初めての光景を目撃した。
 全校集会の前、嶋本くんが女子に囲まれていたのだ。
 ひとりだけ背丈が高いから、よく目立つ。
 僕の前とは違う表情を、女子たちには見せていた。
「恭哉くん、今度英語教えてよ!」
「えへへ、英語は苦手なんだけど」
「嘘だぁ! エレン先生相手にあれだけ会話できたのに!?」
「かっこよかったよね!」
 周りを見ずにキャーキャー騒ぎ続ければ、背後から忍び寄る彼女らの担任に注意される。
 女子たちはじどーっとした目を先生に向けながら、自分の定位置に向かっていく。
 真顔に戻った嶋本くんは、俯きながら頭をかいていた。
「——蒼汰、どした?」
「ん?」
 背後から抱き着いてきた健吾は、「なんかあった?」と心配そうに声をかけてきた。
「別に、何もないよ。っていうか、くっつくな! 離れて!」
「いーじゃんよー」
 なんて騒ぎ続ければ、今度は僕らの担任がこっちに忍び寄ってくる。
 担任は僕から健吾を引き離し、定位置に戻っていく。健吾の隣にいた女子が「上條くんと仲いいよね」と囁くと、健吾は「親友だし」と自慢そうに笑っていた。
 そして僕は視線をふと、2年生の列に向ける。
 なぜか斜め後ろを向いていた嶋本くんと、普通に目が合うのだった。



「最近、嶋本くんに懐かれてるね」
「……はい」
 放課後の図書室。ニヤニヤしながらカウンターにもたれかかるのは、佐倉先生だ。
 先生は「青春ね」なんて言って笑うけれど、僕の心情はそれどころではない。
 好きだと言われて、正直戸惑っていた。
 でも気づけばそれを嫌だとは思わなくなっていて、むしろ嶋本くんを視界に入れる機会も増えてしまって。僕は僕自身の変化に、結局戸惑っていた。
「上條くん。恋愛に、年齢も性別も関係ないよ。今の時代」
「……何が言いたいんですか?」
「嶋本くんは、いい子よってこと」
「……」
 先生は意味深な微笑みを浮かべて、図書準備室に入って行く。その背中を見届けると、思わず大きな溜息が漏れ出た。
 言いたいことは、なんとなくわかる。
 だからこそ、胸が苦しくて仕方がなかった。

 しばらくいつもの場所で本を読んでいると、静かに扉が開いた。
 音に気づいて顔を上げると、背の高い人が視界に入る。
 銀縁眼鏡に、青いネクタイ。嶋本くんだった。
「せ、先輩。こんにちは」
「こんにちは、嶋本くん」
「……」
 ぺこっと頭を下げて、中に入ってくる。
 嶋本くんはなぜか泣きそうな表情になりながら、僕の方に歩み寄ってきた。
「な、んで……泣きそうなんですか?」
「せ……先輩が、好きだからです」
「……」
 回答になっていない。
 でも、嬉しそうで泣きそうな理由を、どこかで理解してしまいそうで怖かった。
 僕は隣の空いた椅子をトントンと叩き、嶋本くんに座るよう促す。彼は小さく頭を動かして、ゆっくりと指示通りに座ってくれた。
「……上條先輩」
「んー?」
「竹中先輩とは、どういう関係ですか?」
「……え?」
「今日も、竹中先輩が上條先輩に抱き着いていたので……」
 全校集会のことを言っているのだろうか。
 健吾が後ろから抱き着いてきた、あのこと。
「いや……普通に友達ですけれども」
「……ですかね……」
 ですかね、って何?
 僕は軽く目を閉じ、小さく息を吐く。
 隣で目を伏せている彼に、今度は僕から質問を投げかける。
「そういう嶋本くんは、女子から人気なんですね」
「えっ?」
 今度はひどく驚いたような声を上げた嶋本くんは、目をまん丸にしたあと、ゆっくりと口角を上げた。
「気にしてくれたんですか……?」
「あ……いや、たまたま目についただけで……」
「それでも、嬉しいです」
 全身を真っ赤にした嶋本くんは、嬉しそうに微笑みながら、頭をまた僕に預けてきた。
 重いようで、そこまで苦ではない。
 ゆっくりと重さを預けてくる肩が、妙にしっくりくる。
 そんな自分がいちばん厄介だった。
 嶋本くんは、右手をそっと動かし、僕の左手を軽く握った。
 すこし驚いたけれど、嫌な気はひとつもしない。
 指先が触れたところだけ、熱くなる。
 それを自覚したくなくて、視線だけを本に落とす。
 握られた手が、思っていたより温かかった。
 それだけのことなのに、胸がきゅっとした。