訳あり後輩君と10秒見つめ合った結果、恋に落ちました。

「よく視聴覚室の鍵借りられたな」
「まぁ、俺。先輩と違って真面目なんで」
「なッ、俺だって真面目だよ。むしろ俺の方が真面目に見えるだろ」
 真面目かどうかはさて置き、俺と月島は昼飯を食べる為に、視聴覚室にやってきた。座った席は以前と同様に窓際の一番後ろ。俺の前に月島が座って向かい合わせで食べる。
 この部屋にいると、月島と初めて二人で資料作りをしたのを思い出す。
「懐かしいな。あれから三日しか経ってないけど」
 月島とは、もっと昔から知り合いだったのではないかと錯覚するくらい濃い三日だった。
 月島は、エコバッグからメロンパンを一つ取り出した。
「え、まさか昼飯それだけ?」
「悪いですか?」
「いや、悪くはないけど、ダイエット中……みたいな?」
「違いますけど」
 俺よりも月島の方が遥かに身長が高い。それなのに、メロンパン一個で足りるのだろうか。俺なんて特大サイズの弁当なのに……。心配になってくる。
「月島。ほら、食え」
 からあげを月島の口に持っていく。
 しかし、月島は口を開けずに怪訝な顔で、からあげと俺を交互に見た。
「これで貸しをチャラにしようってことですか?」
「は?」
「だから、俺を昼飯に誘ったんですね」
 怒っているのか、月島の言葉の端々にトゲが刺さっている。
 行き場を失ったからあげを元あった場所に戻し、俯きながら聞いてみる。
「なぁ、月島。俺、何かした?」
「別にしてませんけど」
「なら、なんで……」
 俺は、自分に対する他人の評価が気になるタイプだ。
 こんな度のきついメガネをしているから、周りから揶揄われることもしばしば。それが嫌なら月島の言う通りコンタクトにすれば良いのだが、それは物理的に怖い。
 だから、せめて舐められないような話し方をしたら良いのでは? と話し方を変えてみた。一人称を『俺』にしてみた。
 すると、弱々しく見えていた俺の評価がほんの少し上がった。そのギャップに、案外話したら面白いやつと言われるようになり、少なからず虐められることはなかった。
 何が言いたいかと言えば、俺は人から嫌われるのが怖いのだ。それが例え、あまり接点のない後輩だったとしても——。
「はぁ……」
 月島は大きなため息を吐いてから、からあげの横にある磯辺揚げをヒョイと摘んで食べた。
「え?」
「俺、からあげよりコッチの方が好きなんで」
「あ、そ、そうなんだ」
 何故だろう。涙が出そうになる。
 月島が俺の弁当を食べただけなのに、それだけでどうしてこうも嬉しく思うのだろうか。至極ホッとしているのだろうか。
「先輩、もしかして泣いてます?」
「泣いてねぇし」
「いや、絶対泣いてるでしょ」
「泣いてねぇって」
 泣いてはいないが、今にも溢れそうな程に瞳は潤っている。
 そんな時に、またもや月島にメガネをスッと奪われた。
「ちょ、返せよ。何も見えねーだろ」
 立ち上がってメガネを追いかければ、月島もまた立ち上がる。
「その顔、反則ですよ」
「何が反則だよ。そりゃ、こんないつも仏頂面で眉間に皺の寄った顔は誰も見たくないだろうけどさ、言い方ってもんがあんだろ?」
「先輩、自分の顔鏡で見たことないんですか?」
「毎日見てるよ。目は細いし、お前とは比べもんになんねーよ」
 何も見えないのに、机と机の間で追いかけっこをしたのがまずかった。
「わっ」
 盛大に転……ばなかった。月島が前から受け止めてくれたようだ。俺は月島の腕の中にすっぽり収まっている。
「わ、悪い。サンキュー」
「どういたしまして」
「…………」
「…………」
 まるで抱き合っているようなこの体勢。幸い視聴覚室は全面黒いカーテンに覆われているため、外からは見えない。見えないにしてもだ。この絵面は色々と誤解を招く。早く解放して欲しいのに、月島は離すどころか力を強めてきた。
「星名君ともこんなことしんですか? しかも、先輩から」
「は?」
「家にまであげて、触ったんですよね? どこ触ったんですか?」
 月島の声は、どこか切羽詰まったように焦りを孕んでいる。
「ちょ、月島。どうしたんだよ」
 月島の様子が変なのに対し、俺のこの心臓もおかしくなっている。鼓動が異様に速く、このままだと俺は死んでしまうのではないだろうか。
「先輩。もう一回、十秒見つめあってもらえませんか?」
「や、やだよ」
「もう一回だけで良いんで」
 その泣きそうな声に嫌とは言えなかった。
「一回だけ……な」
 月島は腕の力を緩め、そっと顔だけ離した。
「えっと、この体勢でするのか?」
「そうしないと、先輩逃げちゃうんで」
「良くご存知で」
「先輩。こっち向いて」
 月島の美しすぎる顔面が間近にあり、尚且つ抱き合っている為、つい目を逸らしてしまう。
「このままじゃ、いつまで経っても終わりませんよ」
「お、おう」
 俺は月島の瞳を恐る恐る見つめた。
 月島もまた、俺の目をしっかりと見た。
「じゅ、十数えないのか?」
「心の声で数えます」
「そっか」
 それから十秒、俺も心の声で数えた——。
 十秒後には、破裂してしまいそうなほどに胸のドキドキは激しくなり、これでもかというくらい顔の火照りを感じていた。
「お、おい、月島。十経ったぞ」
「恋に落ちました?」
「落ちるわけねーって言ってんだろ」
「俺の体感では、まだ五秒しか経ってないんで」
 それから五秒。
「月島」
「まだです」
「絶対十秒超えてるって」
 もう心臓は破裂寸前だ。このまま死んでしまうかもしれない。
「俺が死んだらお前のせいだかんな」
「同じ墓に入りたいって意味ですか?」
「違うわ!」
 これ以上見つめ合えなくて、俺は月島の胸に顔を埋めた。
「先輩?」
「もう勘弁してくれ」
「はぁ……ダメかぁ」
 そう呟きながら頭を撫でてくる月島の鼓動は、俺よりも速かった——。