翌朝。
教室に入るなり、すれ違うクラスメイトにぎこちなく挨拶する。
「お、おはよ」
「おはよ」
挨拶は返ってくるが、何となく距離があるのが分かる。
というのも、進級して一ヶ月。まだ皆が素を出しきれていないのだ。仲の良い友人がいる者は運が良い。そこから磁石のように勝手に引き寄せられる誰かとつるめば良いのだから。
しかし、俺みたいに仲の良い友人がクラスに一人もいなかった場合、一から友人作りが始まる。一年生の時に同じクラスだった奴もいるにはいるが、そもそも一年生の時に仲良くならなかったのだから、二年生になって距離が縮まるなんてことはない。別をあたるのが効率的だ。
既にグループが出来つつあるクラスの中で、自身の机に鞄を置いた俺は、何となく話の合いそうな二人、佐竹と北条の元へと向かう。
「おはよ。何話してんの?」
彼らとは他のクラスメイトよりは距離が縮まっているため、気さくに返ってくる。
「おはよ。この間出た新作のゲームの話」
「小日向は、どんなゲームすんの?」
「ゲームかぁ……」
俺、ゲームはしたことないんだよな。
どちらかと言えば漫画や小説、活字を読む方が好きだ。けれど、ここでそれを伝えれば「話が合わない奴」のレッテルが貼られ、ここまで築き上げてきた微々たる信頼関係が崩れ去ってしまう。
「RPG……とか、かな」
ラノベで読んだことがあるので、やっていなくとも何となく話が合わせられそうなジャンルにしておく。
そして、話を即座にすり替える。
「あ! そういえば、昨日の物理のノート貸してくんない? 俺、最後書けなくってさ」
「物理? ちょっと待って」
佐竹が机の中を漁り、北条も話を切り替えた。
「物理の橋本、教えるの上手いけど、黒板消すの早いよね」
「そうなんだよ。だから、全然追いつけなくってさ」
「分かる! もっとゆっくりって言いたいけど、僕なんかが言えるわけないし」
「ほんと、それな」
佐竹もノートを取り出し、ハハハと三人で笑い合う。そんな俺たちは、自身の立ち位置をしっかりと理解している。
だから、クラスの一軍にいるようなイケメン後輩が懐いてくる訳がない。懐いてくる訳が……。
「せーんぱーい」
教室の後ろ扉から、月島が笑顔で手を振っていた。
クラスの女子が黄色い声を出し、佐竹と北条も感心したように注目する。
「うわ、うちの学校にあんなイケメンいたんだね」
「なんか、こっち見てない? 誰呼んでんだろ。小日向、知ってる?」
「さ、さぁ……」
一旦気付かないフリをしようと北条を盾に隠れてみる。背が低いとは、こういう時に都合が良い。
北条は不思議そうな顔で俺を見下ろすため、笑って誤魔化す。
それでも月島は何の躊躇いもなく大きな声で呼んでくる。
「小日向先輩! 早く来てくれないと、俺遅刻扱いになっちゃうじゃないですか!」
「こひなた……? って、小日向のことじゃない?」
「え、気のせいじゃない? 俺、あんなイケメン知らないし」
「確かに次元は違うけど……でも、小日向って、うちのクラスに一人しか……」
クラス中の視線が俺に集まり、逃げきれそうにない。
諦めて、俺は月島の元へ向かうことにした。
「ちょっと行ってみる」
「うん。頑張って」
何を頑張るのか、北条に声援を送られながら俺は重い足を動かした。
廊下に出るなり、月島はクリアファイルを渡してきた。
「先輩、作ってきましたよ」
「え、早ッ」
風紀委員で俺たちに任された資料だった。
まさか一日で仕上げてくるとは思わなかった。
「用件がこれなら早く言えよ。無駄に注目浴びただろ」
注目自体は現在進行形であるが、委員会という理由があるなら何の問題もない。
「先輩、お昼は?」
「え、昼? 弁当だけど」
「へぇ」
聞いておいて興味の無さそうな返事をする月島は「じゃ、また」と言って、一年生の教室がある上の階へと上がっていった——。
資料と佐竹に借りたノートを持って教室に入るなり、クラスの女子に囲まれた。
「ねぇねぇ、あのイケメン誰!?」
「もしかして、噂の一年生?」
「うそ、小日向君、もしかして友達なの!?」
「今度紹介してよ!」
圧倒される俺は、萎縮しながら月島にもらった資料を見せた。
「風紀委員で一緒に資料作ることになって……俺も昨日が初対面」
「なんだぁ」
「てか、私も風紀委員入れば良かった」
「ほんとそれ、二人で資料作りとか急接近間違いなしじゃん」
確かに急接近はしたような……していないような。
ここにいる女子らなら、十秒見つめ合うという実験も快く受けていたことだろう。そして、新たなカップルが誕生していたのかもしれない。
それはさて置き、俺の友人作りに支障は出ていないか心配でしょうがない。
苦笑を浮かべながら再び佐竹と北条の元へと向かう。
「はは。資料お願いしたら、一日で仕上げて来たみたい」
「へ、へぇ……凄いな。イケメンって何でも出来るんだ」
「てかさ、これってチャンスじゃない?」
「チャンス……?」
首を傾げれば、何やら二人は目を見合わせ、俺を見た。若干鼻息が荒いように見えるのは、気のせいではないだろう。
「イケメンの周りには、可愛い子が集まんだろ?」
「ま、まぁ、そうかな」
「小日向があのイケメンと仲良くなったら、あわよくば僕らにも彼女が出来るかも!」
「棚ぼた的な?」
「「棚ぼた的な」」
イケメン後輩と仲良くすることで、俺たちの距離が開かないか心配ではあったが、そこは大丈夫そうで安心する。
けれど、俺が良いように使われているだけなような気がして、何とも複雑な気持ちになった。
——高校生の友人作りは、小学生のようにはいかない。初めは探り合いから始まり、徐々に慣れて、何だかんだ同じ時を共にすることで友情が芽生えていくもの。
初めから使われているのを分かっても尚、俺たち三人の間に友情は芽生えるものだろうか。
こんなことなら友人はいらないと思う反面、高校生活をぼっちで過ごす覚悟もない俺は、笑って誤魔化すしかなかった。
(はぁ……こんな自分が嫌になる)
教室に入るなり、すれ違うクラスメイトにぎこちなく挨拶する。
「お、おはよ」
「おはよ」
挨拶は返ってくるが、何となく距離があるのが分かる。
というのも、進級して一ヶ月。まだ皆が素を出しきれていないのだ。仲の良い友人がいる者は運が良い。そこから磁石のように勝手に引き寄せられる誰かとつるめば良いのだから。
しかし、俺みたいに仲の良い友人がクラスに一人もいなかった場合、一から友人作りが始まる。一年生の時に同じクラスだった奴もいるにはいるが、そもそも一年生の時に仲良くならなかったのだから、二年生になって距離が縮まるなんてことはない。別をあたるのが効率的だ。
既にグループが出来つつあるクラスの中で、自身の机に鞄を置いた俺は、何となく話の合いそうな二人、佐竹と北条の元へと向かう。
「おはよ。何話してんの?」
彼らとは他のクラスメイトよりは距離が縮まっているため、気さくに返ってくる。
「おはよ。この間出た新作のゲームの話」
「小日向は、どんなゲームすんの?」
「ゲームかぁ……」
俺、ゲームはしたことないんだよな。
どちらかと言えば漫画や小説、活字を読む方が好きだ。けれど、ここでそれを伝えれば「話が合わない奴」のレッテルが貼られ、ここまで築き上げてきた微々たる信頼関係が崩れ去ってしまう。
「RPG……とか、かな」
ラノベで読んだことがあるので、やっていなくとも何となく話が合わせられそうなジャンルにしておく。
そして、話を即座にすり替える。
「あ! そういえば、昨日の物理のノート貸してくんない? 俺、最後書けなくってさ」
「物理? ちょっと待って」
佐竹が机の中を漁り、北条も話を切り替えた。
「物理の橋本、教えるの上手いけど、黒板消すの早いよね」
「そうなんだよ。だから、全然追いつけなくってさ」
「分かる! もっとゆっくりって言いたいけど、僕なんかが言えるわけないし」
「ほんと、それな」
佐竹もノートを取り出し、ハハハと三人で笑い合う。そんな俺たちは、自身の立ち位置をしっかりと理解している。
だから、クラスの一軍にいるようなイケメン後輩が懐いてくる訳がない。懐いてくる訳が……。
「せーんぱーい」
教室の後ろ扉から、月島が笑顔で手を振っていた。
クラスの女子が黄色い声を出し、佐竹と北条も感心したように注目する。
「うわ、うちの学校にあんなイケメンいたんだね」
「なんか、こっち見てない? 誰呼んでんだろ。小日向、知ってる?」
「さ、さぁ……」
一旦気付かないフリをしようと北条を盾に隠れてみる。背が低いとは、こういう時に都合が良い。
北条は不思議そうな顔で俺を見下ろすため、笑って誤魔化す。
それでも月島は何の躊躇いもなく大きな声で呼んでくる。
「小日向先輩! 早く来てくれないと、俺遅刻扱いになっちゃうじゃないですか!」
「こひなた……? って、小日向のことじゃない?」
「え、気のせいじゃない? 俺、あんなイケメン知らないし」
「確かに次元は違うけど……でも、小日向って、うちのクラスに一人しか……」
クラス中の視線が俺に集まり、逃げきれそうにない。
諦めて、俺は月島の元へ向かうことにした。
「ちょっと行ってみる」
「うん。頑張って」
何を頑張るのか、北条に声援を送られながら俺は重い足を動かした。
廊下に出るなり、月島はクリアファイルを渡してきた。
「先輩、作ってきましたよ」
「え、早ッ」
風紀委員で俺たちに任された資料だった。
まさか一日で仕上げてくるとは思わなかった。
「用件がこれなら早く言えよ。無駄に注目浴びただろ」
注目自体は現在進行形であるが、委員会という理由があるなら何の問題もない。
「先輩、お昼は?」
「え、昼? 弁当だけど」
「へぇ」
聞いておいて興味の無さそうな返事をする月島は「じゃ、また」と言って、一年生の教室がある上の階へと上がっていった——。
資料と佐竹に借りたノートを持って教室に入るなり、クラスの女子に囲まれた。
「ねぇねぇ、あのイケメン誰!?」
「もしかして、噂の一年生?」
「うそ、小日向君、もしかして友達なの!?」
「今度紹介してよ!」
圧倒される俺は、萎縮しながら月島にもらった資料を見せた。
「風紀委員で一緒に資料作ることになって……俺も昨日が初対面」
「なんだぁ」
「てか、私も風紀委員入れば良かった」
「ほんとそれ、二人で資料作りとか急接近間違いなしじゃん」
確かに急接近はしたような……していないような。
ここにいる女子らなら、十秒見つめ合うという実験も快く受けていたことだろう。そして、新たなカップルが誕生していたのかもしれない。
それはさて置き、俺の友人作りに支障は出ていないか心配でしょうがない。
苦笑を浮かべながら再び佐竹と北条の元へと向かう。
「はは。資料お願いしたら、一日で仕上げて来たみたい」
「へ、へぇ……凄いな。イケメンって何でも出来るんだ」
「てかさ、これってチャンスじゃない?」
「チャンス……?」
首を傾げれば、何やら二人は目を見合わせ、俺を見た。若干鼻息が荒いように見えるのは、気のせいではないだろう。
「イケメンの周りには、可愛い子が集まんだろ?」
「ま、まぁ、そうかな」
「小日向があのイケメンと仲良くなったら、あわよくば僕らにも彼女が出来るかも!」
「棚ぼた的な?」
「「棚ぼた的な」」
イケメン後輩と仲良くすることで、俺たちの距離が開かないか心配ではあったが、そこは大丈夫そうで安心する。
けれど、俺が良いように使われているだけなような気がして、何とも複雑な気持ちになった。
——高校生の友人作りは、小学生のようにはいかない。初めは探り合いから始まり、徐々に慣れて、何だかんだ同じ時を共にすることで友情が芽生えていくもの。
初めから使われているのを分かっても尚、俺たち三人の間に友情は芽生えるものだろうか。
こんなことなら友人はいらないと思う反面、高校生活をぼっちで過ごす覚悟もない俺は、笑って誤魔化すしかなかった。
(はぁ……こんな自分が嫌になる)



