訳あり後輩君と十秒見つめ合った結果、恋に落ちました。

 ——それからおよそ半年が経った頃。
 世間はクリスマスシーズン真っ只中。聖なる夜を誰と過ごすのか、贈り物をどうするか、そんな話題で持ちきりだ。
 もちろん俺は朔と過ごすことが決定している。
 しかし、二人きりではなく、小日向家と月島家、家族ぐるみでのクリスマス。
 理恵さんも、定期的に母と愚痴のこぼし合いをしているおかげか、あれから新たな男を作って帰ってこなくなるなんてことはなくなった。否、新たな男は作ったが、きちんと家庭について説明し、節度をわきまえたお付き合いをしているようだ。少しずつだが社会にも復帰しようと、週三日午前のみのパートタイムで働くようになった。
 とはいえ、今までやってこなかった家事育児を突然器用にこなすなんて出来ないから、家のことは今まで通り朔がメインでやっている。そこも徐々に変えていけば良い。
 ただ、長年の仕打ちを朔が許せるはずもなく、親子関係はぎこちなく、喧嘩も絶えないようだ。
 
 そして、俺はというと——朔への贈り物を準備する為、早々に帰宅しようと教室を出た。
「先輩」
「わ、朔!? ホームルームは?」
「終わって直行してきました」
「でも、今日は先に帰ってって言っただろ」
「嫌って言ったじゃないですか。先輩、最近何をコソコソしてるんです?」
 疑いの目で不愉快そうに見下ろされ、やや怯む。
「べ、別にコソコソなんてしてねーし」
「じゃ、先輩」
 朔が、片手を出してきた。
 俺はポケットからスマホを出し、そこにポンと置いた。そして、朔の綺麗な長い指が、それを操作し始める。
「はぁ……」
 溜め息を吐けば、睨まれた。
 俺の心配は杞憂だったようで、朔の重たい愛は継続中だ。別行動をしようものなら、こうやって詮索が入る。携帯チェックが入る。
 束縛されて嬉しいやら、悲しいやら。もう少し俺を信じてくれても良いのに……とは思うが、その異様な愛が嬉しいのも事実。
 俺と朔が廊下の隅でやり取りしていると、クラスの大人しめの女子が挨拶してきた。
「小日向君、バイバイ。また明日ね」
「うん、バイバイ」
 手を振れば、隣にいる女子とキャッキャッと話しながら帰って行った。その後も、クラスメイト数名と挨拶を交わし、何故か隣のクラスの良く知らない男子も声をかけてくる。
「小日向、ゲーセン行かね?」
「ごめん。先約あるから」
「またかよ。彼女?」
「彼女なんていないよ」
 彼氏ならいるけど……とは、言えない。そもそも、君は誰? と聞き返したい。
 彼にも手を振って挨拶すれば、朔に腕を掴まれた。
「ちょ、何!?」
「委員会の資料作り。先輩と作るように頼まれたじゃないですか。行きますよ」
「え、そんなのあったっけ?」
「ありましたよ」
 あったかなぁと怪訝に思いながらも、朔に引っ張られるようにして付いて行く。
 ——職員室で視聴覚室の鍵を借り、黒いカーテンに覆われたその部屋へと入る。
 余談だが、他の学年と委員会の資料を作る時は、この視聴覚室か隣の会議室でするのが我が校の決まり。
 故に、俺も本気で資料を作るものだとばかり思っていた。
「早く終わらせて帰ろうぜ」
 クリスマスまで残り三日。朔へのプレゼントは、俺が描いた油絵をサプライズで渡す予定だ。もう少しで仕上がりそうではあるが、乾かしたりラッピングしたり……色々考えたら、一刻も早く仕上げなければ間に合いそうにない。
 ソワソワしながら、いつもの窓際の席に着けば、朔もまた、俺の前の席に後ろ向きに座る。
「で? 何を作れって言われたんだっけ」
 そう聞けば、朔の手が伸びてきて、髪を耳にかけられた。その仕草にドキリとする。そして、真剣な眼差しで言われた。
「コンタクト禁止の資料」
「は?」
「先輩、メガネに戻して下さい」
「は? だって、朔がコンタクトにして欲しいって言うから、俺頑張って練習したんだぞ」
「それは、初めてここで資料作りした時ですよね? あれ以来、俺は一言も言ってませんけど」
 確かに、朔の言う通りだ。あれ以来、朔の口からは言われていない。主には理恵さんだ。
『絶対コンタクトの方が良いから! 練習しましょう!』
 朔も以前言っていたなぁと思い出し、その方が朔に喜んでもらえるなら……と思って練習を開始した。慣れるまで一ヶ月以上かかり、休日に朔といる時は基本コンタクトで過ごすようになった。
 そして、現に朔は喜んでくれたので、先週から学校でもコンタクトで登校するようにしたのだ。
「先輩、自分の顔、鏡で見たことあります?」
「あるよ。毎日コンタクト入れてるんだから」
「どうでした?」
「うーん……思ってたより、目がデカかった?」
「それだけですか?」
 何故、俺はこんなにも責められているのか。資料作りは……この感じでは、ただの口実なのだろう。早く朔の機嫌を直して帰ろう。
「朔が嫌ならメガネに戻すよ」
 俺はどっちでも良い。朔が喜んでくれるなら。
 そう思って言ったのに、朔の苛々は増す一方。
「先輩、俺がなんでメガネにしてって言ってるか分かります?」
「朔は、実はメガネ男子が好き……とか?」
 呆れたように溜め息を吐かれた。違うようだ。
「あ、分かった! コスパが悪い」
「は?」
「メガネは一回きりだけど、コンタクトって何回も買わなきゃだもんなぁ。さすが倹約家の朔だな」
 うんうんと頷いていると、朔の顔が引き攣った笑みに変わる。
「え、これも違うのか? うーん……」
「マジで分からないんですか?」
「ごめん……教えて」
 降参すれば、俺の指に朔の指が絡まってきた。
 この半年間、何度も手を繋ぎ、抱き合い、キスもした。それでも、この胸のドキドキは一向に収まることはない。
 人間は、一生で約二十億回心臓が打つと寿命が尽きると聞いたことがある。この調子では、俺は早死にしそうな気がする——。
 朔は、伏目がちに口を開く。
「先輩が可愛いのは、俺が一番に見つけたんです。俺が見つけて、俺だけのモノなんです。それなのに……」
「朔」
「先輩は、周りの反応がいつもと違うとか思わないんですか? それとも、チヤホヤされて舞い上がってるけど、惚けてるだけなんですか?」
 不安そうな朔の頬をそっと触れば、顔が上がった。目と目が合い、見つめ合う。
「最初は戸惑ったよ。けどさ、周りの反応なんて興味ないから。俺は、朔しか見えてない。半年前からずっと」
「先輩……」
「……しち……はち……きゅう……じゅう」
 十秒見つめ合えば、自然と引き寄せられるように俺たちの距離は縮まり、互いの唇が重なった。唇が離れてもまた、角度を変えて確認するように何度もキスをする。
 最後にコツンと額を合わせ、俺は笑って言った。
「まんまと恋に落ちたんだから、責任取れよ」
「もちろんです。結婚しましょう」
「重いよ」
「相変わらず、先輩は無責任すぎます。誓約書も交わしたのに」
「はは、結婚すれば良いんだろ? 十秒って恐ろしいな」
 十秒見つめ合って落ちた恋、存外悪くない。
 多分、俺はこのままずっと、この恋に溺れ続けるのだろう。
 


             ——おしまい——