それから三週間。期末テストが終わった七月。
「須川! ごめん! いとこんち、もう猫飼ってるって……」
登校して早々、クラスメイトの男子が申し訳なさそうに手を合わせてきた。
「期待させるような言い方して、ほんとごめんな」
「ううん、大丈夫。ありがとう」
何度も謝り倒す彼の背中をトントンと擦る。
校内に張り紙が貼られて丸一週間。ここ最近はクラスメイトや部活の先輩から知らせを受ける日が続いている。
猫が好きな人はいるが、飼いたいと言う人はまれ。
仮にいたとしても、保護猫は飼う条件が厳しいと言われているらしく、抵抗があるようで。今のところはなかなかいい返事は来ていない。
母によると、市瀬さんたちも同じ現状なのだそう。
それもそうだ。金銭面に体力面、最後まで面倒を見る覚悟がないといけないからね。
授業を四時間受け、昼休みの時間がやってきた。
昼食を終えて友達と談笑していると、教室に校内放送を知らせる音が鳴り響く。
「“一年一組、須川 湊士郎くん。至急職員室まで来てください。もう一度繰り返します──……”」
この声は、生徒指導の高倉先生だ。
至急……? 風紀検査には引っかかってないんだけど……。
「これはもしや、猫ちゃんの話か?」
「あー、あの人怖そうに見えて猫好きだからなー」
「え、そうなの⁉」
「おう。この前ペットショップで猫ちゃん抱っこしてたの見たから。可能性はあるんじゃね?」
「いってらー」と笑顔で見送られ、教室を出た。
高倉先生は、凛々しい眉毛が特徴的な強面教師。背が高い上にガタイも良く、生徒からは「怒らせたらおしまい」だと恐れられている。
そんな校内一厳しい先生が、動物を……猫を好きだったとは。人は見かけによらないものだな。
階段を下りて職員室へ。数回深呼吸をして心を落ち着かせ、ドアノブに手を伸ばす。
「失礼します。一年一組の須川 湊士郎です」
「おー! 来た来た! 待ってたぞ〜」
待ちわびていたのか、ドアを開けた途端、満面の笑みで迎えてくれた。この様子だと風紀面の件ではなさそうだ。
「突然呼び出してごめんな。ビックリしただろ」
「はい。少し」
生徒指導室に移動し、向かい合わせになる形で椅子に着席。咳払いをした先生が「実はな」と神妙な面持ちで話を切り出す。
「貼り紙で知らせてる、猫ちゃんの件なんだが」
「は、はいっ」
「うちで良ければ、一匹、迎え入れたいと思っている」
「えっ! ほ、本当ですか⁉」
「ああ。前々から猫は飼いたいと話してはいてな。貼り紙を見て、改めて家族と相談し合ったんだ」
無風の部屋に、希望の光が射し込む。
先生の家は、奥さんと小学生の子ども二人と、先生のご両親の六人家族。共働き家庭だが、奥さんがリモートワークをしているため、基本平日は家にいるらしい。
先生も奥さんもご両親も動物の飼育経験があり、心構えはできていると。
「ちょっと今は仕事が立て込んでるから、すぐにとは言えないが、放課後に、もう一度詳しく話を聞かせてくれないか?」
「はい! もちろんです!」
厚みのある手と固く握手を交わす。
常にお家に誰かいるなら、寂しい思いはしなくて済みそうだ。
ルンルン気分で教室に戻って報告すると、「おめでとうー!」と友達の他、クラスメイトからも拍手で祝ってもらった。
◇◇
「それじゃあ、タマとマルのお世話、頼むね」
「遊びすぎないでちゃんと勉強するのよ?」
「はーい」
日は流れて、夏休み五日目。玄関でマルと一緒に両親を見送った。
今日は待ちに待った、高倉先生一家と猫ちゃんの対面の日なのだ。
猫を預かっているのは市瀬家だけど、保護に関わったので同行することにしたそう。
「それじゃマル、タマと仲良くしててね」
リビングに戻り、マルをケージの中へ。ちなみにタマは平べったい座布団の上でお昼寝中。
「よし、頑張りますか」
ダイニングテーブルに移動し、夏休みの宿題に取りかかる。
平日は部活、土曜は水泳教室。日曜以外は毎日クタクタで帰宅。そんな疲れ切った心と体を、タマとマルに癒やしてもらっている。
ノートを一ページ埋めてふと顔を上げると、マルもタマの横で眠っていた。写真に残したい気持ちを抑えて再び手を動かす。
疲労が増すごとに、癒やしてもらう時間も増え、勉強する時間が減少。ひどい時はケージの前で寝ていたこともあった。
そんな日々が続いたある日、両親に烈火のごとく叱られた。
原因はテスト。点数が悪かったことよりも、とりあえず空欄を埋めておこうと殴り書きで解答したことがアウトだったらしい。
その結果、夏休みに買ってもらう予定だったスマホは秋以降に延期。今後はメリハリをつけて勉強すると約束したから守らないと。もうこれ以上延期はしたくないからね!
「遅いねぇ……」
二匹をケージから出し、ご飯をあげながら壁掛け時計を見る。
時刻は夕方の五時過ぎ。正午ピッタリに家に出て行ったので、丸四時間は経っている。説明に時間がかかっているのだろうか。
空になったエサ皿を回収し、宿題を再開すると、玄関から鍵の開く音がした。
「「ただいま〜」」
両親の声が廊下に響き、リビングのドアが開く。
「遅くなってごめんな」
「ご飯は食べた?」
「さっきあげたとこ」
「そう。ありがとう」
「良かったね〜」と満腹になって横たわるマルに笑いかける母。タマは父の足元をうろちょろしている。
二人揃って機嫌がいいな。譲渡が上手くいったのかな?
「どうだった?」
「すごく喜んでたぞ。家族みんな、キラキラの眩しい笑顔だった。名前はコタロウって言ってたな」
父から様子を聞き、胸を撫で下ろす。
お試し期間を経て、問題がなければ正式にお迎えという形なのだそう。
コタロウなら、男の子を選んだのか。確か男の子が三匹、女の子が一匹だったはず。
元飼い猫だからか人を怖がる素振りはなかったから、夏休み中に仲良くなれると思う。子どもたちも退屈しなそうだしね。
「そっか。喜んでもらえて良かったね」
「ああ。ただそれだけじゃないぞ。ちょうど引き渡した後に弟からも電話が来てな。『猫を引き取りたい』って言ってくれたんだよ」
タマを抱きかかえ、上機嫌で話す父。
そういえば叔父さん一家、動物大好きだったっけ。全員動物園の年パスを持っていると、帰省した時に聞いたことがある。
「それで遅くなったんだね」
「そうそう。市瀬さんに電話繋いで説明してたから、時間がかかってしまったんだよ」
説明した後、その場で子猫の写真と動画を送信。トントン拍子で話が進み、早くも来月に対面が決まったらしい。
先月に続き二匹目。このペースなら、年内には全匹行き先が見つかったりして。
「須川! ごめん! いとこんち、もう猫飼ってるって……」
登校して早々、クラスメイトの男子が申し訳なさそうに手を合わせてきた。
「期待させるような言い方して、ほんとごめんな」
「ううん、大丈夫。ありがとう」
何度も謝り倒す彼の背中をトントンと擦る。
校内に張り紙が貼られて丸一週間。ここ最近はクラスメイトや部活の先輩から知らせを受ける日が続いている。
猫が好きな人はいるが、飼いたいと言う人はまれ。
仮にいたとしても、保護猫は飼う条件が厳しいと言われているらしく、抵抗があるようで。今のところはなかなかいい返事は来ていない。
母によると、市瀬さんたちも同じ現状なのだそう。
それもそうだ。金銭面に体力面、最後まで面倒を見る覚悟がないといけないからね。
授業を四時間受け、昼休みの時間がやってきた。
昼食を終えて友達と談笑していると、教室に校内放送を知らせる音が鳴り響く。
「“一年一組、須川 湊士郎くん。至急職員室まで来てください。もう一度繰り返します──……”」
この声は、生徒指導の高倉先生だ。
至急……? 風紀検査には引っかかってないんだけど……。
「これはもしや、猫ちゃんの話か?」
「あー、あの人怖そうに見えて猫好きだからなー」
「え、そうなの⁉」
「おう。この前ペットショップで猫ちゃん抱っこしてたの見たから。可能性はあるんじゃね?」
「いってらー」と笑顔で見送られ、教室を出た。
高倉先生は、凛々しい眉毛が特徴的な強面教師。背が高い上にガタイも良く、生徒からは「怒らせたらおしまい」だと恐れられている。
そんな校内一厳しい先生が、動物を……猫を好きだったとは。人は見かけによらないものだな。
階段を下りて職員室へ。数回深呼吸をして心を落ち着かせ、ドアノブに手を伸ばす。
「失礼します。一年一組の須川 湊士郎です」
「おー! 来た来た! 待ってたぞ〜」
待ちわびていたのか、ドアを開けた途端、満面の笑みで迎えてくれた。この様子だと風紀面の件ではなさそうだ。
「突然呼び出してごめんな。ビックリしただろ」
「はい。少し」
生徒指導室に移動し、向かい合わせになる形で椅子に着席。咳払いをした先生が「実はな」と神妙な面持ちで話を切り出す。
「貼り紙で知らせてる、猫ちゃんの件なんだが」
「は、はいっ」
「うちで良ければ、一匹、迎え入れたいと思っている」
「えっ! ほ、本当ですか⁉」
「ああ。前々から猫は飼いたいと話してはいてな。貼り紙を見て、改めて家族と相談し合ったんだ」
無風の部屋に、希望の光が射し込む。
先生の家は、奥さんと小学生の子ども二人と、先生のご両親の六人家族。共働き家庭だが、奥さんがリモートワークをしているため、基本平日は家にいるらしい。
先生も奥さんもご両親も動物の飼育経験があり、心構えはできていると。
「ちょっと今は仕事が立て込んでるから、すぐにとは言えないが、放課後に、もう一度詳しく話を聞かせてくれないか?」
「はい! もちろんです!」
厚みのある手と固く握手を交わす。
常にお家に誰かいるなら、寂しい思いはしなくて済みそうだ。
ルンルン気分で教室に戻って報告すると、「おめでとうー!」と友達の他、クラスメイトからも拍手で祝ってもらった。
◇◇
「それじゃあ、タマとマルのお世話、頼むね」
「遊びすぎないでちゃんと勉強するのよ?」
「はーい」
日は流れて、夏休み五日目。玄関でマルと一緒に両親を見送った。
今日は待ちに待った、高倉先生一家と猫ちゃんの対面の日なのだ。
猫を預かっているのは市瀬家だけど、保護に関わったので同行することにしたそう。
「それじゃマル、タマと仲良くしててね」
リビングに戻り、マルをケージの中へ。ちなみにタマは平べったい座布団の上でお昼寝中。
「よし、頑張りますか」
ダイニングテーブルに移動し、夏休みの宿題に取りかかる。
平日は部活、土曜は水泳教室。日曜以外は毎日クタクタで帰宅。そんな疲れ切った心と体を、タマとマルに癒やしてもらっている。
ノートを一ページ埋めてふと顔を上げると、マルもタマの横で眠っていた。写真に残したい気持ちを抑えて再び手を動かす。
疲労が増すごとに、癒やしてもらう時間も増え、勉強する時間が減少。ひどい時はケージの前で寝ていたこともあった。
そんな日々が続いたある日、両親に烈火のごとく叱られた。
原因はテスト。点数が悪かったことよりも、とりあえず空欄を埋めておこうと殴り書きで解答したことがアウトだったらしい。
その結果、夏休みに買ってもらう予定だったスマホは秋以降に延期。今後はメリハリをつけて勉強すると約束したから守らないと。もうこれ以上延期はしたくないからね!
「遅いねぇ……」
二匹をケージから出し、ご飯をあげながら壁掛け時計を見る。
時刻は夕方の五時過ぎ。正午ピッタリに家に出て行ったので、丸四時間は経っている。説明に時間がかかっているのだろうか。
空になったエサ皿を回収し、宿題を再開すると、玄関から鍵の開く音がした。
「「ただいま〜」」
両親の声が廊下に響き、リビングのドアが開く。
「遅くなってごめんな」
「ご飯は食べた?」
「さっきあげたとこ」
「そう。ありがとう」
「良かったね〜」と満腹になって横たわるマルに笑いかける母。タマは父の足元をうろちょろしている。
二人揃って機嫌がいいな。譲渡が上手くいったのかな?
「どうだった?」
「すごく喜んでたぞ。家族みんな、キラキラの眩しい笑顔だった。名前はコタロウって言ってたな」
父から様子を聞き、胸を撫で下ろす。
お試し期間を経て、問題がなければ正式にお迎えという形なのだそう。
コタロウなら、男の子を選んだのか。確か男の子が三匹、女の子が一匹だったはず。
元飼い猫だからか人を怖がる素振りはなかったから、夏休み中に仲良くなれると思う。子どもたちも退屈しなそうだしね。
「そっか。喜んでもらえて良かったね」
「ああ。ただそれだけじゃないぞ。ちょうど引き渡した後に弟からも電話が来てな。『猫を引き取りたい』って言ってくれたんだよ」
タマを抱きかかえ、上機嫌で話す父。
そういえば叔父さん一家、動物大好きだったっけ。全員動物園の年パスを持っていると、帰省した時に聞いたことがある。
「それで遅くなったんだね」
「そうそう。市瀬さんに電話繋いで説明してたから、時間がかかってしまったんだよ」
説明した後、その場で子猫の写真と動画を送信。トントン拍子で話が進み、早くも来月に対面が決まったらしい。
先月に続き二匹目。このペースなら、年内には全匹行き先が見つかったりして。



