視線を感じる。
暖かい日が差し込む、図書室の角。誰もいないのをいいことに、好きな本を読み漁る至福の時間——だったのに。扉の方から、妙な視線を感じる。
「……誰ですか? 用があるなら入ってもいいんですよ」
声をかけても、その人物は動かない。とりつく島もないほどに静かで、ただじっとこちらを見つめている気配だけが残る。
「……」
反応がないなら、いっか。
扉から視線を逸らして、本にまた目を落とす。すると、扉の方からガタンと音がした。
思わず顔を上げると、その人物はようやく中に入ってきた。
青いネクタイ、2年生だ。
銀縁眼鏡が光をはね返す。大人しそうで、第一印象は暗そう。なのに、視線だけは妙にまっすぐで強くて、どこか落ち着かない。
「……上條先輩」
「……え、僕?」
本に用事があるんじゃないのか、という疑問はさておき。
それよりも僕の名前を知っていることに驚いた。
面識のない後輩、当然僕は彼のことを知らない。
不思議に思いながらまっすぐ見つめると、彼は僕の方に近づいてきた。
「え、なんですか?」
返事もない。
パーソナルスペースに入り込まれ、思わず嫌悪感に襲われる。
「ちょ、近……」
逃げようにも、椅子に座っているせいで動けない。
近づく後輩の顔。視界いっぱいに後輩の顔が迫り、銀縁眼鏡の奥のまなざしだけが静かに揺れる。
その瞬間、頬にそっと唇の感触が落ちた。
「……え?」
「……」
柔らかくて、温かい?
理解が追い付かずに固まっていると、後輩は一拍おいて顔を上げ、急に青ざめた表情になった。
「……す、すみません……っ!!」
目だけは僕から逸らさないまま、息もせずに早口でそう言った。そしてくるりと背を向けて走り去ってしまった。
僕は、何ひとつ理解できなかった。
手に持っていた本を読むことすら忘れ、図書室の先生が来るまで、僕はただフリーズしていた。



