訳あり後輩君と十秒見つめ合った結果、恋に落ちました。

 そっと唇が離れると、朔は冗談混じりに謝罪した。
「はは、本当は、もう誰とも遊びたくなくなるように、滅茶苦茶にしてやりたいんですけどね。さすがに、さらがいるんで。すみません」
「…………」
 謝罪するところが違うとツッコミを入れたいし、俺は遊び人でもないと訂正したい。しかし、声がでない。
 初めてのキスを奪われ、驚きと戸惑い、そして何より、嬉しかった。声ではなく、涙が出てきた。
「先輩? 泣いてます?」
「泣いてないし」
「泣いてますよ」
 メガネを奪われないよう、朔よりも先に顔に手を持って行こうとしたが遅かった。あっさりとガードされ、奪われた。
 泣き顔を見られまいと、涙を拭いながら腕で目元を隠す。
「泣くほど……泣くほど、俺のことが嫌いなんですね」
 乾いた笑いを漏らしながら呟く朔に、色々と勘違いをしているぞと首を横にふる。
 けれども、言葉なしでは伝わらないようで、朔はうんざりしたように、大きく深い溜め息を吐いた。
「好きになった方が負けって、あれ本当ですね。つくづくあの人の血が流れてると実感しますよ」
「朔、違う……から」
「そんなに嫌いなら、中途半端に思わせぶりな態度取るのやめてくれません? 気まぐれで、こうやって優しい先輩面するのもやめて下さい。部活も辞めるし、金輪際、俺に関わらないで下さい」
 荒れたように言う朔は、さらが俺の膝の上でモゾモゾと動いたのを見て声を小さくした。
「さらが起きたら、駅まで送るんで。あと、その足、慰謝料請求するならして下さい。バイトでもなんでもして稼ぎますから」
「いらない……朔、聞いて」
 涙を拭った俺は、ぼんやりと映る朔の顔を見上げた。眉間に皺がよって怖くならないように、出来るだけ目を凝らさず、ただぼんやりと。
「はぁ……なんで誰でも良いくせして、俺じゃダメなんですかね。そもそも、その可愛い顔がダメなんですよ。俺、十秒持ちませんでしたから。五秒くらいで落ちましたから」
「朔、一回黙って」
 俺は、朔の口元を手で覆った。一回ミスって鼻を覆ってしまったのは無かったことにして、オレンジ色の光が差し込む静寂の中、誤解を解くべく口を開いた。
「朔、責任取れよ」
 難なく俺の手を払いのける朔は、自暴自棄になったように再び話し出そうとする。
「だから、バイト」
「違う! そっちじゃなくて、十秒見つめ合う方。あの時、言っただろ? 俺が恋に落ちたら、責任取ってくれるって」
「あれは、先輩が恋に落ちたらの話で、俺が落ちた時は関係ないですよ……え、『俺が恋に落ちたら』って。ん?」
 朔は、俺の言葉に混乱しているようだ。
「だから、俺は朔がす……す、す」
 ダメだ。いざと言う時に言葉が出ない。
 本番に弱い俺が、こんな時に出てしまうとは……一生の不覚。
 とにかく、違う誤解を先に解こう。
「あと、俺のこと勘違いしてるようだけど、俺は誰とも付き合ったことないからな」
「は? そんな見え透いた嘘に騙されませんよ」
「嘘って……俺なんて誰が相手にしてくれんだよ」
「星名君」
 即答され、言葉に詰まりそうになる。
「あ、あれは、お前が振れって言ったんだろ。お試しも許してくれなかったじゃねーか」
「俺が振れって言ったのは、恋人の方じゃなくて、先輩に告ってきた相手ですよ」
「だから、それが星名なんだって」
「は?」
 ——それから、話が行ったり来たりしながら、ようやく俺の遊び人疑惑が晴れた。まさか、朔の中で俺と星名が既に付き合っていたことになっていたなんて……どうりで拗れるわけだ。
「ってことは、先輩」
「ん?」
「もしかして、初めて……でした?」
「何が?」
「キス」
 先程のキスを思い出し、ボンと火が出るように顔が赤くなるのが分かった。
「わ、悪いかよ」
「いえ……」
 朔がニヤニヤしているような気がするのは気のせいだろうか。なんせ、ぼんやりとしか見えないので、分からない。
「朔、メガネ返せ」
「嫌です」
「嫌って……」
 仕方ない。このまま、次はちゃんと俺の気持ちを伝えよう。そう思って口を開きかけた時だった——。
「んんッ」
 さらがムクっと目を擦りながら起き上がった。かと思えば、ギュッと腰に抱きついてきた。
「お兄ちゃんが良い」
「あ、朔ならそっち」
 指をさすが、さらは抱きついたまま離れない。
「先輩。それ、さらが起きた時の口癖なんで。気にしないで下さい」
「そう……なんだ」
 そして、俺は朔に想いを伝え損ねた。
「とにかく、俺は朔のこと嫌いだなんて一度も思ったことないから。むしろ、す、す、す……寿司食べに行きたいよな」
「え、お寿司!? 行く行く! さら、お寿司大好き!」
「さら、お寿司は誕生日の時とクリスマスの日だけって言ったでしょ」
 宥めるように言う朔に、さらはプクッと頬を膨らませた。
「お兄ちゃんのけち」
「さら」
「はぁい」
 その微笑ましくも切ない兄妹の会話に、胸が打たれる。
 決して俺の家が裕福だとは言えないが、少なからず平凡で普通の家庭に育った俺が出来ること。
「ちょっと母さんに電話してくるから、待ってて」
「はい。さら、おいで」
「はぁい」
 さらが朔の膝の上に乗り、朔がメガネを返してくれた。
 視界が良好になった俺は、部屋の隅に置かれたカバンを取るため立ち上がる。
「あ、もう平気かも」
 少しは痛みが残るけれど、負傷した足も大丈夫そうだ。
 それを見た朔も、ホッと胸を撫で下ろしている。
 スマホをカバンから取り出した俺は、母に電話した。
「あ、母さん、俺だけど。今日ってさ……うん、そう。それで、後輩も祝ってくれるって言うんだけど、良い? 分かった。十八時には帰れると思う」
 通話が終わった俺は、朔とさらにピースサインを送る。
「「……?」」
 不思議そうに首を傾げる二人は、そっくりすぎて、父親が違うなんて誰も思わないだろう。
「寿司とケーキ食べに行こうぜ」
 そう言うと、さらは手放しで喜んだ。
「わーい、やったぁ!」
 我が家は、誕生日と言えば手巻き寿司。急ではあるが、後日改めて他の家の子を寿司に連れて行ってくれとは、流石の俺も言いづらい。故にチャンスは今日しかないのだ。
 案の定、朔の眉間には皺が寄った。
「先輩、情けは」
「情けじゃねーよ。好きな男に誕生日を祝われたいのって、普通だろ? ついでに、遅くなるから一晩泊まってってくれると、最高な誕生日になるんだけど」
 半分以上情けだが、情けをかけて何が悪い。それに、好きな相手に誕生日を祝われたいのは本心だ。朔と両想いなのが分かって、俺は普通に浮かれているのだ。
「だからさ、俺の為に……朔?」
 朔はその場にかたまり、口元をアワアワと震わせながら顔を真っ赤にしている。
「せ、先輩……」
「ん?」
「先輩って、俺のこと……好きなんですか?」
 ——なにわともあれ、俺たちは相思相愛のカップルになった。十七歳、最高の誕生日だ。