俺は小学校受験で大学までエスカレーター式の私立の男子校に入学した。
 そこで一緒になったのがブチだ。
 口から生まれたのかと思うくらい常にしゃべっていたが、その話が面白く俺とは最初から気が合った。

 俺の家は父さんが平日家に居ることは無く、母さんも俺の面倒を見るよりも自分を着飾るのが好きな人で、家事全般はお手伝いのサワさんがやってくれていた。
 物心ついた時からそういう環境だったから、ブチの家に行った時に家のことを全てブチのお母さんがしていることに驚いた。
 初めてカレーライスを食べたのもブチのお母さんが作ってくれたものだ。
 こんなに美味しいものがあるなんて知らなかった。
 家に帰って、カレーライスというものがどれだけ美味しいかをサワさんと母さんに熱弁したが、母さんはそんな庶民的なもの食べさせないでとサワさんに言い残し、部屋に入ってしまった。
 俺は寂しいとか悲しいとかそんな気持ちはなかった。これが普通だったから。

 中学生になると外部受験で入学してきた内進者以外の生徒が増えた。
 その中の一人に手島良樹がいた。
 十三歳で既に180センチ近い背の高さで、初めて見た時はブチとビビった。
 たれ目だが顔は全体的に大人っぽく、高校生が間違って入学してきたのではないかとブチと笑っていた。
 そんな俺たち二人の何が気にいったのか知らないが、良樹からやたらと話に来るようになった。

「どうしてそんなにデカいんだ?何喰ったらそんなに大きくなれる?」

 十三歳でもまだまだ背が小さいブチは良樹を見上げながら聞いている。

「ずっとバスケやっていたからかな。後、牛乳も毎日飲んでいる」
「バスケ!お、晴矢、中学入ったらバスケ部に入るって言っていたじゃん」
「そうなのか?一緒に入ろうよ。晴矢」

 そんなに言葉を交わしてもいないのに、いきなり名前で呼ばれた。

「え、うん。でも俺ボールも触ったことないし、出来るかな」
「出来るよ。俺が教えてやる。ルールも簡単だし、足が速ければ言うことないけど」
「足は速いよ。小学校の時はずっと1位だった」
「じゃあ、大丈夫。嬉しいな、友達ができた」

 良樹は大きな身体をしているくせに、話し方は優しく、黒目が大きくたれ目で笑うと可愛い。何かに似ている……犬…なんだっけ?

「お前、ゴールデンリバーに似ているな!」

 ブチが口にする。

「そうそう。ゴールデンバーリバー」

 俺もそれに乗る。
 二人の言葉を聞いて良樹は大きな声を出して笑った。

「それってゴールデン・レトリバーだろ。全然言えてないじゃん」

 俺もブチも合ってそうな単語を並べただけだった。そのマヌケさに三人で大笑いした。
 気持ちよく笑うな。俺の良樹に対する第一印象は笑顔だった。

🔸🔸🔸

 良樹は小学生代表に選ばれるぐらいバスケが上手かった。
 こんなに優秀な一年が入ってきて良かったと二年や三年の先輩は盛り上がっていた。
 超初心者な俺は歓迎されていないのではないかとドキドキしていたが、良樹が部活の無い日も公園でドリブルやシュートのフォームなど丁寧に教えてくれたおかげで受け入れて もらえていた。
 良樹は俺が求めれば嫌な顔ひとつせずに何でもやってくれるし、何も言わなくても助けてくれる。
 なんでこんなに優しいんだろう……

「なんだよ。疲れた?」

 公園でガードの練習をしながら他のことを考えていたことがバレたようだ。

「ちょっと」
「休もう」
「うん」
「はい、これ」

 良樹は大きなリュックから紙パックのココアをくれた。
 俺の大好物。

「買って来てくれたのか?」
「違うよ。お母さんが晴矢のために持っていきなさいって。お母さんが買って来たんだよ」
「え、嬉しい。良樹のお母さん優しいね。だから、良樹も優しいのかな」
「俺って優しい?」
「うん。すごく」
「よっしゃ!」

 俺はココアを飲みながらいきなりガッツポーズをする良樹に驚く。

「なに、それ」

 俺も真似てみる。

「え、嬉しいとかやった!って時にするポーズ。お父さんは阪神が勝つとよくする」
「へー俺もやる。シュート入ったらやる!」
「俺もやる!二人でやろうぜ!」

 俺と良樹は飽きるまでガッツポーズをしていた。
 良樹と居ると時間を忘れる。

「そろそろ帰らないと。お母さんに怒られる。晴矢、帰ろう」

 すっかり陽が落ち辺りは暗くなっていた。
 俺は家に帰っても誰もいない……たぶん。
 今日もサワさんが作り置きしてくれているご飯を一人で食べるだけだ。
 俺がなかなか立たないのを不思議に思ったのか、良樹が俺の前に手を出す。

「疲れて立ち上がれないんだろ。ほら、俺の手に捕まって」

 俺は差し出された良樹の大きな手のひらに自分の手のひらを合わせた。
 よくわからないけど、ドキドキした。
 良樹とはいつも休み時間に飛び着いたり、叩いたり、押し合いっこしているのに、何が違うんだろ。

「あ……ありがと」
「行こう」

 良樹は何もなかったかのように前を歩く。大きな背中。
 やっと160センチになった俺との差。