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「最近よく絡まれてんね、お前」
昼休み。幼馴染の天馬(てんま)が、今思いついたように話だした。口いっぱいに詰め込んでいたカレーを飲み込んでから「一方的にな」と返すと、天馬はあまり納得していないような相槌を打った。


「あいつ、お前のこと知らないんしょ?」
「……多分?」
「なら別に疑う余地ないと思うけどな。お前が言う「同じ星」に生まれたってことじゃねーの。運命的な」
「バカにすんなよ」
「してねーって。変に隠してないで言ったらいいじゃんって思ってるだけだよ」



自分が「そう」なのだと気づいたのは中学三年生の時。

当時通っていた塾で、席が隣で話かけてきた他校の生徒がいた。名前は(りつ)。爽やかな好青年だった。

元々人見知りな上に容姿のせいで同性から敵意を向けられることが多く、天馬以外と行動することがほとんどないくらい交友関係が狭かった俺にとって、新しい友達ができたことはとても嬉しいことだった。



律といるのは楽しかった。

趣味が似ていて、話が同じ温度感で盛り上がることも多かった。受験は嫌だったけれど、塾に行くと、律と話せるので前向きに通っていた。早く会いたい、話したい、もっと近づきたい。長年一緒にいる天馬に対しては抱いたことのない気持ちに違和感はあったけれど、それが何故なのかはわからなかった。


今思えば、気づかないふりをしていただけで、本当はずっと前から違和感の正体に気づいていたのだと思う。

ただの友達には決して抱くことのない感情。

名前をつけたら、認めざるを得なくなってしまう。同級生たちが盛り上がっている下ネタの内容に共感できなかった理由も、できることならずっと気づかないままでいたかったのだ。


「うわ」



その年のクリスマス。塾終わり、勉強ばかりでつまらないからとノリでイルミネーションを見に行くことになり、俺と天馬と律の三人で街を歩いていた時のことだった。


「あれってカップル、なんかな」



そう呟いた律につられて視線を流すと、大学生くらいの男二人が近い距離で歩いている。ロングコートでわかりづらいけれど、手を繋いでいるようにも見えた。

友達にしては近すぎる親密な雰囲気。それを感じ取ってしまったのは、俺がそっち側だからとか、律が人を見過ぎているとかいうだけじゃなく、クリスマスという甘ったるい空気のせいもある気がした。

普段ならきっと気にならない。同性カップルなんて、隠れているだけで本当はそこらじゅうにいるはずなのだ。



「……だとしたら?」
「いや〜……まあ、そういう人もいるよな。俺にはわかんねえけど。男同士ってなんかイカつくて想像できねえ」


否定しないところが、律のいいところなんだろうと思った。けれども、目の前の同性カップルに良い印象を持っていないこともわかってしまった。



「あれ本当に付き合ってるとして、右の人めちゃイケメンだよなあ。モテそう。湊くらいイケメン」
「なんで俺と比べんだよ」
「あーだってお前かっこいいもん。でもさ、あんだけイケメンでもその……女の子選ばないんだなあって。マジ人間ってわかんねえ」


律は正しく異性が好きで、同性愛を本当に理解できていない───若干引いていたことも。


否定はしなかった。されなかった。けれども、律にとって「同性はない」ということだけは明確だった。


それから律と何を話して帰ったのかは覚えていない。覚えているのは、律と駅でわかれたあとの天馬との会話だけだった。



「答えたくなかったら答えなくていいんだけど。湊 お前、律のことが好きだった?」



清々しく、恥ずかしく思う暇もなかった。そんなにわかりやすかったのかと聞けば、そういうことでもないという。幼馴染だからじゃね?と言われたので、疑問形で言われても知らねえよと笑った。


「俺、せめて天馬のこと好きになれてたらもうちょい可能性あったんかな?」
「俺で妥協すんな」
「まってやっぱり俺が無理だ。俺、天馬とは幼馴染でいたい」
「俺もだわ。なんで俺が振られたみたいになってんだよ」



柄にもなくゲラゲラ笑った。義務笑いでも無理やり作りわらったわけでもなかった。初めて恋に気づいて、失恋をして、思い出にした、クリスマスの夜だった。


律とは、高校に合格して塾を辞めて以来会っていない。