「小日向先輩、十秒見つめ合うと、人は恋をするって本当だと思いますか?」
「さぁ」
「試してみても良いですか?」
放課後、視聴覚室の一番後ろの窓際の席。
一つ歳下の月島 朔は、机を挟んで俺の瞳をじっと見つめてきた。
「は? 試すって、俺で!? ですか?」
「先輩って、見た目に似あわず一人称『俺』なんですね」
「良いだ……良いでしょう。別に。メガネは見えないからかけてるだけですから」
月島とは、今日知り会ったばかりだ。
新年度が始まり、五月。初めての委員会の集まり。
俺には務まりそうにない風紀委員。
とはいえ、くじ引きで決まったのだから仕方ない。
更に運の悪いことに、初っ端から資料作成をするハメになってしまったのだ。ここにいる月島と。
月島は、一年生のくせに俺より背が高く、切れ長な瞳にキリッとした形の良い眉。スッと通った鼻筋に、ぷるんと潤った唇。誰もがキスしたくなる顔。羨ましい……ではなく、とにかく整った顔をした美丈夫だ。
そんな彼と十秒見つめ合った女子はイチコロだろう。三秒で告白されそうだ。
対して俺こと小日向 悠斗は、普通。牛乳瓶の底のようなメガネをして、真面目そのもの。
そうは言っても、これは見た目の問題。実際に真面目かと問われればそうでもなかったりする。メガネがそう見せるだけ。
俺の外見はどうでも良い。とにかく、俺はイケメンを目の前に、ひよって敬語になってしまう。それくらい腰抜けであることは間違いない。
そんな俺がイケメンの月島と話せるなんて、またとない機会だ。クラスの女子に自慢でもしようか。
なんてことを考えてみるが、女子の友達なんて出来た試しがない。
「先輩。目、逸らさないで下さい」
「良いから、早く去年のデータまとめて、さっさと終わらせようぜ……じゃなかった。終わらせましょう。月島君」
「先輩。さっきから、なんで言い直すんですか。普通に喋って下さいよ。距離感じるんですけど」
「そりゃ、天と地ほどの距離がありますから」
「意味わかんないんですけど」
「イケメンの君には、永遠に分かりませんよ。てか、なんで去年のことを次に持ち越すかな。去年やっとけよ」
ぶつぶつ文句を言いつつも、任されたことは最後まできちんとしないと気が済まない。やはり見た目同様に俺は真面目なのかもしれない。
対して、目の前にいるイケメンは、資料を眺めているだけ。せめてメモ書きくらいすれば良いのに。
月島は、つまらなさそうに資料を机の上に置いた。
「お前……君、もっと真面目に」
「先輩。これくらいなら俺、PCでまとめてきますよ」
「え?」
「こういうの得意なんで」
「それなら早く言えよ! てか、ぴーしーって格好つけやがって、パソコンって言……って下さいませ。はい」
「PCはPCですから。それより……」
俺の持っていた資料を取り上げる月島は、ニヒルな笑みを浮かべた。
「十秒、見つめ合ってみましょうよ」
「まだ言ってるし」
「俺に恋、してみたくないですか?」
「してみたくありませんね。仮に、仮に……俺がお前……君に恋したら、責任とってくれるんですか」
『責任』この言葉は、偉大だ。
まだ高校生の俺たちだが、責任なんて聞いただけで重いことのように感じてしまう魔法の言葉。これを言われると、どんな人でも諦め——。
「責任、とりますよ。結婚すれば良いんですよね」
「は? いや、そこまでじゃ」
「そこまで? 先輩こそ無責任過ぎません?」
何故俺は初対面の後輩に、ここまで責められなければならないのか。ひよって敬語に直すから舐められているのだろうか。それなら、普通に話すまでだ。
「ああ、もう良いよ。恋に落ちたら結婚すりゃ良いんだろ」
男が男相手に恋に落ちるわけがない。
その勝負、買ってやろうじゃないか!
意気込んでメガネをはずしてみる。
「さぁ、どっからでもかかってこい!」
「え……」
呆気に取られたように固まる月島は、目をパチパチさせて俺を見た——ような気がする。
「悪い。なんも見えんかった」
メガネを掛け直した俺は、改めて月島の目をじっと見つめる。
「ほら、十秒計れよ」
「いや、先輩。メガネ外して下さい。メガネの度がキツすぎて見えませんから」
「それだと俺が何も見えねー」
「じゃあ、コンタクトにして下さいよ」
「嫌だね。コンタクトって、目ん玉に入れるんだぞ。知ってんのか?」
コンタクトを入れている人を見たことあるが、あれは真似できない。だから俺は、何があろうともこのメガネと共に生きていくと決めたんだ。
月島は、妙案を思いついたように前のめり気味に提案してきた。
「先輩。勝負しません?」
「勝負?」
「俺が勝ったらコンタクトにする。で、どうですか? それで十秒見つめ合いましょ」
「どんだけ俺を落としたいんだよ」
イケメンのお遊びに付き合っていられるかと思い、俺は資料をクリアファイルに収め、月島に押し付けた。
「とにかく、これ頼んだ」
「勝負は?」
「しない」
「負けるのが怖いんですか?」
挑発的な目で見てくる月島に若干イラっとしながらも、俺は売られた喧嘩は買わない主義だ。というのは口から出まかせで、喧嘩なんて売られたことがないので処理の仕方が分からない。
ましてやイケメンに絡まれることなんて生まれて初めてで、本気でどうして良いか分からない。
「じゃ、俺は帰るから」
逃げるように俺は視聴覚室から出て行った——。
廊下に出るなり、ホッとひと息つく。
刹那、後ろからトンと肩を叩かれた。
「小日向先輩、一緒に帰りましょ」
「げッ、付いてくんなって」
「だって、俺だって帰りたいですもん」
「普通、こういうのって時間差で帰るだろ。空気読めよ」
月島は頭の後ろで手を組んで、鼻で笑った。
「空気なんて俺に読めると思います?」
「何の自信だ。それは」
イケメンと話すのはこうも疲れるものなのか。そして、後輩とはもっと可愛いものではないのか? 可愛さのカケラもないんだが。
チラリと月島の横顔を見やる。
(黙ってたら格好良いのに……)
「ん? 何ですか?」
「いや、何でもない。月島は、部活決めたの?」
「先輩は?」
「俺は美術部」
「じゃ、俺も美術部入ります」
「は……? なんで?」
「先輩がいるから」
月島を見上げれば、彼もまた俺を見下ろしてきた。
「それってさ、俺が勝負受けないから嫌がらせしてんの?」
「あー、勝負。そんな話してましたね」
どうやら勝負とは無関係なようだ。しかし、それなら何故俺に付きまとうんだ?
俺を揶揄って遊んでるのは間違いないが、これは嫌われてるから? それとも好かれてるから?
まぁ、イケメンの考えることなんて、モブの俺に分かるはずもないか。
「じゃあ、俺の方が先輩より絵が上手かったら、俺の勝ちってことでどうですか?」
「なッ、初心者に負けるわけないだろ」
「それはどうですかね」
ニヤリと笑う月島は相変わらず格好良い。
そして、俺はこの可愛げがあるのかないのか分からない後輩と、部活のある週三で会わなければならないわけで……。
「小日向先輩。これからよろしくお願いしますね」
「お、おう」
「部活も委員会も一緒だなんて、俺たち運命ですね!」
「そうだった……」
週一で委員会の集まりもあるから、俺は週四もこのイケメン後輩に会わなければならないらしい。
「さぁ」
「試してみても良いですか?」
放課後、視聴覚室の一番後ろの窓際の席。
一つ歳下の月島 朔は、机を挟んで俺の瞳をじっと見つめてきた。
「は? 試すって、俺で!? ですか?」
「先輩って、見た目に似あわず一人称『俺』なんですね」
「良いだ……良いでしょう。別に。メガネは見えないからかけてるだけですから」
月島とは、今日知り会ったばかりだ。
新年度が始まり、五月。初めての委員会の集まり。
俺には務まりそうにない風紀委員。
とはいえ、くじ引きで決まったのだから仕方ない。
更に運の悪いことに、初っ端から資料作成をするハメになってしまったのだ。ここにいる月島と。
月島は、一年生のくせに俺より背が高く、切れ長な瞳にキリッとした形の良い眉。スッと通った鼻筋に、ぷるんと潤った唇。誰もがキスしたくなる顔。羨ましい……ではなく、とにかく整った顔をした美丈夫だ。
そんな彼と十秒見つめ合った女子はイチコロだろう。三秒で告白されそうだ。
対して俺こと小日向 悠斗は、普通。牛乳瓶の底のようなメガネをして、真面目そのもの。
そうは言っても、これは見た目の問題。実際に真面目かと問われればそうでもなかったりする。メガネがそう見せるだけ。
俺の外見はどうでも良い。とにかく、俺はイケメンを目の前に、ひよって敬語になってしまう。それくらい腰抜けであることは間違いない。
そんな俺がイケメンの月島と話せるなんて、またとない機会だ。クラスの女子に自慢でもしようか。
なんてことを考えてみるが、女子の友達なんて出来た試しがない。
「先輩。目、逸らさないで下さい」
「良いから、早く去年のデータまとめて、さっさと終わらせようぜ……じゃなかった。終わらせましょう。月島君」
「先輩。さっきから、なんで言い直すんですか。普通に喋って下さいよ。距離感じるんですけど」
「そりゃ、天と地ほどの距離がありますから」
「意味わかんないんですけど」
「イケメンの君には、永遠に分かりませんよ。てか、なんで去年のことを次に持ち越すかな。去年やっとけよ」
ぶつぶつ文句を言いつつも、任されたことは最後まできちんとしないと気が済まない。やはり見た目同様に俺は真面目なのかもしれない。
対して、目の前にいるイケメンは、資料を眺めているだけ。せめてメモ書きくらいすれば良いのに。
月島は、つまらなさそうに資料を机の上に置いた。
「お前……君、もっと真面目に」
「先輩。これくらいなら俺、PCでまとめてきますよ」
「え?」
「こういうの得意なんで」
「それなら早く言えよ! てか、ぴーしーって格好つけやがって、パソコンって言……って下さいませ。はい」
「PCはPCですから。それより……」
俺の持っていた資料を取り上げる月島は、ニヒルな笑みを浮かべた。
「十秒、見つめ合ってみましょうよ」
「まだ言ってるし」
「俺に恋、してみたくないですか?」
「してみたくありませんね。仮に、仮に……俺がお前……君に恋したら、責任とってくれるんですか」
『責任』この言葉は、偉大だ。
まだ高校生の俺たちだが、責任なんて聞いただけで重いことのように感じてしまう魔法の言葉。これを言われると、どんな人でも諦め——。
「責任、とりますよ。結婚すれば良いんですよね」
「は? いや、そこまでじゃ」
「そこまで? 先輩こそ無責任過ぎません?」
何故俺は初対面の後輩に、ここまで責められなければならないのか。ひよって敬語に直すから舐められているのだろうか。それなら、普通に話すまでだ。
「ああ、もう良いよ。恋に落ちたら結婚すりゃ良いんだろ」
男が男相手に恋に落ちるわけがない。
その勝負、買ってやろうじゃないか!
意気込んでメガネをはずしてみる。
「さぁ、どっからでもかかってこい!」
「え……」
呆気に取られたように固まる月島は、目をパチパチさせて俺を見た——ような気がする。
「悪い。なんも見えんかった」
メガネを掛け直した俺は、改めて月島の目をじっと見つめる。
「ほら、十秒計れよ」
「いや、先輩。メガネ外して下さい。メガネの度がキツすぎて見えませんから」
「それだと俺が何も見えねー」
「じゃあ、コンタクトにして下さいよ」
「嫌だね。コンタクトって、目ん玉に入れるんだぞ。知ってんのか?」
コンタクトを入れている人を見たことあるが、あれは真似できない。だから俺は、何があろうともこのメガネと共に生きていくと決めたんだ。
月島は、妙案を思いついたように前のめり気味に提案してきた。
「先輩。勝負しません?」
「勝負?」
「俺が勝ったらコンタクトにする。で、どうですか? それで十秒見つめ合いましょ」
「どんだけ俺を落としたいんだよ」
イケメンのお遊びに付き合っていられるかと思い、俺は資料をクリアファイルに収め、月島に押し付けた。
「とにかく、これ頼んだ」
「勝負は?」
「しない」
「負けるのが怖いんですか?」
挑発的な目で見てくる月島に若干イラっとしながらも、俺は売られた喧嘩は買わない主義だ。というのは口から出まかせで、喧嘩なんて売られたことがないので処理の仕方が分からない。
ましてやイケメンに絡まれることなんて生まれて初めてで、本気でどうして良いか分からない。
「じゃ、俺は帰るから」
逃げるように俺は視聴覚室から出て行った——。
廊下に出るなり、ホッとひと息つく。
刹那、後ろからトンと肩を叩かれた。
「小日向先輩、一緒に帰りましょ」
「げッ、付いてくんなって」
「だって、俺だって帰りたいですもん」
「普通、こういうのって時間差で帰るだろ。空気読めよ」
月島は頭の後ろで手を組んで、鼻で笑った。
「空気なんて俺に読めると思います?」
「何の自信だ。それは」
イケメンと話すのはこうも疲れるものなのか。そして、後輩とはもっと可愛いものではないのか? 可愛さのカケラもないんだが。
チラリと月島の横顔を見やる。
(黙ってたら格好良いのに……)
「ん? 何ですか?」
「いや、何でもない。月島は、部活決めたの?」
「先輩は?」
「俺は美術部」
「じゃ、俺も美術部入ります」
「は……? なんで?」
「先輩がいるから」
月島を見上げれば、彼もまた俺を見下ろしてきた。
「それってさ、俺が勝負受けないから嫌がらせしてんの?」
「あー、勝負。そんな話してましたね」
どうやら勝負とは無関係なようだ。しかし、それなら何故俺に付きまとうんだ?
俺を揶揄って遊んでるのは間違いないが、これは嫌われてるから? それとも好かれてるから?
まぁ、イケメンの考えることなんて、モブの俺に分かるはずもないか。
「じゃあ、俺の方が先輩より絵が上手かったら、俺の勝ちってことでどうですか?」
「なッ、初心者に負けるわけないだろ」
「それはどうですかね」
ニヤリと笑う月島は相変わらず格好良い。
そして、俺はこの可愛げがあるのかないのか分からない後輩と、部活のある週三で会わなければならないわけで……。
「小日向先輩。これからよろしくお願いしますね」
「お、おう」
「部活も委員会も一緒だなんて、俺たち運命ですね!」
「そうだった……」
週一で委員会の集まりもあるから、俺は週四もこのイケメン後輩に会わなければならないらしい。



