翌朝。
オレは、枕元で震えているスマホを、ただ呆然と見つめていた。
六時だぞ?
人が一番寝ていたい時間だぞ?
画面の真ん中にでかでかと表示されている名前は――
《霧島 透也》
……誰?
マジで知らん。
寝起きの脳みそをフル回転させてみても、誰の顔も思い浮かばない。
この名前とは初対面だ。
じゃ、なんで画面に出てんの。
登録した覚えのない名前が画面に出てるって、もうアレじゃん。
このあとオレが呪われたり、変な事件に巻き込まれたりするやつじゃん。
いやいや、やめて。
朝から心臓に悪すぎる。
「マジで……だれだよ」
頭は働かないし、指も震えてる。
でも、とにかくこの着信中のスマホをどうにかしたい。
怖いから。
止まれーー!
思考能力ゼロのまま、オレはなぜか親指を「通話」の上に置いていた。
え。
(ちょ、待っ──)
画面に「通話中」の文字が出る。
(出ちゃったよーーー!?)
一瞬の静寂。
――そして。
「先輩?」
低くて、怖いくらい落ち着いた声が響いた。
「おはようございます」
え。
「昨日『朝起こして』って言ってましたよね」
言った。言ったよ。
……君にじゃないけどね。
『誰でもいいなら、俺が起こしますよ』って言った、あの透明人間くん。
電話かけてきちゃったよ……
オレの無責任な口癖のせいで!
「じゃあ、気をつけて学校来てください。コンタクトも忘れないでくださいね。パンは俺が取っておきますから、安心してください」
そこで通話がブツッと切れた。
部屋に、静寂が戻ってくる。
オレはベッドの上で、スマホを中途半端に掲げた変な格好のまま、思った。
これはきっと『誰でもいい』って言い続けてたツケだ。
――まさか、ホラー展開で払う羽目になるとは思わなかった。
◇
学校に着いた。
……いや、着いてしまった。
そして、早起きして時間があり過ぎた結果、いつもより数段かっこよくなってしまった。
寝起きのぼんやり顔じゃないし。
髪型は奇跡みたいに整ってる。
眉毛まで整えてしまった。
(オレじゃないみたい)
昇降口で園田と会う。
「真中、早すぎん?」
「時間あり過ぎてイケメンになった」
「……大丈夫?」
園田がガチで心配そうにオレの顔を見る。
「変?」
「なんか……顔整いすぎてて違和感ある」
「だよな。オレもこいつ誰? って思ってる」
「知らんやつだな」
「たしかに」
二人で無言になる。
園田が眉をひそめて、小声でつぶやいた。
「……なんかあった?」
オレは、霧島透也の四文字を思い出して、一瞬固まった。
「実は」
思いきって打ち明けることにする。
園田とは長い付き合いだ。きっとわかってくれるはず。
「オレ……透明人間に、好かれてるっぽい」
園田は二秒くらい考えてから、真顔でうなずいた。
「そっか。今日の真中、モテそうだし……うん、良かったな」
「……」
オレは整いすぎた前髪をそっと押さえながら、教室へ向かった。
◇
掃除の時間。
オレは下駄箱付近をホウキで掃きながら、朝の電話を思い出していた。
たしか透明人間くんは、オレのことを「先輩」って呼んでた。
ってことは、一年か二年。
視線が、下駄箱の名前に吸い寄せられる。
一年は向こう側だっけ。
反対側にまわる。
(まてまて。今オレ、ストーカーっぽくない? 好きな子の下駄箱探してるみたいじゃん)
そんなことを思いながらも、名前を一つ一つチェックしてしまう。
(霧島……「き」だから最初の方のはず)
その時だった。
目の前の下駄箱から、白い紙切れがひらりと花びらみたいに落ちた。
「なんだ?」
何気なく拾い上げる。
〈掃除、お疲れさまです〉
「…………」
恐る恐る、紙切れが落ちてきた下駄箱に視線を向けると、そこには……
霧 島 透 也
「ギャーーーー!!!!!?」
ホウキを持ったまま、盛大に後ずさる。
近くで掃除してた斎藤さんが「え、なに? 虫でもいた?」みたいな顔でこっちを見てくる。
「な……な……」
(なんでこんなメッセージが!? 見られてる!? どこから!?)
右・左・上・外? どこから見られてても不思議じゃない。
いや、待て。落ち着け。
紙にはただ〈掃除、お疲れさまです〉と書かれているだけだ。
「いつも見てるよ」とか書いてあるわけじゃない。
そっと紙を下駄箱に戻し、掃除に戻る。
それに、自分宛てとは限らない。
もしかしたら斎藤さん宛てかもしれないし、外の掃除をしている石倉かもしれない。
それに〈お疲れさまです〉なんて、いいやつじゃないか。
手書きってのがまた奥ゆかしい。
うん。ぜんぜん怯えるようなことじゃない。
――その日の放課後。オレはついに、透明人間くん本人と顔を合わせることになる。
オレは、枕元で震えているスマホを、ただ呆然と見つめていた。
六時だぞ?
人が一番寝ていたい時間だぞ?
画面の真ん中にでかでかと表示されている名前は――
《霧島 透也》
……誰?
マジで知らん。
寝起きの脳みそをフル回転させてみても、誰の顔も思い浮かばない。
この名前とは初対面だ。
じゃ、なんで画面に出てんの。
登録した覚えのない名前が画面に出てるって、もうアレじゃん。
このあとオレが呪われたり、変な事件に巻き込まれたりするやつじゃん。
いやいや、やめて。
朝から心臓に悪すぎる。
「マジで……だれだよ」
頭は働かないし、指も震えてる。
でも、とにかくこの着信中のスマホをどうにかしたい。
怖いから。
止まれーー!
思考能力ゼロのまま、オレはなぜか親指を「通話」の上に置いていた。
え。
(ちょ、待っ──)
画面に「通話中」の文字が出る。
(出ちゃったよーーー!?)
一瞬の静寂。
――そして。
「先輩?」
低くて、怖いくらい落ち着いた声が響いた。
「おはようございます」
え。
「昨日『朝起こして』って言ってましたよね」
言った。言ったよ。
……君にじゃないけどね。
『誰でもいいなら、俺が起こしますよ』って言った、あの透明人間くん。
電話かけてきちゃったよ……
オレの無責任な口癖のせいで!
「じゃあ、気をつけて学校来てください。コンタクトも忘れないでくださいね。パンは俺が取っておきますから、安心してください」
そこで通話がブツッと切れた。
部屋に、静寂が戻ってくる。
オレはベッドの上で、スマホを中途半端に掲げた変な格好のまま、思った。
これはきっと『誰でもいい』って言い続けてたツケだ。
――まさか、ホラー展開で払う羽目になるとは思わなかった。
◇
学校に着いた。
……いや、着いてしまった。
そして、早起きして時間があり過ぎた結果、いつもより数段かっこよくなってしまった。
寝起きのぼんやり顔じゃないし。
髪型は奇跡みたいに整ってる。
眉毛まで整えてしまった。
(オレじゃないみたい)
昇降口で園田と会う。
「真中、早すぎん?」
「時間あり過ぎてイケメンになった」
「……大丈夫?」
園田がガチで心配そうにオレの顔を見る。
「変?」
「なんか……顔整いすぎてて違和感ある」
「だよな。オレもこいつ誰? って思ってる」
「知らんやつだな」
「たしかに」
二人で無言になる。
園田が眉をひそめて、小声でつぶやいた。
「……なんかあった?」
オレは、霧島透也の四文字を思い出して、一瞬固まった。
「実は」
思いきって打ち明けることにする。
園田とは長い付き合いだ。きっとわかってくれるはず。
「オレ……透明人間に、好かれてるっぽい」
園田は二秒くらい考えてから、真顔でうなずいた。
「そっか。今日の真中、モテそうだし……うん、良かったな」
「……」
オレは整いすぎた前髪をそっと押さえながら、教室へ向かった。
◇
掃除の時間。
オレは下駄箱付近をホウキで掃きながら、朝の電話を思い出していた。
たしか透明人間くんは、オレのことを「先輩」って呼んでた。
ってことは、一年か二年。
視線が、下駄箱の名前に吸い寄せられる。
一年は向こう側だっけ。
反対側にまわる。
(まてまて。今オレ、ストーカーっぽくない? 好きな子の下駄箱探してるみたいじゃん)
そんなことを思いながらも、名前を一つ一つチェックしてしまう。
(霧島……「き」だから最初の方のはず)
その時だった。
目の前の下駄箱から、白い紙切れがひらりと花びらみたいに落ちた。
「なんだ?」
何気なく拾い上げる。
〈掃除、お疲れさまです〉
「…………」
恐る恐る、紙切れが落ちてきた下駄箱に視線を向けると、そこには……
霧 島 透 也
「ギャーーーー!!!!!?」
ホウキを持ったまま、盛大に後ずさる。
近くで掃除してた斎藤さんが「え、なに? 虫でもいた?」みたいな顔でこっちを見てくる。
「な……な……」
(なんでこんなメッセージが!? 見られてる!? どこから!?)
右・左・上・外? どこから見られてても不思議じゃない。
いや、待て。落ち着け。
紙にはただ〈掃除、お疲れさまです〉と書かれているだけだ。
「いつも見てるよ」とか書いてあるわけじゃない。
そっと紙を下駄箱に戻し、掃除に戻る。
それに、自分宛てとは限らない。
もしかしたら斎藤さん宛てかもしれないし、外の掃除をしている石倉かもしれない。
それに〈お疲れさまです〉なんて、いいやつじゃないか。
手書きってのがまた奥ゆかしい。
うん。ぜんぜん怯えるようなことじゃない。
――その日の放課後。オレはついに、透明人間くん本人と顔を合わせることになる。

