健吾はどうしても、僕にエロ本を読んで欲しいらしい。
渡されても受け取らない。「僕はエロ本に興味がない」と言えば、「え、じゃあ男ってこと?」と斜め上の返答をされる。
もちろんそんなことはない。今は好きな人がいないけれど、当然恋愛対象は女性だ。
だけど、脳裏に嶋本くんがちらつく。
そのせいで、返答が怪しくなってしまう。
「は……いや、お、男なわけ……」
「何その反応」
健吾はすこし目を細めて、わざとらしく僕を抱き寄せる。
そして「それって、俺もワンチャンあるってコト?」と耳元で囁いたのだった。
「……は、アホか。ありえん。ありえない。彼女いるのに、何言ってんの」
「……だよな」
ふっと笑い、そのままふたりで大爆笑をする。
健吾も大概だ。何も面白くないジョークを言い、僕を笑かしてくる。
ありえない、健吾なんてありえない。
肩に回された健吾の腕を乱暴に解いて、またふたりで笑う。
健吾はありえない。ありえるわけがない。
——けれど、嶋本くんは?
その名前だけ、やけに胸に残る。
「……」
ふいに出てきた自問に、自答ができない。
図書室で見た笑顔が、脳裏に焼き付いていた。
◇
「上條先輩」
「ん?」
放課後の図書室、また全身を真っ赤にした嶋本くんがやってきた。
今日は雨が降っていた。
どこかジメジメする図書室で、嶋本くんはニコッと微笑みを浮かべる。
今日は銀縁眼鏡越しの瞳がよく見えた。
泣いている?
そう思えるくらい潤んで見える瞳に、すこしだけドキッとした。
「今日も隣、いいですか?」
「……いいですよ」
椅子は前のままだった。
僕の隣に、空いた椅子。そこに嶋本くんは近づき、そっと腰を下ろす。
そして、僕の体にゆっくりともたれかかってきた。
「……え?」
「……」
思わず肩が跳ねた。
でも、不快ではなかった。それが余計にややこしかった。
嶋本くんは目を閉じて、深呼吸をひとつ落とす。
鞄から本を取り出すこともせず、静かに体を僕に預けていた。
「し、嶋本くん?」
「……ごめんなさい、ごめんなさい」
「え?」
「好きです、先輩。くっついてごめんなさい。ほんとうに、ごめんなさい……」
言葉と行動が一致していない。
謝罪しながらも、体を離そうとはしなかった。
嶋本くんはどこか気弱そうなのに、こういう行動力はしっかりと持っている。なんて、なぜか客観的に嶋本くんの行動について考える自分がいた。
「好きになって、ごめんなさい」
「嶋本くん」
「好きすぎて……行動を抑えきれません。ごめんなさい」
「嶋本くん」
体をすこし動かして横を見ると、嶋本くんは目を閉じたまま涙を零していた。
僕よりも大きな人が、小さく見えるのはなぜだろう。
不思議な感覚に襲われながら、またポケットからハンカチを取り出して差し出す。それを見た嶋本くんは、案の定「せ、先輩のハンカチは使えません……うぅ……」とつぶやき、自身の制服で荒く顔を拭った。
「ハンカチ、使ってくれていいんですよ」
「ダメです……神聖すぎて、僕には恐れ多いです」
ハンカチが神聖すぎるとか言う割に、突然頬にキスをしたり、こうやってもたれかかったりしているけれど。この言葉と行動の相違が、やっぱり不思議でたまらない。
そのとき、扉が開いた。
ゆっくりと現れたのは、佐倉先生だった。
僕らの様子を見た先生は「あっ」と小さく声を上げて「ごめんなさい、邪魔だったね」とニヤニヤしならが出て行こうとした。
もしかして。何か、誤解されている?
僕はそんな先生を「いや、こちらこそごめんなさい。邪魔とかないです」と言って引き止め、嶋本くんの顔を見る。
彼は、涙を流しながら眠っていた。



