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雲ひとつない空には星なんかどこにもなくて、デカい月だけが、到底届かないような高いところにいる。


俺が生きているこの星は、異なる性別の者同士が恋することが前提で作られている。父と母が出会い、恋をして、順当に段階を踏んで結婚して、俺が生まれた。

その過程は、星は夜に見えるものだという事実と同じくらい当たり前のことだ。


「雲のない空が広がり、夜は星がよく見えるでしょう」



俺がこの星に生まれたのは、神様の設置ミスだったんだろうか?

ここじゃない星に生まれていたら。昼間に満点の星空が見えるような珍しいことが当たり前に扱われる場所だったら。そうしたら俺も、父と母みたいに、死ぬまで一緒に生きてくれる人が見つけられていたかもしれないのに。


「湊せーんぱいっ」


不意に、後ろから首に腕を巻きつけられた。弾んだ声の持ち主は、顔を見ずとももうわかる。


「……遥」
「おはよーございますラッキーです朝から会えて」
「離れろ」
「あ重いっすか? 最近鍛えてるから筋肉ついたんですよ結構」
「物理的な話をしてんじゃねーよ」
「ああ、愛の話か」
「ハーーーーーーーーーーーーーーーーー」
「ため息デカ。爆笑」
「言うなら笑え」
「だはっ、オレ先輩のツッコミだーいすき」



朝から全開で絡んでくる、顔だけは無駄に整っている残念な男――遥に舌打ちをすると、遥は楽しそうに口角を上げた。トレードマークのふわふわの金髪が、風に揺られて気持ちよさそうにしている。


「今日も顔がいいっすね。湊先輩は」
「顔だけはな。変わんねえからな造りが」
「ちーがーうー、顔〝も〟! ホントなんでそんな捻くれてんですか? めんどくさいってよく言われません? あ湊先輩は孤高♪の御尊顔♪だから誰もそんなこと言って来ないか」
「お前ヤバい言ってること」


俺が睨むと、遥は「好きってことっすよぉ」と楽しそうに笑う。多分、どっかイカれてるんだろうな。



遥と出会った……というか、絡まれるようになったのは一ヶ月前のこと。


学校を出て数分歩いた頃にスマホを忘れたことに気づき、仕方なく取りに戻ったあの日。無事スマホを回収して再び帰ろうとしていたところで声をかけられたのだった。


『あ、待ってもしかして〝ミナト先輩〟?』
『はあ? 何……誰?』
『オレ一年の佐藤遥って言います』



校則違反じゃねーの?と疑うレベルの綺麗な金髪は、初対面で名前と顔を結びつけるには十分すぎる情報だった。それは、そこらじゅうにいる苗字なのに一番最初に思い浮かべてしまうほどに。


『クラスの女子がはなしてたんですよ。二年の先輩に「学校イチの御尊顔」がいるって。それでどんな顔なんだろ〜って思ってたんだけど、今顔見てすぐわかっちゃいました。マジで顔整いっすね。超好み。宇宙一好き。ヤバい、欲しーかも、先輩のこと』
『いや……俺男だけど』
『なんかオレ最近、どの性別にも平等な恋できちゃうサイコーの心を持ってるんかもって気づいて』
『はあ……?』
『ほら、先輩見て好きかもって思ったりとか。オレ面食いなんですけど、可愛い子もかっこいい人も同じくらいときめいちゃうからそれってそういうことなんかなって』
『じゃあ勘違いだよ絶対』
『いーや? とりあえず湊先輩、お友達から始めてくれませんか?』



第一印象は、変なやつ。ぶっ飛んだやつ。遠慮がないやつ。話聞かないやつ人に御尊顔とか言うわりに自分のほうがよっぽど顔がいいやつ。

あと、バイセクシャル(仮)。



『オレ多分、てか絶対? 先輩のこと好きになると思うんです』
『意味わかんねー』
『物事全部に意味とか理由つけてたらキリないでしょ。オレは直感! 第六感に忠実に生きる! これモットーなんで』
『意味わかんねー』
『もう一回言いましょか?』
『いやいい、そういう意味でいったんじゃねえ。理解はできてる。感覚に同意できてないだけで』
『へえ。優しーんすね先輩。もっと冷たい人かと思ってたけど』
『はあ……?』



告白なのか予言なのか意思なのかわからないそれが、俺と遥の始まりだった。