「私ね〜雄大くんのこと好きなんだよね〜」
「一応聞いとくけどさ、それってどっちの意味で?」
わかっていた。ずっと、ずっーと前から。誰も知らなかっただろうけど、私だけは気がついていた。それなのに私の口は言うことを聞いてくれなくて気づいたときには言葉を発していた。
本当は聞きたくなかったなぁ。だってさ、“大親友”なんだもん。完璧な“大親友”に私は勝てないと思ってたもん。
可愛いくておしゃれ。
可愛いくてノリがいい。
可愛いくてとにかく完璧。
だからこそ彼女が羨ましくて、羨ましくて。
嫉妬し続けた。
「どっちの意味でって、そりゃ一つしかないでしょ!」
言わないで。お願い。
緑が生い茂っていた木々はだんだんと赤やオレンジ黄色に色づき始め、暑さも前に比べたら大分マシになってきたとき。風が一瞬だけ強く吹く。
「恋愛のほうの好きだよ〜!」
私の横で“大親友”はそう呟いた。
選択肢は一つしかなかったのに“恋愛のほうの好き”と聞いた瞬間、「あぁもうダメだ」と崖っぷちから飛び降りろと言われたような絶望感に襲われた。
やっぱりそうだよね。じゃあ今までのも全部、そういうことだったんだね。私はやっぱり正しかったんだね。
この一瞬で色んなことを考えた。今まで私が見てきた“大親友”の行動、表情、言葉。色んなことが結びついた。パズルのピース一つ一つ、型にはまっていくように
キレイに。
そんな私の横で気恥ずかしいのか、それとも照れているのか。“大親友”の頰がお化粧をまとったようにベビーピンク色になっているのは、きっと暑さのせいじゃないだろう。
両手で小さな顔を隠し、優しく吹いた風で揺れた艶やかな髪の間から見えた耳も、ほんのり赤く染まっていたのも私の見間違いでも何でもなかった。
上から眺めていた“大親友”から目を背け、自分の足元に目を映す。足元に転がっている泥で汚れていて角が削り取られた小さな石ころは、まるで私を表しているかのようだった。
「そっかぁ…そうなんだ…知らなかった」
「ねぇなんか反応薄くなぁい!?こう…なんだろう、なんていうかなぁ…もっと、えぇー!とか、知らなかったぁ!誰誰!?ってびっくりしてほしかったんだけど笑」
「急な告白すぎて驚いて言葉が出なかっただけだよ」
「本当かなぁ?笑」
私の反応のぎこちなさに“親友”は目を細めて私のことを見上げながら見つめてきた。
「本当だよ〜。だって“大親友”に青い春がきたんだよ?喜ばない友達は友達なんて言えないよ。すごく嬉しい」
「そうだよね!いや〜これまだお母さんにも言ってないからね!?華恋しか知らないから!絶対誰にも言わないでね!私たちだけの秘密!」
“大親友”の屈託のない笑顔。
私の顔や声は、笑ってるけど笑ってない。
きっと本当は笑って喜びたかったけど“笑うことができなかった”と言ったほうが正しいんじゃないか。
大好きな親友に好きな人ができたのは本当に心の底から嬉しいはずだ。友達の恋を応援するのは恋している本人と同じぐらい自分もドキドキすると思うし、友達の恋話を聞くのはそれなりに好きだったから。
でもそれは、自分に好きな人がいないから、身近な人のワクワクやキュンキュンが楽しいって思えるんじゃないかな。
もしくは、“自分と好きな人が被っていなかった”らの話じゃないか。
こんなにも恋って大変なんなだろうか。
他の子たちはこんな苦労はしないはずだ。
私も雄大のこと——なんて今さら言えない。
“大親友”に嫌われたくない。
“大親友”との友情を壊したくない。
“大親友”とずっと一緒にいたい。
“大親友”と自分の思いを寄せている相手が同じだと言う理由だけで、私と“親友”の友情の天秤がぐらつきそうになると心配になったのはきっと私だけだろう。
〜〜〜
ずっと憧れてた高校生活。中学校の時はまた違うドキドキ。制服の採寸した時からずっと心臓の高鳴りが止まらなかった。
その憧れていた制服が自分の腕をスゥーと通っていく。リボンとネクタイ。どっちがいいかなと片方ずつ当ててみて、最初はネクタイをつけたものの結局リボンのほうが落ち着くなと、ネクタイを外しパチンとリボンを止めた。
部屋の隅に置かれた鏡の前で一周して思う存分制服姿を楽しむ。これは自分が制服を完璧に着こなしてて似合っているなと自惚れている儀式ではないので、そこだけは勘違いしないでほしい。
「華恋も今日から高校生かぁ〜。ちょっと前までは保育園児でこの子一人にして大丈夫かなって心配なくらい小さかったのにさぁ〜。子供の成長ってあっという間よねぇ〜」
高校の入学式の支度をしている最中、ちょっぴり過保護気味な母の言葉に思わず口元が綻ぶ。
私でもそう感じる。すごくあっという間だったなと。小学校は六年間あるからかすごく長く感じたけど、中学校に入学してからは時間が進むのがとても早く感じた。本当に一日は二十四時間なんだろうか、時空がおかしくなったのではないかと疑うほど早く終わってしまった。
「私も今日から高校生かぁ…なんか実感湧かないなぁ」
肩下十センチ程度まで伸びた髪の毛をささっと一本にまとめる。そういえば、自己紹介をまだしてませんでした。今日から念願の高校一年生になる、白石華恋|《しらいしかれん》です。正確を一言で表すと海闊天空|《かいかつてんくう》。さっぱりしてるけど人見知り中の人見知りです…。身長が四捨五入して百七十センチとデカ女なのがコンプレックスでしたが今はそんなに気にしてません…。まぁ秘密の事情っていうやつです。
お母さんは小柄ですがお父さんの超高身長が私にそっくりそのまま遺伝してしまったので、今はそこらの男子よりも身長が高いです。
正直にいうのなら本当は母の身長の遺伝子を受け継ぎたかったけど…文句を言っても変われるようなことじゃないから仕方ない。身長のことを言われて嫌なときもあるけど、それを肯定してくれた“ある人物”…まぁいわゆるヒーローみたいな?笑
その人のおかげで今はこの身長でよかったなと思ってます…ということはちょっと置いといて、この制服かわいいな。自分で言うのもなんだけど、スタイルが良く見える……。自分が高身長だからって言うのもあるかもしれないけど、色もリボンもスカートの模様もボタンも。全部が私好みの制服だ。
「その制服いいね〜。華恋によく似合ってる」
「へへへ〜そうかなぁ。そんなこと言われたら照れちゃうよ〜」
母に褒められて、しっかりちゃっかり嬉しくなり、照れてしまう。すぐ照れる癖、なおさないとな〜。
「高校生活楽しみ?緊張する?」
「んー…楽しみは楽しみなんだけど、友達できるか心配だしなんか高校の先生って厳しくて怖い人が多いっていうじゃん…?楽しみと不安が五分五分ってとこかな」
新しい生活に不安を抱く私に「中学に入学するときの同じこと言って友達たくさんできてたから大丈夫よ」と肩を優しくポンポンと叩く母を見て、いつの間にか緊張の気持ちは消えていた。
〜〜〜
「よっしゃぁ!俺ら一緒のクラスじゃん!マジ神かよ!!」
「うわぁ…クラス離れちゃったね…」
「本当だ…最悪ぅ〜」
「高校って五クラスもあるの!?しかも一クラス四十人って多すぎだろ笑。先生たち面倒見るの大変そー笑」
「ねぇ知らない人多すぎてヤバい〜笑」
「いいから早く教室行ってみようよ!」
入学式が始まる前。自分のクラスを確認しに、広場にある掲示板に貼られたクラス表には人だかりができていた。
同じ制服の人がたくさんいるって何当たり前のこと言ってんだろう笑。
中学のときの友達と同じクラスになれた子もいれば、離れちゃった子もいる。嬉しさや悲しさ、驚き。色々な声が私たちの頭を飛び交うが、正直に言うと私はまだ自分のクラスを確認できていない。早く見たいけど私には結構な難問だ。
「華恋ー!何組だった?」
どうしようかしどろもどろになっている私の横から聞き馴染みのある声がして、ドキッと心臓が跳ね上がった。
「雄大…!実はねぇまだ自分が何組か見れてないんだ。ちょっとあの人混みの中には突っ込みきれなくて…」
「華恋のことだからそうだと思った」とからかい気味にニヤリと私に笑みを向ける。
水野雄大。私の家の近所に住んでいて小中とずっと一緒にいてくれた。自由奔放な性格で……うん、とにかく自由人、超がつくほどのポジティブ人間。
まぁそんな彼のことがねぇ…みんなに内緒にしてるけど……実は結構前から“気になって”ます。なんちゃって片想いというべきなのかはまだわかりません。
バカで、スポーツバカで……バカしか出てこないけど…だけど人一倍周りのことを気遣えて。
まぁとにかく好きの一歩手前かな。今はまだ気になるっていうか段階。
「俺二組だった!ネタバレになっちゃうかもだけど、華恋も俺と同じクラス!」
「私たち同じクラスなの?」
「同じクラスっだった!いやぁマジめっちゃ」
「よお雄大!俺ら同じクラスだなぁ!向こうに蓮夜たちいるから行こうぜ」
雄大が何かを言いかけた瞬間、雄大の友達が後ろから飛びついてきた。蓮夜くんは雄大の一番の大親友で名前を聞いた瞬間、雄大の顔がパァッと花開くように明るくなった。
知らない人もたくさんいるけど、私と同じ中学校の人が大勢入学しててびっくりだな。
「マジめっちゃの続」
「ちょっと俺蓮夜んとこ行ってくるから!」
「あっちょ待っ」
「まだ聞きたいことあるのにー!」と私が呼び止める隙も無く、雄大は私から離れていった。
ほんの数秒前、一緒にいたばっかりなのにものすごく前の出来事みたいに。まるでアニメの世界から出てきたような、天真爛漫な主人公のように笑う雄大の姿が私の脳裏に浮かんだ。
あの笑顔が好きー…じゃないけど、嫌いでもない…。
マジめっちゃ——
の続き……聞きたかったのになぁ。何が言いたかったんだろう。
行っちゃった……。まぁ同じクラスらしいし、どうせ後からでも話せるからいいけどさぁ。モヤモヤするよ〜そういうの結構気にするタイプだから〜…。
「華恋熱ないよね?顔赤いけど大丈夫?先生呼んでこようか?」
「一花!大丈夫、ちょっと人混みが…」
本当は人混みなんて関係ない。私が咄嗟についた嘘に一花は「相変わらず人見知りちゃんだなぁ笑」とクスクス笑った。疑う心一つなく信じてくれた一花の素直さに内心ちょっと申し訳ない気持ちになる。
三田一花は中学の時に同じクラスになったきり、四六時中一緒にいるいわゆる“大親友”だ。一花は人見知りな私に一番に声をかけてくれたのを今でも覚えている。
一花は可愛いし、優しいし、すごく面倒見がいい。苦手なことでも一生懸命頑張る頑張り屋さんで、the努力家だ。
こんな完璧な人が隣にいてくれて私は幸せ者だ。
「華恋は何組だった?私二組だったよ!」
「えっ!私も二組!」
「えぇー!本当に!?わぁ!やった!嬉しい!」
ぴょんぴょんとウサギのように跳ね上がって喜ぶ一花を見てなんだか私まで嬉しくなった。飛び跳ねるたびに揺れる灰色のスカートは私と同じもののはずなのに、童話に出てくるお姫様が着ているドレスのよう。
「それとね、雄大も一緒だったよ。中学校のときのいつメン、また揃ったね笑」
「雄大くんも一緒?嬉しい…!」
ふふっと口元に手を当てる一花の姿。
あれ…?
一花の姿を見た瞬間、私の頭にクエスチョンマークが脳内を埋め尽くすほどに浮かび上がってくる。
頬っぺたの色が……赤くなってる…?
ほんの一瞬だけ染まった頰に疑問を持つ。
もしかして…まぁ気のせいだよね。私の見間違いだよね。まさか、一花がそんなわけないよ。だって、
「一緒に教室行こ!校舎広いから一人じゃ迷子になるかもしれない笑」
「あ…うんっ!行こ行こ」
優しく小さな、温かい手に引っ張られ私たちは教室に向かった。
神様お願い。
これから一花との友情が崩れていきませんように——
〜〜〜
教室は私が思った二、三倍窮屈で、とにかく人口密度的なものがヤバかった。中三の時は一クラス三十人ぐらいで、十人増えるだけでこんなにも違うのかと驚嘆した。
白石華恋と書かれた席に座り、辺りをくるっと見回す。前後左右、結構な近距離に机があって…狭い。
一花とは席が離れてしまってちょっと寂しい。まぁ白石の“し”と三田の“み”じゃ近くにはなれないのは当たり前だ。
「あっ…」
少し、ほんの数メートル離れたところに雄大と一緒に仲睦まじそうに話す一花が目に入った。頬をほんのりあからめ、私といる時とはまた違う、みたことがない笑顔。キラキラと輝いているような、心の底から喜んでいるような。
ちょうど二人の苗字の初めが“み”から始まっているのもあって席が前後だから…。
盗み聞きは良くないけどこっそり耳を傾けてみた。でもところどころ聞き取れなくて二人がどんな会話をしていたのかはわからなかった。
「……後空いてる?」
「空いてるよー!」
「じゃあ一緒に…って……かない?インスタで見たんだけど……でさぁ!」
「へー!そんなとこあんだ!楽しそうだし、行ってみるか!あっよかったら…も………うよ!一花……だろ?」
空いてるって何?
一緒にどうするの?
どこに行くの?それって二人きりで?
楽しそうってなんの話ししてるの?
よかったら…何?
その続きを教えてよ。
どうしてそんなに一花は嬉しそうなの?
盗み聞きした分際で言っていいのかどうかもわからないけど…気になる、モヤモヤする。私に言えないことなのかな……。すごく、すごく、自分の中の何かが変なのがわかる。
もしかして私、嫉妬してるのかな?
一花はたぶん、まだなんの証拠もないけど。あの笑顔はたぶん雄大なことが好きだから私は見たことがなかったんだ。
一花が雄大のことを好きだとしたら、嬉しい反面、悲しい…。色々な感情が私の中で複雑に絡み合う。
私の裏の性格なのかな。付き合ってもないのに雄大をとられたくないっていう気持ちが湧いてきた。もし一花が雄大に告白したらどうしよう。雄大も中学の頃、一花と結構仲良かったし、両思いの可能性もなくはないよね…。実際に二人が付き合ってるんじゃないか説みたいなのがあったし…。でもそれは百パーセントなものじゃなかったから。でも雄大は何かあったら私に絶対相談してくれてたから。
せっかくの入学式なのに私、何こんなことばかり考えてるんだろう。
「……嫌だなぁ…」
私がポツリとはいた言葉は約四十人の生徒たちによって掻き消され、シャボン玉のように消えていった。
〜〜〜
入学式から五日たったが、まだまだ全然慣れないところがあって大変だ。
中学のときより登校時間が早いから早く起きないといけない。朝はあんまり好きじゃない私にとって早起きは難問だ。授業という授業はまだやってないけど、先輩たちの話を聞いた感じ、先生たちの進むスピードめちゃくちゃ早いらしい…。
しかも数Iと数IIって…なんで数学が二個あるの…?
でもここの学校の文化祭とか体育祭はすごく盛り上がるってオープンスクールで言ってたから楽しみなこともたくさんある。
「華恋〜!一緒に部活動見学行こ〜!」
私の背後から飛び跳ねるような声が聞こえた。教室だからなのか、それとも本人の声が大きいだけなのか。一花の声はいつも以上に高々と聞こえた。
放課後、クラスの人たちがほとんど帰ったぐらいに教室に残っていたのは私と一花と女子が数人。そして雄大とその友達数人。
先生は今度の歓迎遠足の準備だったり、家庭訪問とかの日程表づくりだったりと色々忙しいらしく、先に職員室に行ってしまったのでここにはいない。
「いいけどどこに行こうか迷うなぁ〜」
「でも華恋は中学のときからテニスしたいって言ってたじゃんか」
カバンをぶら下げた雄大が私たちの横にいた。
一花は「びっくりしたぁ!急来たらびっくりするじゃん」と肩を上げる。
「雄大くんなんで知ってるの?」
「そりゃ知ってるよ。幼馴染だし。こういう話結構したもんな」
覚えてて当たり前、のような表情に私はこくこくと頷く。そのままニッと笑った後「んじゃ俺サッカー見てくるから」と言ってスタスタと教室を出て行った。
私と話したこと、覚えてくれてたんだ。心のどこかドキッとした。今までには感じたことのない嬉しさに包まれた。
「雄大くんとそういう話するんだ!なんか意外〜笑」
猫のように目をパッと見開き、クスクスと笑う一花の姿を私はじっと見ることができなかった。一花が雄大のこと好きなんじゃないかって思った日から。あまり一花の前では雄大なことについて触れないようにしていた。
確定してるわけでもないのに勝手に自分から引いてるなんてちょっとバカバカしいけど。
「帰り道とか、委員会一緒だったから結構話す時間あったしね。まぁ覚えてくれてるなんて思ってなかったけどね笑」
「テニスかぁ〜いいね!中学のとき女子テニスなかったもんね〜。でも華恋は“背が高いから”バスケ部が似合う!中学のとかのバスケの授業もすごい活躍してたし、運動神経もいいからいいと思うんでけどなぁ!」
“背が高いから”
たった七文字が私に突き刺さる。
「あはは…そうかなぁ?でもそういうふうに思って嬉しいな。でも私はやっぱりテニスを見に行こうかな。ずっとやってみたかったし」
「華恋がやりたいのをやるべきだよね…。私が口出しすることじゃなかったよね、ごめん。じゃあ私は書道部見てこよっかな〜!またね!」
一花は私の一瞬のくもりをも見逃さなかった。多分、気づいたんだろう。言ってしまったと。悪気はないはずだ。いつもの笑顔に戻って教室を出て行ったのも逃げたわけじゃない。一花はそんな人じゃないから。
仕方ないよ。だって本当のことだもん。
でも。
背が高い。それは私にとってのNGワード。
昔の“アレ”が思い出されるから。
もう高校生なんだから、いい加減、忘れて、気にしないようにしないとおかしいのに。ずっとずーっと引きずってる。頭の小さな引き出しに入ったままで。
「華恋、ちょっと」
サッカー部の見学、行ったんじゃなかったの。
なんで、なんでここにいるの?
荷物を急いでまとめて、教室から急いで出ていく。
シーンとした廊下にはいたはずなのにいなかった。
どこに行ったんだろうとあたりを探す。
彼は先に一段ずつ一段ずつ階段をゆっくりと降りていた。
「雄大…」
「二人のことびっくりさせようと思ってずっと待ってたんだけど…」
「なんかごめん」と目を伏せる彼に私は「気にしないで」と笑ってみせた。
「どこらへんから聞いてたの?」
「詳しくは覚えてねぇーけど中学のときは女子テニなかったよねって一花が言ってたとこぐらいから」
しっかり覚えてるじゃん。何が詳しくは覚えてないけどーよ。
「もう高校生なのにさぁ、まだ引きずってるなんておかしいよね…」
「おかしくないだろ。嫌なことはずっと嫌だし、忘れてなかったことにしようとするなって前も言ったじゃん」
「……だって」
「の後は言わなくてオッケー。まぁとりあえず、明後日まで部活動見学あるし今日は帰んね?」
コツコツとゆっくり、階段を降りるのをやだかと思えば後ろを振り向いて私の目をじっくりと見つめる。
一緒に帰るのいつぶりだろうか。
中学校のときは雄大が部活入ってたから一緒に帰ることができなかったから。
嬉しい。
「で…どーすんの?」
「あっ…うん帰ろ」
「見学、今日じゃないといけないなら俺待っとくから」
「ううん、明日行くから大丈夫。帰ろ」
そう言って私たちは靴箱へ行く。
チラチラと廊下の窓から見える陸上部やサッカー部の先輩たちを見て「やっぱり陸上部は足が速いな」とか「今のシュートすごいね」とか。
何気ない会話をしていたからかあっという間に靴箱までついた。私たちは学校用のシューズを靴に履き替えて学校をあとにする。
雄大って私のことどう思ってるんだろう。
唐突にそう思った。
本当になんでもない。今そう思っただけ。何か特別な理由があるわけじゃないけど。
「ぼーっとしてるけど大丈夫?さっきのこと気にしてる?」
「あーいや…違うよ。普通に考え事」
「考え事ってなんだよ…なんか悩みでもあるのかよ。あるなら言えばいいじゃん。今誰もいないし。俺秘密主義者だから誰にも言わないよ」
私、悩みを抱えてるような顔してたのかな。
秘密主義者って自分で言うの?笑
「何笑ってんだよ」
「別に〜。なんでもないよ〜」
「結局考え事ってなんだったんだよ」
「大したことじゃないけど、雄大って私のことどう思ってやるのかなーって考えてただけ」
「えっ?は?それ聞くの?」
歩いていたが止まった。少し下に顔を向けると顔や耳が少しだけ赤く染まっている彼の姿があった。片手で顔を隠し、奥深い黒色の瞳は私の目が合うとキュッと小さくなった気がした。
えっ?どういうこと?
私なんかまずいこと言った?
聞いちゃいけないこと聞いちゃった?
私のことどう思ってるって聞くのってやばい…
「あっ待ってごめん。今の忘れて、なんでもない」
「…」
忘れて、なんでもないとは言ったもののもう遅い。
さっきまでの空気は一変し、自分の発したたった一言でお互いに言葉を発さない気まずい空間になってしまった。
白、黒、灰色、ときには古風な家がたくさんあって賑やかなはずな住宅地は16時半をすぎたこともあってかこどもたちの姿は少ない。私たちの靴の裏とコンクリートの地面が擦れ合う音だけが響いて聞こえる。
うわー…なんでもっとよく考えてから言わなかったんだろう。
ついさっきまではなんともなかったのに、すべてを理解した瞬間。後悔と羞恥の波に襲われた。
どう思ってるって結構やばいこと聞いてるよね。しかも異性に対してとか、なおさら。
私が雄大のこと好…ではないかはまだわかんない…話すだけでふわふわしたり変な感じになるぐらいだから好きなんだろうけど…、本当に無意識で聞いてしまった。
企んでたわけじゃない。それを聞いてどうかしようとしたんじゃない。
…………一花に知られたらどうしよう。
これ大丈夫だよね。一花は雄大なことが好きで、雄大は…まだわかんないけど、それだったとしてもあんまりいい状況とは言えないよね。
「……ごめん」
「なんで謝んの?」
まだほんのり赤みが残っている。申し訳なって、誤ったはずが、彼は首を傾げて不思議そうな顔をした。
「…なんか、せっかく久しぶりに一緒に帰るのに空気壊しちゃったよね」
「俺別に…ちょっと急すぎて恥ずかったけど…笑。なんともないよ」
“なんともないよ”
その一言を聞いた瞬間、心の底どこかホッとした。
体に入っていた力がすっと抜けていくのがわかる。
ふーっと小さく安堵のため息をつく。
「嫌われたかと思ったぁ…」
「そんな単純なことですぐ人を嫌うような人間じゃないわ笑」
「……じゃないし」と最初のほうが聞き取れなかったけど、そう言ったあと顔をくしゃっとさせて笑った。
「だって変なこと聞いたから引かれたかと思った〜…」
「そんぐらいで引かないよ。だって——」
「一応聞いとくけどさ、それってどっちの意味で?」
わかっていた。ずっと、ずっーと前から。誰も知らなかっただろうけど、私だけは気がついていた。それなのに私の口は言うことを聞いてくれなくて気づいたときには言葉を発していた。
本当は聞きたくなかったなぁ。だってさ、“大親友”なんだもん。完璧な“大親友”に私は勝てないと思ってたもん。
可愛いくておしゃれ。
可愛いくてノリがいい。
可愛いくてとにかく完璧。
だからこそ彼女が羨ましくて、羨ましくて。
嫉妬し続けた。
「どっちの意味でって、そりゃ一つしかないでしょ!」
言わないで。お願い。
緑が生い茂っていた木々はだんだんと赤やオレンジ黄色に色づき始め、暑さも前に比べたら大分マシになってきたとき。風が一瞬だけ強く吹く。
「恋愛のほうの好きだよ〜!」
私の横で“大親友”はそう呟いた。
選択肢は一つしかなかったのに“恋愛のほうの好き”と聞いた瞬間、「あぁもうダメだ」と崖っぷちから飛び降りろと言われたような絶望感に襲われた。
やっぱりそうだよね。じゃあ今までのも全部、そういうことだったんだね。私はやっぱり正しかったんだね。
この一瞬で色んなことを考えた。今まで私が見てきた“大親友”の行動、表情、言葉。色んなことが結びついた。パズルのピース一つ一つ、型にはまっていくように
キレイに。
そんな私の横で気恥ずかしいのか、それとも照れているのか。“大親友”の頰がお化粧をまとったようにベビーピンク色になっているのは、きっと暑さのせいじゃないだろう。
両手で小さな顔を隠し、優しく吹いた風で揺れた艶やかな髪の間から見えた耳も、ほんのり赤く染まっていたのも私の見間違いでも何でもなかった。
上から眺めていた“大親友”から目を背け、自分の足元に目を映す。足元に転がっている泥で汚れていて角が削り取られた小さな石ころは、まるで私を表しているかのようだった。
「そっかぁ…そうなんだ…知らなかった」
「ねぇなんか反応薄くなぁい!?こう…なんだろう、なんていうかなぁ…もっと、えぇー!とか、知らなかったぁ!誰誰!?ってびっくりしてほしかったんだけど笑」
「急な告白すぎて驚いて言葉が出なかっただけだよ」
「本当かなぁ?笑」
私の反応のぎこちなさに“親友”は目を細めて私のことを見上げながら見つめてきた。
「本当だよ〜。だって“大親友”に青い春がきたんだよ?喜ばない友達は友達なんて言えないよ。すごく嬉しい」
「そうだよね!いや〜これまだお母さんにも言ってないからね!?華恋しか知らないから!絶対誰にも言わないでね!私たちだけの秘密!」
“大親友”の屈託のない笑顔。
私の顔や声は、笑ってるけど笑ってない。
きっと本当は笑って喜びたかったけど“笑うことができなかった”と言ったほうが正しいんじゃないか。
大好きな親友に好きな人ができたのは本当に心の底から嬉しいはずだ。友達の恋を応援するのは恋している本人と同じぐらい自分もドキドキすると思うし、友達の恋話を聞くのはそれなりに好きだったから。
でもそれは、自分に好きな人がいないから、身近な人のワクワクやキュンキュンが楽しいって思えるんじゃないかな。
もしくは、“自分と好きな人が被っていなかった”らの話じゃないか。
こんなにも恋って大変なんなだろうか。
他の子たちはこんな苦労はしないはずだ。
私も雄大のこと——なんて今さら言えない。
“大親友”に嫌われたくない。
“大親友”との友情を壊したくない。
“大親友”とずっと一緒にいたい。
“大親友”と自分の思いを寄せている相手が同じだと言う理由だけで、私と“親友”の友情の天秤がぐらつきそうになると心配になったのはきっと私だけだろう。
〜〜〜
ずっと憧れてた高校生活。中学校の時はまた違うドキドキ。制服の採寸した時からずっと心臓の高鳴りが止まらなかった。
その憧れていた制服が自分の腕をスゥーと通っていく。リボンとネクタイ。どっちがいいかなと片方ずつ当ててみて、最初はネクタイをつけたものの結局リボンのほうが落ち着くなと、ネクタイを外しパチンとリボンを止めた。
部屋の隅に置かれた鏡の前で一周して思う存分制服姿を楽しむ。これは自分が制服を完璧に着こなしてて似合っているなと自惚れている儀式ではないので、そこだけは勘違いしないでほしい。
「華恋も今日から高校生かぁ〜。ちょっと前までは保育園児でこの子一人にして大丈夫かなって心配なくらい小さかったのにさぁ〜。子供の成長ってあっという間よねぇ〜」
高校の入学式の支度をしている最中、ちょっぴり過保護気味な母の言葉に思わず口元が綻ぶ。
私でもそう感じる。すごくあっという間だったなと。小学校は六年間あるからかすごく長く感じたけど、中学校に入学してからは時間が進むのがとても早く感じた。本当に一日は二十四時間なんだろうか、時空がおかしくなったのではないかと疑うほど早く終わってしまった。
「私も今日から高校生かぁ…なんか実感湧かないなぁ」
肩下十センチ程度まで伸びた髪の毛をささっと一本にまとめる。そういえば、自己紹介をまだしてませんでした。今日から念願の高校一年生になる、白石華恋|《しらいしかれん》です。正確を一言で表すと海闊天空|《かいかつてんくう》。さっぱりしてるけど人見知り中の人見知りです…。身長が四捨五入して百七十センチとデカ女なのがコンプレックスでしたが今はそんなに気にしてません…。まぁ秘密の事情っていうやつです。
お母さんは小柄ですがお父さんの超高身長が私にそっくりそのまま遺伝してしまったので、今はそこらの男子よりも身長が高いです。
正直にいうのなら本当は母の身長の遺伝子を受け継ぎたかったけど…文句を言っても変われるようなことじゃないから仕方ない。身長のことを言われて嫌なときもあるけど、それを肯定してくれた“ある人物”…まぁいわゆるヒーローみたいな?笑
その人のおかげで今はこの身長でよかったなと思ってます…ということはちょっと置いといて、この制服かわいいな。自分で言うのもなんだけど、スタイルが良く見える……。自分が高身長だからって言うのもあるかもしれないけど、色もリボンもスカートの模様もボタンも。全部が私好みの制服だ。
「その制服いいね〜。華恋によく似合ってる」
「へへへ〜そうかなぁ。そんなこと言われたら照れちゃうよ〜」
母に褒められて、しっかりちゃっかり嬉しくなり、照れてしまう。すぐ照れる癖、なおさないとな〜。
「高校生活楽しみ?緊張する?」
「んー…楽しみは楽しみなんだけど、友達できるか心配だしなんか高校の先生って厳しくて怖い人が多いっていうじゃん…?楽しみと不安が五分五分ってとこかな」
新しい生活に不安を抱く私に「中学に入学するときの同じこと言って友達たくさんできてたから大丈夫よ」と肩を優しくポンポンと叩く母を見て、いつの間にか緊張の気持ちは消えていた。
〜〜〜
「よっしゃぁ!俺ら一緒のクラスじゃん!マジ神かよ!!」
「うわぁ…クラス離れちゃったね…」
「本当だ…最悪ぅ〜」
「高校って五クラスもあるの!?しかも一クラス四十人って多すぎだろ笑。先生たち面倒見るの大変そー笑」
「ねぇ知らない人多すぎてヤバい〜笑」
「いいから早く教室行ってみようよ!」
入学式が始まる前。自分のクラスを確認しに、広場にある掲示板に貼られたクラス表には人だかりができていた。
同じ制服の人がたくさんいるって何当たり前のこと言ってんだろう笑。
中学のときの友達と同じクラスになれた子もいれば、離れちゃった子もいる。嬉しさや悲しさ、驚き。色々な声が私たちの頭を飛び交うが、正直に言うと私はまだ自分のクラスを確認できていない。早く見たいけど私には結構な難問だ。
「華恋ー!何組だった?」
どうしようかしどろもどろになっている私の横から聞き馴染みのある声がして、ドキッと心臓が跳ね上がった。
「雄大…!実はねぇまだ自分が何組か見れてないんだ。ちょっとあの人混みの中には突っ込みきれなくて…」
「華恋のことだからそうだと思った」とからかい気味にニヤリと私に笑みを向ける。
水野雄大。私の家の近所に住んでいて小中とずっと一緒にいてくれた。自由奔放な性格で……うん、とにかく自由人、超がつくほどのポジティブ人間。
まぁそんな彼のことがねぇ…みんなに内緒にしてるけど……実は結構前から“気になって”ます。なんちゃって片想いというべきなのかはまだわかりません。
バカで、スポーツバカで……バカしか出てこないけど…だけど人一倍周りのことを気遣えて。
まぁとにかく好きの一歩手前かな。今はまだ気になるっていうか段階。
「俺二組だった!ネタバレになっちゃうかもだけど、華恋も俺と同じクラス!」
「私たち同じクラスなの?」
「同じクラスっだった!いやぁマジめっちゃ」
「よお雄大!俺ら同じクラスだなぁ!向こうに蓮夜たちいるから行こうぜ」
雄大が何かを言いかけた瞬間、雄大の友達が後ろから飛びついてきた。蓮夜くんは雄大の一番の大親友で名前を聞いた瞬間、雄大の顔がパァッと花開くように明るくなった。
知らない人もたくさんいるけど、私と同じ中学校の人が大勢入学しててびっくりだな。
「マジめっちゃの続」
「ちょっと俺蓮夜んとこ行ってくるから!」
「あっちょ待っ」
「まだ聞きたいことあるのにー!」と私が呼び止める隙も無く、雄大は私から離れていった。
ほんの数秒前、一緒にいたばっかりなのにものすごく前の出来事みたいに。まるでアニメの世界から出てきたような、天真爛漫な主人公のように笑う雄大の姿が私の脳裏に浮かんだ。
あの笑顔が好きー…じゃないけど、嫌いでもない…。
マジめっちゃ——
の続き……聞きたかったのになぁ。何が言いたかったんだろう。
行っちゃった……。まぁ同じクラスらしいし、どうせ後からでも話せるからいいけどさぁ。モヤモヤするよ〜そういうの結構気にするタイプだから〜…。
「華恋熱ないよね?顔赤いけど大丈夫?先生呼んでこようか?」
「一花!大丈夫、ちょっと人混みが…」
本当は人混みなんて関係ない。私が咄嗟についた嘘に一花は「相変わらず人見知りちゃんだなぁ笑」とクスクス笑った。疑う心一つなく信じてくれた一花の素直さに内心ちょっと申し訳ない気持ちになる。
三田一花は中学の時に同じクラスになったきり、四六時中一緒にいるいわゆる“大親友”だ。一花は人見知りな私に一番に声をかけてくれたのを今でも覚えている。
一花は可愛いし、優しいし、すごく面倒見がいい。苦手なことでも一生懸命頑張る頑張り屋さんで、the努力家だ。
こんな完璧な人が隣にいてくれて私は幸せ者だ。
「華恋は何組だった?私二組だったよ!」
「えっ!私も二組!」
「えぇー!本当に!?わぁ!やった!嬉しい!」
ぴょんぴょんとウサギのように跳ね上がって喜ぶ一花を見てなんだか私まで嬉しくなった。飛び跳ねるたびに揺れる灰色のスカートは私と同じもののはずなのに、童話に出てくるお姫様が着ているドレスのよう。
「それとね、雄大も一緒だったよ。中学校のときのいつメン、また揃ったね笑」
「雄大くんも一緒?嬉しい…!」
ふふっと口元に手を当てる一花の姿。
あれ…?
一花の姿を見た瞬間、私の頭にクエスチョンマークが脳内を埋め尽くすほどに浮かび上がってくる。
頬っぺたの色が……赤くなってる…?
ほんの一瞬だけ染まった頰に疑問を持つ。
もしかして…まぁ気のせいだよね。私の見間違いだよね。まさか、一花がそんなわけないよ。だって、
「一緒に教室行こ!校舎広いから一人じゃ迷子になるかもしれない笑」
「あ…うんっ!行こ行こ」
優しく小さな、温かい手に引っ張られ私たちは教室に向かった。
神様お願い。
これから一花との友情が崩れていきませんように——
〜〜〜
教室は私が思った二、三倍窮屈で、とにかく人口密度的なものがヤバかった。中三の時は一クラス三十人ぐらいで、十人増えるだけでこんなにも違うのかと驚嘆した。
白石華恋と書かれた席に座り、辺りをくるっと見回す。前後左右、結構な近距離に机があって…狭い。
一花とは席が離れてしまってちょっと寂しい。まぁ白石の“し”と三田の“み”じゃ近くにはなれないのは当たり前だ。
「あっ…」
少し、ほんの数メートル離れたところに雄大と一緒に仲睦まじそうに話す一花が目に入った。頬をほんのりあからめ、私といる時とはまた違う、みたことがない笑顔。キラキラと輝いているような、心の底から喜んでいるような。
ちょうど二人の苗字の初めが“み”から始まっているのもあって席が前後だから…。
盗み聞きは良くないけどこっそり耳を傾けてみた。でもところどころ聞き取れなくて二人がどんな会話をしていたのかはわからなかった。
「……後空いてる?」
「空いてるよー!」
「じゃあ一緒に…って……かない?インスタで見たんだけど……でさぁ!」
「へー!そんなとこあんだ!楽しそうだし、行ってみるか!あっよかったら…も………うよ!一花……だろ?」
空いてるって何?
一緒にどうするの?
どこに行くの?それって二人きりで?
楽しそうってなんの話ししてるの?
よかったら…何?
その続きを教えてよ。
どうしてそんなに一花は嬉しそうなの?
盗み聞きした分際で言っていいのかどうかもわからないけど…気になる、モヤモヤする。私に言えないことなのかな……。すごく、すごく、自分の中の何かが変なのがわかる。
もしかして私、嫉妬してるのかな?
一花はたぶん、まだなんの証拠もないけど。あの笑顔はたぶん雄大なことが好きだから私は見たことがなかったんだ。
一花が雄大のことを好きだとしたら、嬉しい反面、悲しい…。色々な感情が私の中で複雑に絡み合う。
私の裏の性格なのかな。付き合ってもないのに雄大をとられたくないっていう気持ちが湧いてきた。もし一花が雄大に告白したらどうしよう。雄大も中学の頃、一花と結構仲良かったし、両思いの可能性もなくはないよね…。実際に二人が付き合ってるんじゃないか説みたいなのがあったし…。でもそれは百パーセントなものじゃなかったから。でも雄大は何かあったら私に絶対相談してくれてたから。
せっかくの入学式なのに私、何こんなことばかり考えてるんだろう。
「……嫌だなぁ…」
私がポツリとはいた言葉は約四十人の生徒たちによって掻き消され、シャボン玉のように消えていった。
〜〜〜
入学式から五日たったが、まだまだ全然慣れないところがあって大変だ。
中学のときより登校時間が早いから早く起きないといけない。朝はあんまり好きじゃない私にとって早起きは難問だ。授業という授業はまだやってないけど、先輩たちの話を聞いた感じ、先生たちの進むスピードめちゃくちゃ早いらしい…。
しかも数Iと数IIって…なんで数学が二個あるの…?
でもここの学校の文化祭とか体育祭はすごく盛り上がるってオープンスクールで言ってたから楽しみなこともたくさんある。
「華恋〜!一緒に部活動見学行こ〜!」
私の背後から飛び跳ねるような声が聞こえた。教室だからなのか、それとも本人の声が大きいだけなのか。一花の声はいつも以上に高々と聞こえた。
放課後、クラスの人たちがほとんど帰ったぐらいに教室に残っていたのは私と一花と女子が数人。そして雄大とその友達数人。
先生は今度の歓迎遠足の準備だったり、家庭訪問とかの日程表づくりだったりと色々忙しいらしく、先に職員室に行ってしまったのでここにはいない。
「いいけどどこに行こうか迷うなぁ〜」
「でも華恋は中学のときからテニスしたいって言ってたじゃんか」
カバンをぶら下げた雄大が私たちの横にいた。
一花は「びっくりしたぁ!急来たらびっくりするじゃん」と肩を上げる。
「雄大くんなんで知ってるの?」
「そりゃ知ってるよ。幼馴染だし。こういう話結構したもんな」
覚えてて当たり前、のような表情に私はこくこくと頷く。そのままニッと笑った後「んじゃ俺サッカー見てくるから」と言ってスタスタと教室を出て行った。
私と話したこと、覚えてくれてたんだ。心のどこかドキッとした。今までには感じたことのない嬉しさに包まれた。
「雄大くんとそういう話するんだ!なんか意外〜笑」
猫のように目をパッと見開き、クスクスと笑う一花の姿を私はじっと見ることができなかった。一花が雄大のこと好きなんじゃないかって思った日から。あまり一花の前では雄大なことについて触れないようにしていた。
確定してるわけでもないのに勝手に自分から引いてるなんてちょっとバカバカしいけど。
「帰り道とか、委員会一緒だったから結構話す時間あったしね。まぁ覚えてくれてるなんて思ってなかったけどね笑」
「テニスかぁ〜いいね!中学のとき女子テニスなかったもんね〜。でも華恋は“背が高いから”バスケ部が似合う!中学のとかのバスケの授業もすごい活躍してたし、運動神経もいいからいいと思うんでけどなぁ!」
“背が高いから”
たった七文字が私に突き刺さる。
「あはは…そうかなぁ?でもそういうふうに思って嬉しいな。でも私はやっぱりテニスを見に行こうかな。ずっとやってみたかったし」
「華恋がやりたいのをやるべきだよね…。私が口出しすることじゃなかったよね、ごめん。じゃあ私は書道部見てこよっかな〜!またね!」
一花は私の一瞬のくもりをも見逃さなかった。多分、気づいたんだろう。言ってしまったと。悪気はないはずだ。いつもの笑顔に戻って教室を出て行ったのも逃げたわけじゃない。一花はそんな人じゃないから。
仕方ないよ。だって本当のことだもん。
でも。
背が高い。それは私にとってのNGワード。
昔の“アレ”が思い出されるから。
もう高校生なんだから、いい加減、忘れて、気にしないようにしないとおかしいのに。ずっとずーっと引きずってる。頭の小さな引き出しに入ったままで。
「華恋、ちょっと」
サッカー部の見学、行ったんじゃなかったの。
なんで、なんでここにいるの?
荷物を急いでまとめて、教室から急いで出ていく。
シーンとした廊下にはいたはずなのにいなかった。
どこに行ったんだろうとあたりを探す。
彼は先に一段ずつ一段ずつ階段をゆっくりと降りていた。
「雄大…」
「二人のことびっくりさせようと思ってずっと待ってたんだけど…」
「なんかごめん」と目を伏せる彼に私は「気にしないで」と笑ってみせた。
「どこらへんから聞いてたの?」
「詳しくは覚えてねぇーけど中学のときは女子テニなかったよねって一花が言ってたとこぐらいから」
しっかり覚えてるじゃん。何が詳しくは覚えてないけどーよ。
「もう高校生なのにさぁ、まだ引きずってるなんておかしいよね…」
「おかしくないだろ。嫌なことはずっと嫌だし、忘れてなかったことにしようとするなって前も言ったじゃん」
「……だって」
「の後は言わなくてオッケー。まぁとりあえず、明後日まで部活動見学あるし今日は帰んね?」
コツコツとゆっくり、階段を降りるのをやだかと思えば後ろを振り向いて私の目をじっくりと見つめる。
一緒に帰るのいつぶりだろうか。
中学校のときは雄大が部活入ってたから一緒に帰ることができなかったから。
嬉しい。
「で…どーすんの?」
「あっ…うん帰ろ」
「見学、今日じゃないといけないなら俺待っとくから」
「ううん、明日行くから大丈夫。帰ろ」
そう言って私たちは靴箱へ行く。
チラチラと廊下の窓から見える陸上部やサッカー部の先輩たちを見て「やっぱり陸上部は足が速いな」とか「今のシュートすごいね」とか。
何気ない会話をしていたからかあっという間に靴箱までついた。私たちは学校用のシューズを靴に履き替えて学校をあとにする。
雄大って私のことどう思ってるんだろう。
唐突にそう思った。
本当になんでもない。今そう思っただけ。何か特別な理由があるわけじゃないけど。
「ぼーっとしてるけど大丈夫?さっきのこと気にしてる?」
「あーいや…違うよ。普通に考え事」
「考え事ってなんだよ…なんか悩みでもあるのかよ。あるなら言えばいいじゃん。今誰もいないし。俺秘密主義者だから誰にも言わないよ」
私、悩みを抱えてるような顔してたのかな。
秘密主義者って自分で言うの?笑
「何笑ってんだよ」
「別に〜。なんでもないよ〜」
「結局考え事ってなんだったんだよ」
「大したことじゃないけど、雄大って私のことどう思ってやるのかなーって考えてただけ」
「えっ?は?それ聞くの?」
歩いていたが止まった。少し下に顔を向けると顔や耳が少しだけ赤く染まっている彼の姿があった。片手で顔を隠し、奥深い黒色の瞳は私の目が合うとキュッと小さくなった気がした。
えっ?どういうこと?
私なんかまずいこと言った?
聞いちゃいけないこと聞いちゃった?
私のことどう思ってるって聞くのってやばい…
「あっ待ってごめん。今の忘れて、なんでもない」
「…」
忘れて、なんでもないとは言ったもののもう遅い。
さっきまでの空気は一変し、自分の発したたった一言でお互いに言葉を発さない気まずい空間になってしまった。
白、黒、灰色、ときには古風な家がたくさんあって賑やかなはずな住宅地は16時半をすぎたこともあってかこどもたちの姿は少ない。私たちの靴の裏とコンクリートの地面が擦れ合う音だけが響いて聞こえる。
うわー…なんでもっとよく考えてから言わなかったんだろう。
ついさっきまではなんともなかったのに、すべてを理解した瞬間。後悔と羞恥の波に襲われた。
どう思ってるって結構やばいこと聞いてるよね。しかも異性に対してとか、なおさら。
私が雄大のこと好…ではないかはまだわかんない…話すだけでふわふわしたり変な感じになるぐらいだから好きなんだろうけど…、本当に無意識で聞いてしまった。
企んでたわけじゃない。それを聞いてどうかしようとしたんじゃない。
…………一花に知られたらどうしよう。
これ大丈夫だよね。一花は雄大なことが好きで、雄大は…まだわかんないけど、それだったとしてもあんまりいい状況とは言えないよね。
「……ごめん」
「なんで謝んの?」
まだほんのり赤みが残っている。申し訳なって、誤ったはずが、彼は首を傾げて不思議そうな顔をした。
「…なんか、せっかく久しぶりに一緒に帰るのに空気壊しちゃったよね」
「俺別に…ちょっと急すぎて恥ずかったけど…笑。なんともないよ」
“なんともないよ”
その一言を聞いた瞬間、心の底どこかホッとした。
体に入っていた力がすっと抜けていくのがわかる。
ふーっと小さく安堵のため息をつく。
「嫌われたかと思ったぁ…」
「そんな単純なことですぐ人を嫌うような人間じゃないわ笑」
「……じゃないし」と最初のほうが聞き取れなかったけど、そう言ったあと顔をくしゃっとさせて笑った。
「だって変なこと聞いたから引かれたかと思った〜…」
「そんぐらいで引かないよ。だって——」



