そんなに見つめなくても、いつもそばにいるよ

 高校三年になると再びマトリョーシカ兄弟は同じクラスになった。
 ブチが更に痩せて大人っぽくなり、良樹は190センチ、俺は185センチまで身長が伸びた。
 良樹が選抜や高校選手権で活躍しているのに憧れてバスケ部に入ってくる後輩が増えている。

「不思議だよな……」
「何?」
「未だにお前たちが付き合っているってことがバレてないことがさ」
 
 ブチは最近よくこの話をする。
 俺たちは学校内では自然に振舞っているため、バレる要素がないと思っているがブチからは丸わかりらしい。

「お前は俺たちの関係を知っているからそう見えるだけだろ?」
「いや、客観的に見ても見えるもん」
「何が?」
「お前らの周りに飛んでいるハートの数」

 バチッ!
 俺と良樹がブチの頭を叩く音。

「いてーなぁ!この受験モードでいっぱいいっぱいな俺の大事な頭を軽々しく叩くな!」
「だってお前がすげーつまらないこと言うからだろ!」
「ブチは学年で一番頭良いんだからさあ、もっと気が利いた事言えよ」

 俺と良樹の容赦ないツッコミにブチの顔がムクれる。

「せっかくオブラートに包んだ言い方してやったのにさ」
「どこがオブラートなんだよ」
「二年の高木って知っている?SNSでバズった子」
「高木?」
「ああ、表参道で声かけられてそれがTIKTOKで話題になったとかいう」
「でもそれで学校で怒られていなかった?ウチの学校、自由そうでそういうところ厳しいじゃん」
「そいつがお前と仲良くなりたいんだってさ」

 ブチは俺を指さす。
 その指の先を見ている良樹。

「は?何それ?」
「仲良くなりたいけど、既に手島くんが居ますよねってさ」
「何言っているだ?ブチ、はっきり言えよ!」

 ブチの要領を得ない話に俺はイラつく。
 ブチはわざとらしくため息を吐きながら口を開いた。

「高木は晴矢と仲良くなりたい、でもいつも良樹が傍にいるから近づけない。クラスメートだからってどうしてあんなに四六時中一緒に居るんだ?そうだ帰りに後を付けてみよう。そういうことだったのか、ポン!で、イマココ」

 ブチはわざとらしくセリフ調で説明してくれた。
 後を付けられた?学校から駅まで二人で歩いて帰るところを見られていた?
 俺は思わず良樹の顔を見た。

「どうしてブチはその事を知っているんだよ?」
「中学の天文部で一緒だった後輩が高木と仲良しらしくて。この間帰りのバスで一緒になった時にそういう話をされて。マジか?って焦ったよ。そいつは全く高木の話は信じてなかったけどな。まあ、普通はそうだよな」
「でも普通じゃない奴は信じるってことか」
「その高木って子がどうして俺と仲良くなりたいんだよ。俺、そいつの事全然知らないよ」
「人を好きになるってそういうことなんじゃないの」
「ブチ!もっと真剣に話せよ!」
「キレるなよ!男子校だぞ、そういうタイプの奴はお前たち以外にもいるだろ」
「俺は全然興味ないけど、っていうか迷惑だ!」

 俺は勝手に好意を持たれても何も嬉しくなかった。
 俺と良樹の事に誰も絡んで欲しくない。
 誰に好かれようが、良樹以上に好きになる相手なんているわけない。

「じゃあもうしないよ。ただ気をつけろよ。誰がお前たちの事を見ているかわからないからな」

 ブチの助言はその通りだと思った。
 俺たちは二人で居ると周りの事が見えなくなる。
 特に良樹は周りの目よりも自分の気持ちを優先させる。
 俺はそれを信頼しているけど、危うくもある。
 良樹を見ると一点を見つめ、考え込んでいるように見えた。
 俺は良樹の肩に手を置いた。
 良樹は俺の顔を見つめると口元だけで微笑んだ。

 🔸🔸🔸

「今日はバスで帰ろう」

 ブチが言ったことを気にしているのか、良樹がバス停に向かう。
 俺は良樹の腕を引っ張る。

「嫌だ。歩いて帰ろう。歩いて帰りたい」

 俺のワガママに良樹の顔がほころぶ。
 良樹は俺の頭を軽くぽんぽんと叩くと停留所を通り越し、歩き出した。

「晴矢はワガママだなー」
「俺のワガママを可愛いと思っているのはどいつだよ」
「俺!」

 二人で声を出して笑うと後ろから声を掛けられた。

「先野先輩!」
 
 振り向くと見知らぬ生徒が立っていた。

「誰?」
「二年の高木です」

 こいつか!
 俺は良樹の顔を見上げた。
 良樹の顔がいつもよりも険しい。

「な、なに?っていうか付いてきたの?」
「はい。先野先輩が帰るところを見たので」
「……君も歩いて帰るつもり?バス停はあっちだよ」
「先輩と話したくて追いかけました」

 何を言っても動じない……
 SNSで話題になっただけあって、アイドルみたいな顔をしている。
 俺と良樹と比べると細くて背が小さいのに、妙な圧を感じる。

「で、何の用?」
「写真一緒に撮っていいですか?」
「はぁ?」

 俺がいいという前に高木は俺の横に並びスマホを向ける。
 そのスマホを後ろから良樹がいきなり取り上げた。

「何するんですか!」
「晴矢が返事してないだろ?」
「手島先輩には関係ないです!返して!僕のスマホ」

 優しい顔には似合わない我の強さが見える言い方だった。
 俺はこんな道端で良樹とは揉めて欲しくなかった。

「いいよ、良樹。一緒に撮るよ」

 そう言った俺を不満そうに見つめている良樹が気になりつつも、早くこの状況から逃れたかった。

「ったく……」

 高木が小さい声で文句を言っている。
 やっぱりなんか苦手だ……
 角度を変えながら何枚か写真を撮り終える。

「じゃあ」
「え、ちょっと待ってください。写真送るのでLINE教えてもらわないと」
「はぁ?」
「だって、せっかく撮った写真シェア出来ないじゃないですか」

 どうしてLINE交換が大前提なんだ?
 さすがに俺も勝手な振る舞いにカチンときた。

「別に俺はいらないから。君だけ保管していれば。帰ろう、良樹」

 俺は良樹を促し歩き出すと、後ろからシャッター音が聞こえた。
 俺たち二人を撮っている?
 俺は思わず振り向くと、またシャッターを押された。

「何撮っているんだよ?」
「ツーショットです。毎日二人で駅までイチャイチャしながら歩いているところ、僕良く見ていたので。こんなに近くに見られて嬉しいなって」
「な……」

 俺が言う前に良樹が高木の前に進むと対峙した。
 どう見ても体格的に大きな良樹が高木に対して威圧的な態度を取っているように見える。

「ぼ、暴力反対!今動画撮っていますから。手島先輩が僕を恫喝している動画撮っていますから」

 高木の滅茶苦茶な話にさすがの俺もキレた。

「いい加減にしろよ!」

 俺は高木のスマホを取り上げようとしたが、手がすべって道路に落としてしまった。
 見事に画面にヒビが入った。

「あ……ごめん」

 俺は咄嗟に拾おうとするが、高木の手の方が早かった。

「これで先野先輩に貸しが出来ました。手島先輩のナイスアシストのお陰です」

 満面の笑みで話す高木が怖くなった。
 何を考えているのだろう……

「失礼します」

 高木は俺たちに最敬礼をするとバスの停留所に向かって走って行った。
 残された俺と良樹は何が起こったのかよくわからず、気味悪さだけが残った。

「良樹……何?あいつ」
「わからん。でもお前を狙っているのは確かだな」
「嫌だよ、あんな奴……」

 俺は良樹の腕にすがった。
 良樹は俺の手を握る。

「大丈夫。俺がお前を守るから」

 良樹はそう言ってくれるけど、良樹だって怖いはずだ。
 だって、今までまったく遭遇したことが無いタイプだったから……