放課後の図書室は、静かだった。
冬の夕日が低い位置から差し込み、本棚の影が床に長く伸びている。
図書室の角、僕の定位置。
背中で太陽の温もりを感じながら、キクラゲ祥平先生の文庫本を開く。すると、静かな図書室に控えめな声が響いた。
「……上條先輩、隣……いいですか?」
わずかに開いた扉から顔を覗かせた嶋本くんは、昨日とは違う表情をしていた。
泣き腫らした目の赤みはまだ残っているけれど、銀縁眼鏡の奥に宿る光は、不思議と柔らかい。
「どうぞ」
隣に置かれた椅子を指先で軽く叩く。
その音に導かれるように、嶋本くんは嬉しそうに僕の横へ座った。
会話はなかった。
ただ、ふたりで本を開くだけ。
ページをめくる音が静かに重なり、時間だけがゆっくりと流れていく。
そのたびに、嶋本くんは照れたように俯き、何度も瞬きをしていた。
「……嶋本くん」
名前を呼んで、そっと顔を上げさせる。
目が合った瞬間、迷いなく唇を重ねた。
図書室の角で、泣き虫な後輩と過ごす冬。
ゆっくりと唇を離すと、彼はすこし笑って、また涙を流した。それをまた、僕は制服の袖で優しく拭う。
そのとき——奥の本棚の影で、気配がふっと揺れた。
見れば佐倉先生が、嬉しそうに視線を逸らし、図書準備室に入っていくのが見えた。
一瞬で全身が熱くなった。でも、その熱もすぐに静かに沈んでいく。
ここでは、僕たちふたりだけの時間が流れていた。
僕は嶋本くんと見つめ合い、そっと指を絡める。
図書室の静けさの中で、僕たちはもう一度、ゆっくりと唇を重ねた。
泣き虫な後輩と図書室の角で 終



