次の日、俺は圭吾が教室に迎えに来る前に、写真部の部室に向かった。
教室に圭吾が来ると、クラスの女子も男子も、色々うるさい。
「背が高いイケメンは女子にモテる。男どもには、忠犬扱いされる。ウザい」
その上、一部のクラスメイトには恋人疑惑を持たれている。
その勘違いは悲しくなるから、やめてほしい。
(本当に恋人だったら、俺だってちょっとくらい、態度が違うのに)
そんなことを考えている自分が、悲しい。
部室に向かう途中で、案の定、圭吾に会った。
「遥先輩、迎えに行こうと思っていたんです」
「わざわざ来なくても、帰ったりしねぇよ」
「はい、わかってます。先輩も、あのシネマトグラフ、気になりますよね」
圭吾が嬉しそうにニコニコしている。
何とも複雑な気分だ。
部室には既に、浅沼が来ていた。
パソコンは起動してあるし、カメラも揃えてくれていた。
「俺は今日、塾があるから先に帰るけど、使った機材はちゃんと片付けて帰ってね」
「わかりました」
浅沼が部室の鍵を圭吾に手渡した。
「塾があるのに、わざわざ部室を開けておいてくれたんですか?」
「俺も気になるからさ。未完成のシネマトグラフ。協力できることは、したいと思って」
浅沼がバッグを持って立ち上がった。
「明日は俺も参加するよ。何か収穫があったら、教えて。そうだ、植野。メッセのアドレス、交換しとこうよ」
「いいですよ、どぞ」
スマホを取り出すと、浅沼がちらりと目を上げた。
「植野ってさ、朝陽と仲良かったよね。今でも連絡、取ってる?」
「朝陽さんと、ですか? 連絡先は知ってるけど、最近は全然だなぁ。日本にいた頃は、普通に仲良くしてたけど」
父親と一緒に家に行ったり来たり、といった仲だった。
普通の先輩後輩とも、友人とも違う不思議な距離感だった。
「そっか。朝陽なら、もしかしたら何か知ってるかなって思ったんだけど」
「謎のレイヤーについて、ですか?」
「うん……。けど、朝陽がこの学校にいたのは去年の夏休みまでだったし、期待薄かな。見当違いで、ごめん」
「いや、別に……」
夏休み、という単語が、俺の中で引っ掛かった。
「機会があったら、連絡してみます」
「無理しなくていいよ。それじゃ、また明日」
軽く手を振って、浅沼が帰って行った。
「どことなく、儚さを纏った美人だな、浅沼先輩」
中性的な顔立ちや、細身の体型、色素が薄い感じ。
容姿も然ることながら、話し方や表情も控えめで、触れたら消えそうな儚さがある。
「遥先輩も、黙っていたら似た感じだと思います」
「なんだ、それ。どういう意味だよ」
カメラで画像確認を始めていた圭吾を睨む。
「背が小さくて可愛いから、小動物っぽい。でも、口を開くと男前」
「褒めてねぇな? 褒めてねぇよな、おい! チビって言うな!」
「そういうとこ、そういうとこ。あと、チビとは言ってない」
襲い掛かろうとした俺の両手を、圭吾が受け止める。
力いっぱい押してるのに、びくともしない。
背が高いから手も大きくて、握り込まれたら俺の手なんかすっぽり収まって見えない。
「手を離しやがれ。デカいからって狡い……」
一瞬、視界の端に何かが映った。
動きが止まった俺を、圭吾が眺めている。
「先輩? どうかしました?」
「いや、今、何かが……」
さっきと同じ場所でまた、何かが動いた。
(え? 何? 何かが揺れて……、いや。動いた? 髪が靡いたみたいな……)
ふわり、と人の手のようなものが動いた、気がする。
思わず圭吾に抱き付いた。
「なんか、見えた! 髪の長い女みたいな。ま、まさか、幽霊?」
そういえば、この部屋はオバケが出るとか言っていた。
今まで生きてきて、オバケなんか見たことがないから、俄に信じ難い。
「あ、先輩にも見えました? 実は俺も見たこと、あるんですよね。この部屋のオバケ」
圭吾があまりにも落ち着いている。信じられない。オバケに遭遇した人間の反応じゃない。
「なんで、そんな落ち着いてんの? オバケ、怖くないの?」
「今は、怖くないです。先輩が可愛くて、それどころじゃないです」
長い腕で、ぎゅっと胸に抱き収められた。
本当に収まるって感じだ。俺の体が圭吾の胸にすっぽり収まって、圭吾の腕が背中に回っている。
(何だ、この状況。いや、自分から抱き付いたな、うん。だけど、なんで圭吾は抱き返してきてんの?)
現状を把握したら、一気に恥ずかしくなった。
離れたくてジタバタしても、圭吾が離してくれない。バスケで培われた腕力が、強すぎる。
「い、一回、離れようか。もう落ち着いた。大丈夫だから」
「本当ですか? まだドキドキしてるみたいですけど」
お前が密着しすぎているからだ、といいたいのに言えない。
心臓の音までだだ漏れなんて、恥ずかしくて死ぬ。
「大丈夫、放してくれたら落ち着く。だから、離れて……」
ドキドキが激し過ぎて苦しくて、言葉の語尾が弱くなった。
何故か、圭吾が顔を近付けてきた。離れろと言っているのに近付いてくるとか、意味わからん。
「声、震えてる。そんなにオバケ、怖いですか? 遥先輩、可愛い」
イケボが耳元で囁いた。
心臓が爆発するかと思った。
力が抜けて、へたり込みそうになる。
「頼むから、一回、休ませてくれ」
これ以上の萌えやキュンの摂取は致死量を超える。
心臓が本気で壊れかねない。
残念そうにしながら、圭吾が腕を離した。
俺の顔を見た途端に、何故か良い笑顔になった。
「もう、怖くないですか?」
「怖さとか全部、吹っ飛んだ」
お前のせいで今は、それどころじゃない。
心臓の鼓動はまだ早いし、顔も耳も熱くて、足とかちょっと震えてる。
圭吾の笑顔の意味が、解らない。わからなすぎて、ムカつく。
教室に圭吾が来ると、クラスの女子も男子も、色々うるさい。
「背が高いイケメンは女子にモテる。男どもには、忠犬扱いされる。ウザい」
その上、一部のクラスメイトには恋人疑惑を持たれている。
その勘違いは悲しくなるから、やめてほしい。
(本当に恋人だったら、俺だってちょっとくらい、態度が違うのに)
そんなことを考えている自分が、悲しい。
部室に向かう途中で、案の定、圭吾に会った。
「遥先輩、迎えに行こうと思っていたんです」
「わざわざ来なくても、帰ったりしねぇよ」
「はい、わかってます。先輩も、あのシネマトグラフ、気になりますよね」
圭吾が嬉しそうにニコニコしている。
何とも複雑な気分だ。
部室には既に、浅沼が来ていた。
パソコンは起動してあるし、カメラも揃えてくれていた。
「俺は今日、塾があるから先に帰るけど、使った機材はちゃんと片付けて帰ってね」
「わかりました」
浅沼が部室の鍵を圭吾に手渡した。
「塾があるのに、わざわざ部室を開けておいてくれたんですか?」
「俺も気になるからさ。未完成のシネマトグラフ。協力できることは、したいと思って」
浅沼がバッグを持って立ち上がった。
「明日は俺も参加するよ。何か収穫があったら、教えて。そうだ、植野。メッセのアドレス、交換しとこうよ」
「いいですよ、どぞ」
スマホを取り出すと、浅沼がちらりと目を上げた。
「植野ってさ、朝陽と仲良かったよね。今でも連絡、取ってる?」
「朝陽さんと、ですか? 連絡先は知ってるけど、最近は全然だなぁ。日本にいた頃は、普通に仲良くしてたけど」
父親と一緒に家に行ったり来たり、といった仲だった。
普通の先輩後輩とも、友人とも違う不思議な距離感だった。
「そっか。朝陽なら、もしかしたら何か知ってるかなって思ったんだけど」
「謎のレイヤーについて、ですか?」
「うん……。けど、朝陽がこの学校にいたのは去年の夏休みまでだったし、期待薄かな。見当違いで、ごめん」
「いや、別に……」
夏休み、という単語が、俺の中で引っ掛かった。
「機会があったら、連絡してみます」
「無理しなくていいよ。それじゃ、また明日」
軽く手を振って、浅沼が帰って行った。
「どことなく、儚さを纏った美人だな、浅沼先輩」
中性的な顔立ちや、細身の体型、色素が薄い感じ。
容姿も然ることながら、話し方や表情も控えめで、触れたら消えそうな儚さがある。
「遥先輩も、黙っていたら似た感じだと思います」
「なんだ、それ。どういう意味だよ」
カメラで画像確認を始めていた圭吾を睨む。
「背が小さくて可愛いから、小動物っぽい。でも、口を開くと男前」
「褒めてねぇな? 褒めてねぇよな、おい! チビって言うな!」
「そういうとこ、そういうとこ。あと、チビとは言ってない」
襲い掛かろうとした俺の両手を、圭吾が受け止める。
力いっぱい押してるのに、びくともしない。
背が高いから手も大きくて、握り込まれたら俺の手なんかすっぽり収まって見えない。
「手を離しやがれ。デカいからって狡い……」
一瞬、視界の端に何かが映った。
動きが止まった俺を、圭吾が眺めている。
「先輩? どうかしました?」
「いや、今、何かが……」
さっきと同じ場所でまた、何かが動いた。
(え? 何? 何かが揺れて……、いや。動いた? 髪が靡いたみたいな……)
ふわり、と人の手のようなものが動いた、気がする。
思わず圭吾に抱き付いた。
「なんか、見えた! 髪の長い女みたいな。ま、まさか、幽霊?」
そういえば、この部屋はオバケが出るとか言っていた。
今まで生きてきて、オバケなんか見たことがないから、俄に信じ難い。
「あ、先輩にも見えました? 実は俺も見たこと、あるんですよね。この部屋のオバケ」
圭吾があまりにも落ち着いている。信じられない。オバケに遭遇した人間の反応じゃない。
「なんで、そんな落ち着いてんの? オバケ、怖くないの?」
「今は、怖くないです。先輩が可愛くて、それどころじゃないです」
長い腕で、ぎゅっと胸に抱き収められた。
本当に収まるって感じだ。俺の体が圭吾の胸にすっぽり収まって、圭吾の腕が背中に回っている。
(何だ、この状況。いや、自分から抱き付いたな、うん。だけど、なんで圭吾は抱き返してきてんの?)
現状を把握したら、一気に恥ずかしくなった。
離れたくてジタバタしても、圭吾が離してくれない。バスケで培われた腕力が、強すぎる。
「い、一回、離れようか。もう落ち着いた。大丈夫だから」
「本当ですか? まだドキドキしてるみたいですけど」
お前が密着しすぎているからだ、といいたいのに言えない。
心臓の音までだだ漏れなんて、恥ずかしくて死ぬ。
「大丈夫、放してくれたら落ち着く。だから、離れて……」
ドキドキが激し過ぎて苦しくて、言葉の語尾が弱くなった。
何故か、圭吾が顔を近付けてきた。離れろと言っているのに近付いてくるとか、意味わからん。
「声、震えてる。そんなにオバケ、怖いですか? 遥先輩、可愛い」
イケボが耳元で囁いた。
心臓が爆発するかと思った。
力が抜けて、へたり込みそうになる。
「頼むから、一回、休ませてくれ」
これ以上の萌えやキュンの摂取は致死量を超える。
心臓が本気で壊れかねない。
残念そうにしながら、圭吾が腕を離した。
俺の顔を見た途端に、何故か良い笑顔になった。
「もう、怖くないですか?」
「怖さとか全部、吹っ飛んだ」
お前のせいで今は、それどころじゃない。
心臓の鼓動はまだ早いし、顔も耳も熱くて、足とかちょっと震えてる。
圭吾の笑顔の意味が、解らない。わからなすぎて、ムカつく。

