「今日はいい天気だね~。ちょっと暑いくらいだよね」


 五月中旬の土曜日。肩がけしたペット用のキャリーバッグに声をかけながら、公園の広場を歩き回る。

 すると、サッカーゴールの近くで、ボールをパスし合っている小学生くらいの子どもたちを見つけた。


「楽しそうだね〜。今度ボール買ってあげるから、一緒に遊ぼうね」


 はしゃぐ彼らを眺めながら再び声をかけ、網目状になった側面を覗き込む。


「マル、外見てみる?」


 丸くなっている小さな黒猫。今月うちにやってきたばかりの新しい家族の男の子だ。


「犬も猫もいないから大丈夫だよ」
「にゃあー」


 弱々しい鳴き声が返ってきた。うーん、まだ少し震えてるなぁ。

 今日は健康診断の日。

 母と二人で病院にやってきたのだけど、マルが他の動物たちに怖がっていたため、現在順番が来るまで近くの公園で気分転換させているところだ。


「タマがいたら少しはマシかもしれないけど……寝てたからなぁ」


 タマはマルの兄弟で、共に我が家にやってきた白猫の男の子。

 来院の際、車に慣れなくてずっと鳴いていたのだが、体力を使い果たしたのか、到着する頃には眠ってしまい、今はお母さんと病院で待機している。

 キャリーバッグをベンチに置き、肩を回してほぐした後、袖をまくる。

 まだ二十分はあるな。日射しも強くなってきたし、日陰に移動するか。

 休めそうな場所がないか周りを見渡すと、木陰に腰を下ろしている女の人を見つけた。

 その彼女の腕の中には──マルと同じくらいの茶色い子猫が。


「可愛い……」


 我に返り、慌てて口を押えたが、時すでに遅し。漏れ出た声に気づいて顔を上げた彼女と目が合ってしまった。

 このまま去るのも気まずいかなと思い、声をかけることに。


「こんにちは〜。その子……ベンガルですか?」
「はい。あ、もしかしてその中にいるのって……」
「猫ちゃんです。うちの子は黒猫です」


 彼女の前にキャリーバッグを置き、猫を紹介し合う。


「この子はベルちゃん。女の子なの」
「可愛いですね〜。うちの子は男の子です。この子はマルで、あともう一匹、白猫のタマって子がいます」
「へぇ〜。兄弟?」
「はい。今日健診の日で、ちょっと怖がってたので気分転換にここに連れてきたんです」
「そうなんですか? 実はこの子も今日健診なんですよ〜」


 瞳を輝かせて、「同じだね〜」とマルに話しかける彼女。ほんの数分で意気投合し、軽く自己紹介もし合った。

 彼女は市瀬(いちのせ)さん。俺より三つ年上の高校生。

 彼女も母親の付き添いで来たらしく、時間を潰していたんだそう。


「マルちゃんたちとはどこで出会ったの?」
「父の友人の猫に子どもが生まれて貰ったんです。一匹だと寂しいだろうってことで、二匹引き取りました」
「兄弟がいると安心しますよね。ベルちゃんはブリーダーさんから貰ったんです。この子たちが兄弟の写真です」


 スマホの画面を見た瞬間、あまりの可愛さに頬が緩んだ。

 タオルが敷かれたケージに寝転がる、四匹の子猫と母猫。一匹だけお腹を出している子がベルちゃんとのこと。ベンガルらしく、兄弟の中で一番元気っ子なんだとか。


「マル、お友達だよ」
「マルちゃん、こんにちは。ベルちゃんです」


 ベルちゃんが興味津々だったため、会わせてみようと網状の側面を向けてみた。


「あらら、ちょっと怖いみたいだね」
「ですね。すみません」


 震えは収まり、だいぶ落ち着いてはいるものの、さっきと変わらず。隅っこで丸くなっている。

 生まれて二ヶ月。外の世界に慣れてほしいけど、無理矢理出すのは逆効果だよな。


「タマちゃんはどうかな? お母さんといるんだよね?」
「はい。病院で待ってます。もう起きたかな」


 腕時計を見たら、診察の時間が迫ってきていた。市瀬さんと一緒に公園を後にし、急ぎ足で病院へ戻る。


「あ、おかえり。マル落ち着いた?」
「うん……。少し」


 待合室の椅子に座る母の膝の上には、小一時間ほど前まで寝ていたはずのタマがくつろいでいる。

 その隣には……。


「お母さん、何やってるの」
「いや〜、可愛かったもんだからつい」


 デレデレの笑顔でタマの写真を撮る、母と同世代くらいの女性がいた。どうやら市瀬さんのお母さんのようだ。

 親子揃っていつの間に仲良くなってたとは。改めて猫パワーの威力を実感する。


「あら猫ちゃん! タマ、お友達よ!」
「こんにちは。ベルちゃんです。はじめまして」


 再度名乗り合ったところで、早速タマとベルちゃんをご対面。

 お互いに興味津々で怖がることもなく、とても和やかな時間が流れた。


 それから五分後、順番が来て診察室に入った。

 二匹とも注射を終え、一緒に後部座席に乗り込んだのだけれど……。


「ねぇねぇ、こっち向いてよ」
「「…………」」
「もう、ごめんってば。おーい」


 お医者さんに怯えて逃げようとするのを押さえつけたため、いじけてしまい……家に帰るまでそっぽを向かれたのだった。