「上條くん、廊下」
「ん?」
「呼んでるよ」
隣の席の女子に声かけられ、視線を廊下に向ける。女子が差す指の先に、見覚えのある銀縁眼鏡が立っていた。
僕は椅子から立ち上がり、ゆっくりと歩み寄る。
教室から出ると、悲しそうな表情をした銀縁眼鏡と目が合った。
「……ていうか、デカ……っ」
「……すみません」
以前は気付かなかったけれど、僕よりも頭ひとつ分くらい背が高い。
悲しそうな表情をして立っている大きな男は、深々と頭を下げた。
「お昼休みにすみません。謝罪に来ました」
「しゃ、謝罪って……ちょっと待って……」
教室にいる同級生たちが、好奇心で目を輝かせていた。
背中に集まる視線の量がすごい。このままだと質問攻めに遭う——。
幸い、健吾が体調不良で今日は休みだ。
僕は彼の腕を掴んで引っ張り「屋上行きましょう」とひとこと言って、強制連行した。
◇
屋上には、冷たい風が吹いていた。
太陽の元に晒されると、彼の銀縁眼鏡がよりいっそう輝きを放つ。
身長の高い彼を見上げれば、全身を真っ赤にした姿が視界に入る。顔も耳も首も手も、見えているところ全部が真っ赤だ。ここまで赤くなる人間、見たことない。
「……上條先輩、突然すみません」
「あ、いや……いいんですけども。その前に、名前を教えてくれますか?」
優しく問いただすと、彼は「はい」と細い声を上げて、小さく名前を告げた。
「嶋本恭哉です」
「……〝恭哉〟顔、じゃないですね」
「すみません……よく言われます……名前負けしてて、すみません……」
「あ、いや。こちらこそごめんなさい。つい」
お互いにペコペコと頭を下げながら謝罪をする。
ちょっと……いや、かなり変わった後輩の嶋本くんは、全身を真っ赤にしたまま、繰り返し頭を下げていた。
「で……嶋本くん。謝罪とやらを聞きます」
「……ほんと、すみません」
謝ってばかりの彼は大きな背中を丸める。
そして俯きながら、また小さく声を発した。
「上條先輩が好きです」
「……へ?」
「恋愛対象として、好きです。ずっとずっと好きで……先輩のこと考えてたら、つい、体が勝手に……うぅ……ごめんなさい、ごめんなさい、好きになっちゃってごめんなさい、ほっぺたにキスしちゃってごめんなさい、逃げてごめんなさ——」
「いや、待って、落ち着こう!?」
マシンガンのような謝罪に、ひとまずストップをかける。
つむじを僕に向けたままの彼は、「うぅ……」と小さく声を出して固まっていた。
しかし——そういうことか。
急展開すぎて驚きが隠せない僕と、なんとなく冷静で、客観的に今起こっていることを見ている僕がいた。
「えっと……嶋本くん。えっと……」
何を言えばいいのかわからなかった。
恋愛対象として好き、とは。男の嶋本くんが、男の僕を好き。
別に、同性を好きになることに関しては何も思わないけれど、その対象が僕だとは思わなかった。
「……えっと、僕の、どこが好きなんですか?」
「全部です」
「ぜ……全部?」
「全部、全部……うぅ……」
嶋本くんは泣きだしてしまった。
真っ赤な顔に涙を浮かべて、ポロポロと涙をこぼし続ける。
大きな嶋本くんは眉毛を下げて、悲しそうに体を震わせていた。
「いや、泣かないでください……」
ポケットからハンカチを取り出し、そっと差し出す。ハンカチを見た彼は首を大きく横に振って、自身の制服で顔を拭った。
「せ、先輩のハンカチ、使えません!!」
「え……?」
「先輩のハンカチは、神聖すぎて使えません……うぅ……」
「し、神聖……!?」
調子が狂う。
戸惑いながらハンカチをポケットに戻すと、嶋本くんはもっと涙を流した。
僕と彼のあいだを、風が吹き抜けていく。
昼休み終了を告げるチャイムが鳴ったけれど、嶋本くんは泣き止む気配がなかった。



