俺と良樹の付き合いは順調だった。夏休みに告白をしてから、いつも二人でいる。
 学校ではブチも一緒だ。
 マトリョーシカ兄弟の絆は強い。
 ブチは塾で好きになった女の子となんとか冬にはデートまでするようになっていた。
 三人の恋バナで盛り上がることも多い。

 高校二年になると、ブチが別のクラスになり、俺と良樹は同じクラスになった。
 背が高い俺たちは一番後ろの席に並んで座っているが、相変わらず良樹は黒板も見ずに俺の横顔ばかり見ている。
 そのうち他の同級生に怪しいと思われそうだった。

「なあ、GWにどこにデートに行ったらいいと思う?」

 最近、弁当の時間になると必ずブチのこの相談から会話が始まる。

「ディズニーランド一択」

 俺の薄い反応にブチは必ず突っかかる。

「流れ作業で答えるな!」
「だって、何回この話しているんだよ?もう飽きたよー。好きな所に行けばいいだろ」
「どうして晴矢はそんなに俺に対して投げやりなんだよ。十年間の友情はないのかよ」
「だからあ」

 俺とブチの不毛な言い合いも気にせず、豪快に弁当をたいらげていく良樹。
 この一年でまたデカくなった気がする。

「で、良樹は何かないの?」

 ブチが今度は良樹に話を振る。

「俺は晴矢が居ればどこでも大丈夫」

 良樹は俺を見ると二人で顔を合わせてにんまりと笑いあう。

「オイ、止めろ、それ。他の奴らに気づかれるぞ」

 ブチは俺たちのラブラブ度が羨ましくて仕方ないみたいだ。

「でもさ、実際ディズニーランドって金掛かるだろ?ブチが彼女の分まで払うのかよ?」

 無駄にお金を使わない主義の良樹の疑問は最もだった。
 ブチはそう言われて少し怪訝な顔をする。

「ほんそれ。無理なわけよ。学生割引だってすげー高くてびっくりした。いつもお父さんたちに出してもらっていたからさ。だから他に無いか?って話」
「好きな子と居られるならどこでも楽しいだろ?カラオケだっていいじゃん」

 良樹の言う通り二人で過ごせるならどこでも構わないと思う。
 でも男として好きな女の子を喜ばせたいというブチの気持ちもわからなくはない。
 そういう意味だと、俺と良樹ってどっちがどっちなんだ?

「で、お前たちはどうするんだ?」

 ブチにそう言われて俺は良樹の顔を見る。

「俺は、選抜の合宿に呼ばれているんだ……」

 良樹が申し訳なさそうに手で頭を掻く。
 そう、今年のGWはバスケの高校選抜の合宿に良樹が呼ばれていて遊ぶ暇はない。
 正直、ものすごく残念ではあるけど良樹が申し訳ない気持ちにならないように俺は普通に振舞っていた。

「でも、選抜に選ばれるってすごいことだよ。俺は自慢だけどなー」

 俺の言葉にも良樹は軽く微笑むだけだ。

「せっかくの連休も練習なのか。厳しい世界だな」
「じゃあ、俺もブチに付いて行っていい?その彼女と三人でディズニー行こうよ」

 俺は雰囲気を変えたくてブチを揶揄ってみる。

「やめろよ。冗談でも言うな。お前を連れて行ったら俺がお前の引き立て役になっちゃうだろ。ダメ、ダメ」

 本気で嫌がっているブチを可笑しく見ていたが、良樹の寂しそうな顔がチラつく。

「良樹。どうした?」

 俺は思わず声をかけた。あれだけ豪快に弁当を食べていたのに箸が止まっている。

「いや、別に。ブチ、頑張れよ!」

 良樹はブチの華奢な背中を強く叩くと何事もなかったかのように弁当を食べ始めた。
 俺はそんな良樹が気になって仕方がなかった。

 🔸🔸🔸

 良樹と付き合いだしてから、俺たちは学校から駅までバスに乗るのを止めて歩いて帰っている。
 部活の後は流石に疲れてはいるが、二人だけで居られる貴重な時間だった。
 学校から駅まで歩いて三十分。
 それほど人通りのない道を時には手を繋いで歩いて帰るのは幸せだった。
 毎日一緒に居るのに話すことが多すぎて、駅のベンチで三十分近く話していることもある。
 この話をブチにすると呆れられるが、とにかく二人で居たかった。
 俺の家は常に俺一人だったから、いつでも良樹に来て欲しかったけど付き合いだすと何故か遠慮をするようになった。
 休みの日には外で会うか、俺が良樹の家に行くようになっている。

「今日も家に寄らない?」
「うん。帰るよ」
「俺が一人で飯喰うのが寂しいって言っても?」
「……うん」

 良樹の態度は頑なだった。去年の夏は毎日練習終わりに家に寄っていたのに。
 どうして恋人になったのに来ないんだろう?

「そっか……」

 俺が残念そうな声を出すと良樹は繋いでいる指に力を入れる。

「ごめん」
「謝らないでいいよ。こうやって毎日会えているし」
「お父さんは何時頃帰ってくるんだ?」

 母さんが出て行った後、父さんはその日のうちには家に帰るようになっていた。
 それでも会話はすれ違いがちだが、母さんと別れたこと、今まで俺を放っておいたことを謝られたことをきっかけに少し父さんの事を理解しようと思い始めていた。

「十時ぐらいかなー。でも夕飯を一緒にとか朝食を一緒にとかいう世界は無いよ」
「そっか……」

 よっぽど良樹の家のおじさんとおばさんとの方が一緒に食事をしている回数は多い。
 俺はすっかりおじさんにも気に入られて、阪神についての英才教育を受けているところだ。

 さっきの昼飯の時の良樹の態度が気になった。

「もしかしてGWの事気にしている?」

 俺はさりげなく聞いてみる。

「せっかくの休みなのに一緒に居られないなって?」
「……うん。何しようか色々考えていたんだ」

 俺よりももっと良樹の方が残念に思っている。
 だからどうってことないよって態度をしていたけど、もしかしたら俺の態度がより良樹には負担だったのかもしれない。

「俺もホントは残念。でも良樹が選抜に選ばれたのも嬉しかったから」
「ホントに?」

 良樹は歩みを止めて俺の正面に立つ。
 疑っているような瞳。

「ホント。この目が嘘ついているように見えるか?」

 俺は自分の目を指さすと、良樹がその指を優しく握り俺を抱き寄せた。

「ちょ……良樹。道の真ん中だよ」

 良樹はわりと大胆だったりする。
 周りの目よりも自分の感情を優先する。
 俺はそんな良樹を信頼している。

「わかっている」

 良樹はそう言うと俺の背中を軽くたたいて身体を離した。
 俺は抱きしめられて皺になったブレザーを整える。
 良樹は俺の顔を見つめると微笑み、手を繋いで歩き出す。

「……なんなんだよ」

 俺は恥ずかしさもあって思わずつぶやいたことが良樹の耳に届いていた。

「なんなんだよって、好きなんだよ」

 何回も好きだと言われているのに、言われる度に顔が赤くなってしまう。

「また、お前顔が赤くなっているだろ」
「ウルさい!」

 俺は筋肉質な良樹の腕を平手で叩くが、自分の手のひらの方が痛くなる。
 こんなに力強い腕なのにあんなに優しく抱きしめてくれる。

「俺も好きだよ」

 俺の言葉に良樹は満足そうに微笑んだ。

 🔸🔸🔸

 GWが始まっても俺は会う人もいなければ行く場所もなく、一人家に籠っている。
 父さんは一緒にどこかに行かないかと言ってきたが、断った。
 父さんと旅行とか考えられない。まず何の話をするんだ?そもそも会話なんて成り立たない。

 良樹からはしょっちゅうLINEが来る。
 俺はなるべく合宿の邪魔にならないように、送るのを控えていたが良樹は関係なくガンガン送ってくる。
 良樹も寂しいんだろうなと思い、俺からも遠慮なく送っている。

 付き合いだしてからの冬休みもほぼ毎日会っていた。
 良樹のおじさんやおばさんと一緒にスキーに連れて行ってもらったり、良樹とショッピングしたり、映画を見に行ったり、図書館で勉強したり、とにかく一緒に過ごした。
 だからこんなに会わない日が多くなるのは初めてだった。

『寂しいよ、良樹』
 言葉に出すと余計に寂しくなるから我慢していたけど、誰かと一緒に過ごす時間を知ってしまうと、この家で一人過ごすことが辛くなる。
『お前のせいだぞ、良樹』
 恨み言まで出てきてしまう。

 GWも半ばの日にブチからいきなり電話が掛かってきた。
 いつもはLINEで連絡するのに珍しい。

「今からLINEに送るからショック受けるなよ」
「どういうこと?」
「いいから。また後で電話する」

 そう言って切ると、ブチからLINEが送られてきた。
 画像が何枚かある。
 よく見ると、ジャージ姿の良樹と他校の制服を着た女子高生が談笑している画像だった。同じ場所、同じ時間に角度を変えて撮った写真。
 画像の中の良樹は俺に見せるあの笑顔をこの女子高生にも向けていた。

 どういうことだよ?
 俺は今まで感じたことがない気持ちで心の中が溢れた。
 そこへブチから電話が入る。

「見たか」
「なんだよ、あれ」

 俺は思いのほか興奮しているようで声が大きくなっていた。

「まあ、落ち着けよ。昨日、同じ塾に通っているR校の子から聞かれてさ。同じ高校だから良樹の事知っているでしょって。知っているけど何?って言ったら、その子の友達がR校のバスケ部のマネージャーをしているらしくて、トーナメントで良樹の事見て好きになったから紹介してって言われてさ」

 ブチの言葉により怒りの気持ちに変わった。

「ふざけるなよっ!」
「お……落ち着けよ。晴矢のそんな声初めて聞いた。超ビビる」
「で、どうしたんだよ」

 俺は怒る気持ちを抑えられずに座っているソファにパンチを入れていた。

「無理だって答えたよ。もう恋人がいるからってはっきり言ってやったよ。言って良かったのかわからなかったけど。お前の顔もすぐに浮かんだし。俺だってふざけるなって思ったよ」
「この写真は?」
「……」

 ブチが答えない。

「ブチ!」
「昨日、昨日だよ。その子選抜のマネージャーもしているらしくて、結局俺が紹介しなくても良樹と繋がれたみたいで……。R校の子から無事に繋がったので大丈夫ってこの画像が送られてきた」

 繋がるって何だよ……

「でも、繋がったからって別に何でもないだろ。良樹はお前しか眼中に無いわけだし、その子が頑張ってアピールしても無理だって話じゃん」

 ブチは軽い口調で言っているが、この画像を見て俺のように疑っている部分もあるように感じる。

「正直、ブチはこの画像見てどう思った?正直に言って」
「……良樹の笑顔が気になった」

 ブチは正直だ。取り繕ったりもしない。
 俺が一番気になっている部分を指摘した。

「うん。俺もこの笑顔は俺にしか向けないはずなのにな……」

 さっきまでの怒りモードが急速に萎えた。
 あれほど興奮していた気持ちも落ち着いてしまった。

「だ、大丈夫か?晴矢。俺、余計な事したかも……ごめん」

 ブチが謝る必要はない。
 むしろ教えてくれてありがたいぐらいだ。

「大丈夫だよ。教えてくれてありがとう」
「良樹に連絡するのか?」

 わからなかった。このまま見なかったことにしてもいい。
 ただ女の子と笑顔で会話しているだけ、それだけだと思えばいい。

「わからない。でも俺は良樹のこと信じているから」
「そうだよ、お前たちの仲は誰にも壊せないから」
 
 ブチとの電話を切って、あらためて画像を見る。
 男子校だからそもそも女の子と知り合うチャンスは少ない。
 クラスの中でも派手なグループはしょっちゅう他校と合コンをしているとは聞いている。バスケ部でもモテる先輩はいる。
 でも、良樹も俺もその世界とは交わらずに過ごしてきた。
 俺は誰よりも良樹の事を知っている。
 中学の時から俺の事をずっと好きでいてくれているのに、今更女子高生と?
 よくよく考えたらバカみたいだ。
 俺はスマホを投げるとベッドに突っ伏した。