「そういや、センセイの小説にオレみたいなヤツって出てくるんですか?」

 献本でもらったコミカライズを目に留めた鴻崎は、その場でパラパラめくっていた気もする。
 読んだと言っていいか微妙だが、メインのキャラくらいなら、こいつの記憶に少しは残っているかもしれない。
 あれは確か一巻だったから、こいつの存在が反映されているわけがなかった。
 読んだか聞いて、こちらから感想を要求するのはスマートじゃない。
 貸してやろうか読んでこいも押し付けがましくて、創作者がやってはならない行動だと自重している。

 表現したいものが多いだけで、俺は承認欲求が人よりも強いとは思わない。
 評価や手応えが返ってくるのは早かった。
 デビュー前の投稿作でもPVやブクマも順調に伸びてくれたし、初めてもらったレビューはスクショしてお守りがわりに眺めていたいほど、読者に訴える言葉が並んでいた。
 レビューを書き込んだユーザー「Enjack」のページに飛ぶと投稿作はなく、本棚登録した作品一覧が見られるだけで、日々ログも活用していなかった。
 
 人の目に留めてもらえない不満や自作への疑念を抱く間もなく、いくつかの出版社が合同で行うコンテストで大賞をとってしまった俺は運が良かったのだろう。
 才能や技量が俺より上の物書きなんて数え切れない。
 評価が高く、読者が多くついている書き手なんて他にもいる。
 駆け抜けていけたのは時流に乗れたというだけで、まだまだ俺は世間に知られた存在には程遠い。

 興行収入が好調の映画だって観てないヤツはタイトルさえ知らないし、必読書クラスの過去の名作だって読まないヤツは興味さえ持ってない。
 創作に関わらず、文化的な活動を取り込まない人間は、俺が考えるより多いのだ。
 だから、鴻崎が俺の稼いだ金にしか興味がなくたって、そんなヤツもいると割り切れてしまう。
  
「そんな人物トレスそのままみたいなことやるわけない。創作者ってのは、ネタを捏ね回すのが仕事なんだ。後はセンスと発想力。学校生活は俺にとって素材集めの周回みたいなもんだ」
「古宵センセイは内部進学っぽいですよね。知名度あるし、成績も出席も問題ないなら他にも行けるんじゃないですか?」
「大学ってとこがどんなものか体験したいだけで、レベルや学部にこだわりがあるわけじゃないよ。君は他の大学狙ってんの?」
「……古宵センセイが、遠恋に興味あるなら考えますよ?」

 ここぞという時に使えそうな台詞と意味深な表情。
 そのひとつひとつを言葉として言語で構築してしまうのは職業病だ。
 パズルのように語彙を組み替えて、リズムを整える。字数制限はないのに、染み付いている一文の長さを意識する。
 根っからの活字好きにとって、最高に楽しい頭脳労働だ。

 古宵カズサの作品は、恋愛を主軸に据えてはいない。
 サブキャラのカップリングが二次創作で盛り上がっていたり、ブロマンス要素に注目されたりしているが、俺が狙って作り出したムーブではないのだ。

「君の好きなようにすればいいだろ」
「いずれ将来設計しないと、ですね。で、今日は何に付き合えばいいんですか? その紙袋の中身教えてください」
「ああ、これ? 中は風船だよ。飛んでいった風船が引っかかった木の前で二人が出会うシーンを再現してみたくてさ」
「あぁ、ヒーローが風船を取ってくれるシーンなんですか?」
「ベタすぎるだろ、それ。どこかのイベントで風船が使われて、それが木の枝に何個か絡んでる構図が良さそうだと思ったんだ。着眼点が同じ二人なら、惹かれ合うのも自然な展開だろ」

 紙袋の中身を見せながら、嬉々として語る俺に鴻崎は冷静な意見を述べる。

「木の枝に数個の風船が引っかかってたら、だいたいの人は足を止めるんじゃないですか? それに運命要素感じるのは無理があるんじゃ……」

 俺を持ち上げるだけで、あまり意見を伝えてこない担当と違って、鴻崎は思ったことを正直に告げてくる。
 作家の意向を大事にしたい編集部と俺の作品には興味ない鴻崎では立場が全然違う。
 彼の指摘は、本を読まない十代代表の意見として、参考の余地がある。