「聞いてくれよ……蒼汰。兄貴、小さい派らしくて。俺、そこ相容れないんだけどよ……」
何が〝小さい派〟なのかは、深堀しなかった。
呆然と過ごす時間。
休憩時間は席に座り、頬杖をついて虚空を見つめる。
いつも通り僕の隣にやってきた健吾は、耳元でエロトークを繰り広げた。けれど、今日はこれと言った反応ができない。
どこか上の空。
そう言って担任が僕を心配していたけれど、理由はひとつしかない。
「そういや、蒼汰……今日もエロ本持ってきたんだ。いい加減、読んでくれよ……マジで最高だから」
「……健吾、僕には不必要だから。ひとりで楽しみなよ」
「バッカおめぇ……淡泊すぎるだろ。それでも男かよ……!」
健吾に肩を抱かれて、ついウザさを感じる。
でもそれを引きはがす気力もない。
体を揺すられながら、右手でそっと自身の唇に触れる。
初めて触れた、他人の唇。
それは、想像以上に柔らかくて——温かった。
◇
今日は図書委員の業務がない日だった。
でも心中が落ち着かなくて、放課後は帰らずに図書室へ寄る。本を読めば、すこしでも楽になれると思った。
今日の業務担当は、誰だっけ。そんなことを思いながら扉を開くと、真っ先に想定外の人が視界に入る。
カウンターにもたれかかっていたのは、嶋本くんだった。
「……あ、上條先輩……」
「……」
脳が状況を理解した瞬間、体が勝手に動いた。
僕はそのまま図書室を飛び出し、勢いよく扉を閉める。
すると中から図書室にあるまじき足音が響き渡り、同じように勢いよく開いた扉から、嶋本くんが飛び出してきた。
「上條先輩っ!!」
「ごめ、嶋本くん!! 今日は帰るんです!」
「上條先輩!!」
背が高ければ、足も長い。
僕では想像できないくらいの歩幅で近寄ってきた嶋本くんは、あっという間に追いついて、そのまま背後から僕を抱きしめた。
力強く抱擁され、体が動かない。
恥ずかしくて、消えてしまいたくて。全身が熱くなる感覚がした。
「嶋本くん、離して」
「嫌です……」
「嶋本くん!!」
「いや……です……先輩に、会いたかったんです。うぅ……」
首筋が何かで濡れた。
次第に嗚咽が漏れ始める嶋本くんは、今も僕を抱きしめたまま体を震わせる。
「し、嶋本くん……泣かないでください」
「泣いたことなんて、ありません……」
「それは無理がある……」
鼻をすすりながら体を震わせ、小さく息を吐く。
そして、ポツリポツリと言葉をこぼし始めた。
「先輩、キスしてごめんなさい。好きになって、ごめんなさい。こうやって、抱きしめてごめんなさい。先輩への想い、抑えきれなくて……ごめんなさい」
俯いたままで、彼の表情はわからない。
漏れる嗚咽だけが、すべてを物語っていた。
「……もう一度聞きます。僕の、どこが好きなんですか……?」
「全部です」
「……」
「全部……うぅ……うわーん!!!!」
「えぇ!?」
子どもみたいに、大きな声で泣き出してしまった嶋本くん。
僕のことを抱きしめて離さないまま、ずっと泣き続けていた。



