あれから朔は、また喋らなくなった。
それでも風紀強化月間は続いており、顔を合わさない日はない。
ただ、この裏門も二週間経った今では、初日のような二人きり状態ではなくなった。朔の顔見たさに、女子らが正門ではなく裏門を使うようになったのだ。やたらと賑わっており、沈黙に苦しむことはない。
「きゃー、月島君に挨拶されちゃった」
「ね、明日もこっちから通ろ」
「何言ってんの。明日は土曜だよ」
「わ、マジで!? 残念すぎるんだけど!」
女子らの声を聞きながら、俺も肩を落とす。
(明日は朔に会えないのか……)
いくら喋らなくなったとはいえ、この恋心に気付いてしまったのだ。付き合うとかの前に、顔が見られるだけで心は踊る。
それに、既に嫌われているのだから、これ以上嫌われることもないだろう。一ファンとして、陰ながら応援することに決めた。
「朔」
それだけ言えば、終了の合図。
朔は風紀委員の腕章を外しながら、校舎の方へと歩き出した。
その後ろ姿を追い、俺はポケットからウサギのマスコットを取り出した。
「さ、朔」
恐る恐る声をかけるが、無視。それでも俺は諦めない。
「朔、これ妹ちゃんに」
無理矢理その手を取って、マスコットを握らせた。
「こ、これさ、限定品みたいで……子供の間で人気なんだって。母さんが言ってた」
「……」
「妹ちゃん、こういうの好きじゃない?」
「好き……だと思います。けど……」
「じゃ、それあげる! じゃあな!」
俺は逃げるように走って、校舎に向かった——。
◇◇◇◇
昼休憩。
いつものように、佐竹と北条と共にランチを食べる。
初めこそ探り探りだった友達作りではあるが、俺は結局この位置に落ち着いたっぽい。
「小日向。なんか、最近良いことあった?」
「え? 俺?」
「やけにニコニコっていうか、ニヤニヤしてるよね。授業中とか」
「だから、良いことあったのかなぁって」
「え、マジ? それ、普通にキモい奴じゃん」
二人に言われるまで気付かなかった。
授業中……俺は大抵朔のことを考えている。
話しかける口実はないか。部活で困っていることはないか。友人関係はどうなっているのか。家ではエプロン姿なのだろうか。
そんなことばかり考え、妄想した結果が顔に出ているのだろう。気を引き締めねば。
と言いつつ、今朝一瞬だけ朔が言葉を交わしてくれたことを思い出し、ニヤけてしまう。そんな俺を見た佐竹と北条は、二人で顔を見合わせ、苦笑を浮かべた。
そして、ふと窓の外を見れば、朔が自転車で校門をくぐっているのが見えた。
(あれ? 一年生って四時限で終わりだっけ?)
しかし、それなら帰っているのが朔だけな訳がない。もしや、緊急事態?
こういうのは本人に聞くのが一番だが、なんせ連絡先を知らない。たとえ知っていたとしても、今の朔は教えてくれなさそうだ。
残りのご飯をかき込み、お弁当箱を雑に包んで立ち上がる。
「俺、ちょっと職員室行ってくる」
「呼び出されてたっけ?」
「うん、ちょっとね」
◇◇◇◇
職員室に着くなり、朔の担任の先生を探した。
確か一年二組の担任は……。
「あ、斉藤先生!」
「え、私?」
接点のない先生なので、斉藤先生は驚いた顔をしながらやってきた。
「どうしたの? えっと……」
「二年の小日向です。月島君って、何かあったんですか?」
「え、どうして?」
「あー、えっと」
来たのは良いが、言い訳を考えてくるのを忘れていた。
そして、苦肉の策に出る。
俺はポケットの中に手を突っ込み、家の鍵を取り出した。もちろん自分のだ。
「今朝風紀強化月間で一緒に活動してたんですけど、月島君、鍵落としてて」
「まぁ! 今、妹さんが熱出したって帰ったばかりなのに。私、届けて来るわ」
斉藤先生が鍵を取ろうとしたので、俺はそれをポケットにしまう。
「斉藤先生、授業ありますよね? 俺、行ってきますよ」
「君も授業があるでしょ」
ごもっとも。
しかし、この鍵を斉藤先生に託すわけにはいかない。俺が家に入れなくなる。
俺はお腹を押さえて蹲る。
「痛、痛いたたたたたたた」
「え、どうしたの!?」
「じ、実は、今朝からずっとお腹が痛くて」
わざとらしい演技で、斉藤先生も呆れている。けれども、腹痛を訴える生徒を放置するわけにも行かないからか、一応声掛けはしてくれる。
「あら、大変。保健室に行かなきゃね」
「あと一時間だけなんで……帰らせて下さい」
「困ったわねぇ」
そこへ、俺の担任教師がやってきた。
「小日向。どうかしたのか?」
「朝からお腹が痛くて……帰らせて下さい」
斉藤先生は、一連の流れからの腹痛だったので演技だとすぐにバレたが、こっちは誤魔化せたようだ。
「残り一時間だけだしな。帰れ帰れ」
「でも先生、この子」
「斉藤先生、ありがとうございます。小日向は、真面目であんまり自分の気持ちを表に出さないタイプなんですよ。聞き出してくれて感謝します」
「そういうことなんで、斉藤先生……ついでに月島君の住所も教えて下さい」
「今回だけよ」
斉藤先生は、やれやれといったようにパソコンを操作し始めた。プリントアウトされたそれを受け取り、俺は軽快な足取りで荷物を取りに教室へ戻った。
——朔が帰っている理由を知りたかっただけなのだが、運良く住所を手に入れることに成功してしまった。
行くか行かざるべきか……行くに決まっている。
それでも風紀強化月間は続いており、顔を合わさない日はない。
ただ、この裏門も二週間経った今では、初日のような二人きり状態ではなくなった。朔の顔見たさに、女子らが正門ではなく裏門を使うようになったのだ。やたらと賑わっており、沈黙に苦しむことはない。
「きゃー、月島君に挨拶されちゃった」
「ね、明日もこっちから通ろ」
「何言ってんの。明日は土曜だよ」
「わ、マジで!? 残念すぎるんだけど!」
女子らの声を聞きながら、俺も肩を落とす。
(明日は朔に会えないのか……)
いくら喋らなくなったとはいえ、この恋心に気付いてしまったのだ。付き合うとかの前に、顔が見られるだけで心は踊る。
それに、既に嫌われているのだから、これ以上嫌われることもないだろう。一ファンとして、陰ながら応援することに決めた。
「朔」
それだけ言えば、終了の合図。
朔は風紀委員の腕章を外しながら、校舎の方へと歩き出した。
その後ろ姿を追い、俺はポケットからウサギのマスコットを取り出した。
「さ、朔」
恐る恐る声をかけるが、無視。それでも俺は諦めない。
「朔、これ妹ちゃんに」
無理矢理その手を取って、マスコットを握らせた。
「こ、これさ、限定品みたいで……子供の間で人気なんだって。母さんが言ってた」
「……」
「妹ちゃん、こういうの好きじゃない?」
「好き……だと思います。けど……」
「じゃ、それあげる! じゃあな!」
俺は逃げるように走って、校舎に向かった——。
◇◇◇◇
昼休憩。
いつものように、佐竹と北条と共にランチを食べる。
初めこそ探り探りだった友達作りではあるが、俺は結局この位置に落ち着いたっぽい。
「小日向。なんか、最近良いことあった?」
「え? 俺?」
「やけにニコニコっていうか、ニヤニヤしてるよね。授業中とか」
「だから、良いことあったのかなぁって」
「え、マジ? それ、普通にキモい奴じゃん」
二人に言われるまで気付かなかった。
授業中……俺は大抵朔のことを考えている。
話しかける口実はないか。部活で困っていることはないか。友人関係はどうなっているのか。家ではエプロン姿なのだろうか。
そんなことばかり考え、妄想した結果が顔に出ているのだろう。気を引き締めねば。
と言いつつ、今朝一瞬だけ朔が言葉を交わしてくれたことを思い出し、ニヤけてしまう。そんな俺を見た佐竹と北条は、二人で顔を見合わせ、苦笑を浮かべた。
そして、ふと窓の外を見れば、朔が自転車で校門をくぐっているのが見えた。
(あれ? 一年生って四時限で終わりだっけ?)
しかし、それなら帰っているのが朔だけな訳がない。もしや、緊急事態?
こういうのは本人に聞くのが一番だが、なんせ連絡先を知らない。たとえ知っていたとしても、今の朔は教えてくれなさそうだ。
残りのご飯をかき込み、お弁当箱を雑に包んで立ち上がる。
「俺、ちょっと職員室行ってくる」
「呼び出されてたっけ?」
「うん、ちょっとね」
◇◇◇◇
職員室に着くなり、朔の担任の先生を探した。
確か一年二組の担任は……。
「あ、斉藤先生!」
「え、私?」
接点のない先生なので、斉藤先生は驚いた顔をしながらやってきた。
「どうしたの? えっと……」
「二年の小日向です。月島君って、何かあったんですか?」
「え、どうして?」
「あー、えっと」
来たのは良いが、言い訳を考えてくるのを忘れていた。
そして、苦肉の策に出る。
俺はポケットの中に手を突っ込み、家の鍵を取り出した。もちろん自分のだ。
「今朝風紀強化月間で一緒に活動してたんですけど、月島君、鍵落としてて」
「まぁ! 今、妹さんが熱出したって帰ったばかりなのに。私、届けて来るわ」
斉藤先生が鍵を取ろうとしたので、俺はそれをポケットにしまう。
「斉藤先生、授業ありますよね? 俺、行ってきますよ」
「君も授業があるでしょ」
ごもっとも。
しかし、この鍵を斉藤先生に託すわけにはいかない。俺が家に入れなくなる。
俺はお腹を押さえて蹲る。
「痛、痛いたたたたたたた」
「え、どうしたの!?」
「じ、実は、今朝からずっとお腹が痛くて」
わざとらしい演技で、斉藤先生も呆れている。けれども、腹痛を訴える生徒を放置するわけにも行かないからか、一応声掛けはしてくれる。
「あら、大変。保健室に行かなきゃね」
「あと一時間だけなんで……帰らせて下さい」
「困ったわねぇ」
そこへ、俺の担任教師がやってきた。
「小日向。どうかしたのか?」
「朝からお腹が痛くて……帰らせて下さい」
斉藤先生は、一連の流れからの腹痛だったので演技だとすぐにバレたが、こっちは誤魔化せたようだ。
「残り一時間だけだしな。帰れ帰れ」
「でも先生、この子」
「斉藤先生、ありがとうございます。小日向は、真面目であんまり自分の気持ちを表に出さないタイプなんですよ。聞き出してくれて感謝します」
「そういうことなんで、斉藤先生……ついでに月島君の住所も教えて下さい」
「今回だけよ」
斉藤先生は、やれやれといったようにパソコンを操作し始めた。プリントアウトされたそれを受け取り、俺は軽快な足取りで荷物を取りに教室へ戻った。
——朔が帰っている理由を知りたかっただけなのだが、運良く住所を手に入れることに成功してしまった。
行くか行かざるべきか……行くに決まっている。



