「聞いてくれよ、蒼汰。またすげぇエロ本を兄貴から借りたんだけど、鼻血が噴水みたいに吹き出してさぁ……」
「そんな漫画みたいなことある?」
イケメンなのにもったいない。
この人の口からは、エロ本の話題しか出てこないのか。
今日も健吾は鼻にティッシュを詰めていた。前に思った通りで、やっぱり女子はそれを『可愛い!』といった。何が可愛いのか。女子基準の『可愛い』は、よくわからない。けれど今日も女子たちは健吾を見て『可愛い!』と騒ぐのだろう。
健吾はまた僕にエロ本を貸してくれようとした。
でも不要だからという理由で、しつこく拒否をする。
「——ところで、蒼汰。最近、後輩に付きまとわれてない?」
「……は?」
「たとえば、今この瞬間とか」
健吾に促されて振り返る。
すこし離れた場所に、嶋本くんが立っていた。
俯きすぎていて表情は見えない。歩幅も遅く、どこか様子がおかしかった。
「……」
「気がついたら背後にいるよ。蒼汰の」
「……」
僕は何も言えなかった。
返そうと思えば返せるのに、喉の奥が焼けついたみたいに動かない。
背後の嶋本くんも、何も言わない。
距離があるのに、気配だけはぼくのすぐ背中に貼りついているみたいだった。
「き、気のせいじゃない?」
健吾にはそう誤魔化して、僕は足早に校門へ向かった。
振り返らないように歩いたけれど、視線の端に、青いネクタイの影が揺れた気がした。
◇
《恋愛心理テスト!》
《問1:最近、気になる人がいる! YES ・ NO》
《問2:その人のことを考えると、ドキドキする! YES ・ NO》
——いや、僕は何をしているんだ。
図書室の一角に設けられたインターネットブースで、僕は女子小学生みたいなことをしていた。パソコンを立ち上げて、ブラウザを開き、そこに《恋愛 心理テスト 簡単》と打ち込んだ。
これまでの人生、心理テストなんてやったこともないけれど。どうしても確かめたかった。その反面、理由を自分でも認めたくなかった。
好きなのか、嫌いなのか。
指を震わしながらページをスクロールしていると、背後から人の気配が近づいてくる。
それに気づいたときには、もう遅かった。
「……あら、上條くんの春到来?」
「っあ!!!! 佐倉先生!!」
いつになく動揺してしまい、椅子から普通に転げ落ちる。
先生は僕を視界に入れない。
ニコニコしながらパソコンに近づき、マウスを握ってページをスクロールした。
「で、どうだった? 結果は恋だった?」
「き、聞かないでくださいよ」
「あらやだ。恋心を認めたくないのかしら?」
スクロールされた画面には、《ズバリ、恋でしょう!!》と大きく書いてある。
もう恥ずかしくて消えてしまいたくて、体育座りをしながら頭を抱えた。さっきまで肌寒かったのに、今は熱く感じる。汗がにじみ出て、とにかくここから逃げ出したかった。
「……上條くん」
「……はい」
「恋心は、恥ずかしがるより大事にした方がいいよ。自分で否定すると、苦しくなるだけだよ。たとえそれがどんな相手でもね」
「……何が言いたいんですか」
「つ、ま、り、嶋本くんはいい子よ? ってこと!」
それを聞いた瞬間、耳まで真っ赤になった気がした。
急に血圧が上がったのか、鼻血まで出てくる始末。最悪だ。でも、多分いちばん最悪なのは——その理由を、僕がもう否定できなくなりつつあることだった。
僕はポケットからハンカチを取り出して鼻を覆う。そして焦りながら「すみません、保健室行ってきます」とだけ告げて、足早に図書室を後にした。



