仕方がない……ごめん……」
「こら、晴人。また約束破ったな」
「でも、ごめん、桔平。ごめんね……」


 堪えきれなかった涙は晴人の頬を伝い、鼻水まで出てきてしまった。きっと今の自分は不細工な顔をしていることだろう。
 嫌われたくない……だって、こんなにも桔平のことが好きだから。


「晴人、可愛い」
「え? 可愛い?」
「うん。超可愛い。怖くてこんなにも震えているのに、俺を受け入れようとしてくれるなんて。俺、嬉しい……」


 目の前にいる桔平が微笑んでいるのがわかる。自分に触れる桔平の手が、また少し熱を帯びた気がした。


「大丈夫だよ、優しくするから」
「きっぺぇ……」
「それに、怖いなら手を繋いでよう」


 そう言いながら、晴人の指に自分の指を絡めて強く握ってくれた。


「これで怖くない?」
「うん、怖くない」


 晴人は手の甲で涙を拭い、桔平に微笑みかける。大丈夫、怖くない。桔平に身を委ねれば怖いことなんてない――。何度も自分にそう言い聞かせた。


「痛くないようにちゃんと解すからね」
「うん。ん、んんッ、……あッ、……ぅ……!」


 自分の体内に桔平の細くて長い指が入ってくる感覚に思わず腰が引ける。ローションが塗られた桔平の指がひんやりと冷たい。不思議な感触だ。
 そんな晴人の様子を見た桔平が、まるで宥めるかのように優しいキスをくれる。繋がれたままの手にも、更に力が籠められた。


「晴人、痛いか?」
「ううん。大丈夫」
「よかった。痛かったら無理せず言えよ」
「……うん」


 本当は、もう無理だよぉ……と心の中では叫びながらも、桔平から与えられる愛撫に必死に耐える。ゆっくり体を開かれていく感覚にはじめのうちは違和感しかなかったのに、少しずつ快感が押し寄せてくるのを感じた。


「んあッ、んッ、あッ…はぁ……」
「もしかして、晴人感じてる?」
「わかんない。わかんないけど……お腹の中がムズムズする……」
「よかった。もう少しの辛抱だからな」


 さざ波が押しよせるかのように、快感を拾いはじめる晴人の体。ローションが粘膜を擦る音がとても卑猥に感じられた。
 卑猥に感じるのはローションの音だけではない。耳元で囁かれる桔平の艶っぽい声や、唇が重なるときのリップ音に、舌を絡め合うピチャピチャという水音……。今まで聞いたことのない自分の甘ったるい喘ぎ声だって、晴人の羞恥心を煽っていく。自分と桔平の熱い呼吸音と、破裂しそうなほどの心音も……。その全てが、晴人の鼓膜が破れてしまいそうなくらい鮮明に聞こえてくる。


「もう入れていい?」
「……うん。だいじょう、ぶ……」
「晴人、体の力を抜いて、俺に身を委ねてよ。大丈夫だ、優しくするから」
「ん……」
 桔平が晴人に優しいキスを落としてから、トロトロに蕩けた晴人の後孔に自身のを押し当てた。


 ――え……。


 晴人が目を見開いた瞬間、メキメキッという音と共に、昂った桔平自身が入ってくる感覚に思わず体をのけ反らせた。


「嘘……桔平ってこんなに熱くて固いの……?」
「クッ、やべぇ。気持ちよすぎて持ってかれそう」


 震える晴人の耳元で桔平の短い悲鳴が聞こえる。
 自分が桔平に抱かれるということは、晴人が想像していた以上の衝撃だった。


「はぁ……お腹の中がいっぱいで、息が、できない……」
「大丈夫? 晴人、ゆっくり深呼吸してごらん? 落ち着くまでこのまま待ってるから」
「……うん……ぁッ……」


 桔平の優しさに胸が熱くなる。結ばれた部分が熱くて、今こうして抱き合っていられることが嬉しかった。


「ぁん、んあッ、はぁ……ッ」
「晴人、大丈夫か?」
「桔平、お願い動いて……気持ちよくなってきた……お腹の中がジンジンして辛い……んッ」
「なにそれ。可愛い」


 桔平がゆるゆると腰を動かすと、お腹の中が擦られるような感覚に襲われる。圧倒的な異物感に思わず桔平の肩に爪をたてた。そんな余裕のなさに気付いたのか、桔平が優しく頭を撫でてくれる。晴人は熱い息を吐いて、もう一度桔平の体に抱きついた。
 少しずつ異物感が薄れていくと、それと引き換えに快感が押し寄せる。


「晴人、気持ちいい?」
「……うん、気持いぃ……あ、んぁッ……」
「よかった」


 桔平の安堵した声が耳元で響く。こんなにも優しく抱いてくれることが、嬉しいけれど恥ずかしくもある。
徐々に昂っていく自分の体に晴人は戸惑いを隠し切れない。でもそれ以上に多幸感に包まれた。


 痛くないようにと桔平が使ってくれたローションが馴染んで、結ばれた部分からツーッと垂れて太腿を伝う。少しずつ桔平の動きが速くなるにも拘らず、痛みなんてほとんどなかった。
 少しずつ体の力が抜けていき、ただ桔平に揺さぶられて意識が彼方に飛びそうだ。


「ねぇ、桔平。このまま二人で蕩けちゃいたい」
「いいな、それ」


 桔平が耳元でクスクス笑う。それからもう一度、深いキスをした。
 自分を優しく抱く男の体に無我夢中でしがみつく。目が見えない分、耳を澄ませ嗅覚を研ぎ澄ませる。そして、全身で感じる桔平の温もりを噛み締めた。


 不安と恐怖……。それ以上に桔平への愛情を感じながら、晴人は生まれて初めてできた恋人と抱き合ったのだった。


「晴人、大好き」
「俺も、俺も、桔平が好き……」


 結ばれながらのキスは苦しくて、思わず肩で呼吸をする。桔平の腰遣いが激しくなり、絶頂を迎えようとしていることを知る。それと同時に、晴人自身もはち切れんばかりになっていた。


「あッ、んぁあぁッ! 桔平出ちゃう、出ちゃう……」
「いいよ、一緒にいこう」


 桔平が余裕のない声を出しながら、勢いよく晴人に腰を打ち付ける。その強すぎる快感に体が跳ね上がり、嬌声を抑えることさえできない。


「晴人、可愛い。……ㇰッ、んぁ……!」
「あッ、んぁ、あぁッ! だめ、イッちゃ……やぁ……!」
「晴人、晴人……!」


 最後まで繋がれていた手に力が籠められる。桔平は約束を守り、晴人の手を離さなかったことが嬉しかった。


「桔平、大好き」


 桔平の短い悲鳴を聞きながら、晴人は突き上げられる度に白濁を自分の腹に撒き散らす。晴人の中で、桔平の果実が弾けたのを感じた。


「はぁはぁ……これが、恋人と愛し合うっていうことなんだ……」


 荒い呼吸を整えることもできない晴人は、薄れゆく意識の中で思う。その行為は、晴人の想像を絶するもののように感じられた。


「晴人、よく頑張ったな。ありがとう」


 今にも泣き出しそうな顔で笑う桔平の顔が、晴人にはぼんやりと見えた気がした。


◇◆◇◆

 晴人は眩しい朝日に目を覚ます。


「もう朝か……」


 ベッドから体を起こすとズキッと腰に鈍い痛みを感じ、思わず顔を顰める。
 隣にある温かな存在に視線を移せば、気持ちよさそうな顔の桔平はまだ夢の中だ。その頬を優しく撫でる。


「俺は、ついに桔平と……」


 そう思えば、再び頬が火照ってくるのを感じる。


 普段はぶっきらぼうなくせに、あんなに優しく抱いてくれた。晴人はそれが嬉しかった。


 自分の腰にギュッと絡められている桔平の腕を静かにベッドに戻し、窓に向かって歩き出す。
 勢いよくカーテンを開けば、眩しい朝日が晴人の視界に飛び込んできた。窓を開けて、朝の澄み渡った空気を思いきり吸い込んだ。


 銀杏の葉が黄色く色付き、風にサラサラと揺れている。そんな銀杏の枝には、小さくて可愛らしい鳥が止まっていた。
 白い雲が浮かぶ青空は、どこまでも続いている。


「あー、眩しい」


 燦燦と降り注ぐ朝日が眩しくて、晴人は目を細めた。


「んー! 気持ちいい! 桔平、今日もいい天気だね」
「……え?」
「ほら見て、雲があんなに綺麗だよ」
「晴人、お前……」
「ん? どうしたの?」


 桔平は目を見開きながらベッドから飛び起きる。その切れ長の瞳にはたくさんの涙が浮かんでいた。
 まるでビー玉のような大粒の涙は、シーツに落ちて音もなく沁み込まれていく。その映像を、晴人はとても綺麗だと思った。


「お前、目が、目が見えるように……」
「わッ!」


 桔平が勢いよく飛びついてきたから、晴人は全身でその体を受け止める。


 晴人の目の前には、色鮮やかな世界と、ずっと見たいと願ってやまなかった桔平の笑顔が広がっていた。


【完】