「それで、先輩。オバケの正体なんですけど。多分あれも、レイヤーです」
「は? レイヤー?」

 人の気も知らないで、圭吾が淡々と謎解きし始めた。

「ちょっと部屋を暗くすると、わかりやすいです。電気を消しますね」

 圭吾が部屋の電気を消した。
 窓に暗幕がかかっている写真部の部室は、電気を消すと真っ暗だ。

「これだと暗すぎるので、常備灯を付けます」

 少しだけ明るくなって、ほっとする。
 けど、念のため圭吾の制服の袖を握っておいた。ちらりと俺を眺めた圭吾が、ニコリと笑んだ。

 圭吾の向こう側に、何かが光った。
 明るい人影が立っている。咄嗟に、圭吾の腕に抱き付いた。

「先輩、あれがレイヤー」
「わかってる! わかってるけど!」

 オバケだと思い込んだ後だから、やけにビクビクする。
 踊るように緩く動く光の陰が、手や髪のように見える。間違いなく、レイヤーだ。
 わかっているけど、まだちょっと怖さの残り香が消えない。

「背景レイヤーとは投影位置が違うな。別のプロジェクターか?」
「この部屋、プロジェクターが三つあるんです。背景が二番投影機で、あの人影は、一番投影機だと思います」

 天上に目をやる。
 パソコンの真上にある投影機が二番らしい。右手が一番、左手の壁が三番と、圭吾が指さした。

「あの人影、パソコンにデータがあるはずだよな? 見付けた?」
「はい、一応は」

 圭吾が部屋の電気をつけた。
 人影が光に埋もれて見えなくなった。

「なるほど、明るいと消えるというか、光に同化して見えにくいのか。暗いと浮かび上がるから、オバケだと思い込むんだな」
「遥先輩は明るくても、オバケだと思ってましたけどね」
「うるせぇな」

 恥ずかしくて、強く怒れない。
 
「俺得でしたけど」
「何がだよ。ビビってる俺なんか見て、楽しいかよ」
「可愛かったです」

 満面の笑みで圭吾が振り返った。
 その顔を、ぐりっとパソコンに向けた。

(そういうこと、普通に言うから勘違いすんだよ、俺が! 誰にでも言ってるなら、ぶん殴りてぇ)

 普段、愛想なんかないだろってくらい表情とか、乏しいくせに。
 まるで口説き文句のような言葉を誰にでも吐いていたら、ムカつく。それ以上に、悲しい。

「さっきの光の人影。多分、この動画です」

 圭吾が開いた動画を見詰めて、ぎょっとした。

「え? これ、浅沼先輩?」
「に、見えますよね? 良かった。俺だけじゃなかった。恐らく、さっきの人影は、背景レイヤーと同じで加工不十分で、影みたいに見えたのかなと思うんです」
「そうだな。もしかして圭吾は、気が付いてたのか?」

 圭吾が頷きながら、写真のフォルダ名にカーソルを合わせた。

「この動画もA2フォルダに入ってました」
「藤棚と夕日の写真と、同じフォルダか。ちゃんとシネグラ用に立体加工されてるな」

 ファイル形式がCMGだ。
 
「でも、ソフトの中に、この人物動画を加工した痕跡がないんです。レイヤーにも入ってない」
「ソフトの作成履歴にないってことか。他のソフトで加工したのを持ってきたって感じかな」
 
 個人のパソコンで作ったレイヤーをコピーして保存していたんだろう。
 同じA2フォルダにあったのだから、藤棚や夕日と併せて使う予定だったのかもしれない。

「圭吾、その写真、シネグラソフトで開いてみろ」
「わかりました」

 浅沼らしい人物動画をソフトで開く。

「あれ、背景レイヤーのページが起動した。……あれ? 違う」

 軽く混乱している圭吾と一緒に、パソコン画面を注視する。

「藤棚と夕日の写真。昨日見た、加工済みの背景レイヤーだな。その上に、……あった。さっきの人物動画だ」

 昨日は白紙だった三枚のレイヤーの内、一枚が埋まっている。
 さっきの、浅沼らしき人物動画がハマっていた。

「これって、どういうことですか?」
「写真をソフトで開けば、レイヤーが埋まるように設定されてる。背景の時は、どうだった?」
「どうだったかな。あまり深く考えていませんでしたけど。藤棚と夕日の写真は、既にレイヤーであった気がします」
「このソフトの、レイヤー一覧に?」

 右端の一覧を指さす。
 圭吾が頷いた。

「てことは、既に誰かが開いていた可能性もあるか」
「俺より先に誰かが、ってことですか?」
「そもそも、このページ、誰かが意図して作ったもんだろ。普通、新規から開いたら白紙のレイヤーは出てこない」
「そう、ですね。あえて白紙のレイヤーを作って保存しないと、有り得ませんね」