翌朝。
 オレは、枕元で震えているスマホを、ただ呆然と見つめていた。
 六時だぞ?
 人が一番寝ていたい時間だぞ?
 画面の真ん中にでかでかと表示されている名前は――

霧島 透也(きりしま とうや)

 ……誰?
 マジで知らん。
 寝起きの脳みそをフル回転させてみても、誰の顔も思い浮かばない。
 この名前とは初対面だ。

 じゃ、なんで画面に出てんの。

 登録した覚えのない名前が画面に出てるって、もうアレじゃん。
 このあとオレが呪われたり、変な事件に巻き込まれたりするやつじゃん。
 いやいや、やめて。
 朝から心臓に悪すぎる。

「マジで……だれだよ」

 頭は働かないし、指も震えてる。
 でも、とにかくこの着信中のスマホをどうにかしたい。
 怖いから。

 止まれーー!

 思考能力ゼロのまま、オレはなぜか親指を「通話」の上に置いていた。

 え。

(ちょ、待っ──)

 画面に「通話中」の文字が出る。

(出ちゃったよーーー!?)

 一瞬の静寂。
 ――そして。

「先輩?」

 低くて、怖いくらい落ち着いた声が響いた。

「おはようございます」

 え。

「昨日『朝起こして』って言ってましたよね」

 言った。言ったよ。
 ……君にじゃないけどね。

『誰でもいいなら、俺が起こしますよ』って言った、あの透明人間くん。
 電話かけてきちゃったよ……
 オレの無責任な口癖のせいで!

「じゃあ、気をつけて学校来てください。コンタクトも忘れないでくださいね。パンは俺が取っておきますから、安心してください」

 そこで通話がブツッと切れた。
 部屋に、静寂が戻ってくる。
 オレはベッドの上で、スマホを中途半端に掲げた変な格好のまま、思った。

 これはきっと『誰でもいい』って言い続けてたツケだ。
――まさか、ホラー展開で払う羽目になるとは思わなかった。



 学校に着いた。
……いや、着いてしまった。
 そして、早起きして時間があり過ぎた結果、いつもより数段かっこよくなってしまった。

 寝起きのぼんやり顔じゃないし。
 髪型は奇跡みたいに整ってる。
 眉毛まで整えてしまった。

(オレじゃないみたい)

 昇降口で園田と会う。

「真中、早すぎん?」

「時間あり過ぎてイケメンになった」

「……大丈夫?」

 園田がガチで心配そうにオレの顔を見る。

「変?」

「なんか……顔整いすぎてて違和感ある」

「だよな。オレもこいつ誰? って思ってる」

「知らんやつだな」

「たしかに」

 二人で無言になる。
 園田が眉をひそめて、小声でつぶやいた。

「……なんかあった?」

 オレは、霧島透也の四文字を思い出して、一瞬固まった。

「実は」

 思いきって打ち明けることにする。
 園田とは長い付き合いだ。きっとわかってくれるはず。

「オレ……透明人間に、好かれてるっぽい」

 園田は二秒くらい考えてから、真顔でうなずいた。

「そっか。今日の真中、モテそうだし……うん、良かったな」

「……」

 オレは整いすぎた前髪をそっと押さえながら、教室へ向かった。



 掃除の時間。
 オレは下駄箱付近をホウキで掃きながら、朝の電話を思い出していた。
 たしか透明人間くんは、オレのことを「先輩」って呼んでた。
 ってことは、一年か二年。
 視線が、下駄箱の名前に吸い寄せられる。
 一年は向こう側だっけ。
 反対側にまわる。

(まてまて。今オレ、ストーカーっぽくない? 好きな子の下駄箱探してるみたいじゃん)

 そんなことを思いながらも、名前を一つ一つチェックしてしまう。

(霧島……「き」だから最初の方のはず)

 その時だった。
 目の前の下駄箱から、白い紙切れがひらりと花びらみたいに落ちた。

「なんだ?」

 何気なく拾い上げる。

〈掃除、お疲れさまです〉

「…………」

 恐る恐る、紙切れが落ちてきた下駄箱に視線を向けると、そこには……

 霧 島 透 也

「ギャーーーー!!!!!?」

 ホウキを持ったまま、盛大に後ずさる。
 近くで掃除してた斎藤さんが「え、なに? 虫でもいた?」みたいな顔でこっちを見てくる。

「な……な……」

(なんでこんなメッセージが!? 見られてる!? どこから!?)

 右・左・上・外? どこから見られてても不思議じゃない。
 いや、待て。落ち着け。
 紙にはただ〈掃除、お疲れさまです〉と書かれているだけだ。
 「いつも見てるよ」とか書いてあるわけじゃない。

 そっと紙を下駄箱に戻し、掃除に戻る。
 それに、自分宛てとは限らない。
 もしかしたら斎藤さん宛てかもしれないし、外の掃除をしている石倉かもしれない。
 それに〈お疲れさまです〉なんて、いいやつじゃないか。
 手書きってのがまた奥ゆかしい。
 うん。ぜんぜん怯えるようなことじゃない。

 ――その日の放課後。オレはついに、透明人間くん本人と顔を合わせることになる。