しょげた顔で、圭吾が俺の体を降ろした。
すぐじゃれてくる辺りは無邪気というか、弟みたいに思わなくもないんだが。恋人希望としては、悲しい関係だ。
「えーっと。遠藤、三番だっけ?」
「はい、三番のカメラです」
浅沼が棚に仕舞っていた一眼レフを取り出した。
手渡されて、若干戸惑う。
「遠藤が見付けてくれた藤棚と夕日の写真が保存されてたカメラ。他にも何枚か、写真が残ってる」
起動して、写真を確認する。
カメラに残る夕日の写真と、パソコンの写真を何度も見比べた。
「やっぱり、加工後のレイヤーですね。彩光上がってるし、コントラスト変わってる。作り掛けってわけじゃなさそう。レイヤー重ねながらの微調整まで終わってるかは、わかんねぇけど」
同じように藤棚の写真も、元の写真より陰影が強く、色味が濃くなっている。
「これをメインの背景レイヤーにするつもりだったのは、間違いないか。残りの三枚が何処にあるかだけど。パソコンの中には、なかったんだろ?」
カメラの中の写真を確認しながら、圭吾に問い掛ける。
「それが、フォルダの中に色んな写真がたくさんあって、逆にわからないというか」
A2フォルダの中には、かなりの数の写真が保管されている。きっと朝陽が写真部で加工したレイヤーだろう。
パソコンのスタート画面も、フォルダだらけだ。
このフォルダの中が全部、写真や加工後のレイヤーだとしたら、確認するだけでも大変だ。なんなら、確認したってわからない可能性が高い。
夕日と藤棚に、他にどんな写真を合わせるつもりだったかなんて、作った本人しか知り得ないんだから。
「何百枚あるのって感じだからね。お手上げって感じでしょ?」
浅沼が乾いた笑いを漏らした。
俺は空間に投影されている二枚の写真が入っていたフォルダを眺めた。
「A2か。A1てフォルダは、ねぇの?」
「ないですね」
「A3も?」
「ないです」
「そもそもフォルダ名って、規則性持って付けてます?」
後ろの浅沼を振り返る。
「そういうのは、ないよ。部員が個人で自分のフォルダに名前を付けてただけだから」
「このA2ってフォルダは、誰が使ってたか、わかりますか?」
「……さぁ、覚えてないな」
浅沼が不意に目を逸らした。
「3Dシネマトグラフって、学生だと何人かでチーム組んで作るのが一般的ですよね。写真部のチーム表みたいの、ありますか?」
「去年と一昨年のなら、あるよ。ちょっと待ってね」
浅沼が、カメラの並ぶ棚の隣を探し始めた。
俺はまた、フォルダの名称をじっくりと確認していった。
隣に座る圭吾の視線が気になる。明らかにパソコンじゃなく、俺を見ている。
「……何だよ」
気恥ずかしくて、ちょっとツンツンした言い方になった。
「遥先輩がやる気になってくれたから、嬉しいと思って」
「別に、やる気になってねーよ。ただちょっと、気になるかなって」
本当に、やる気になんか、なっていない。
ただ、ちょっと見てしまったから、気になるだけだ。
「あった。これかな。けど、どのチームのフォルダかまでは、書いてないね」
浅沼がA4サイズの紙を持ってきた。
チーム人数は二人から、多いと五人まで幅広い。
写真部の中で、五チームが編成されている。
「チームメンバーは大きく変わりないんですね。先輩が抜けたところに一年生が補填されている感じですか」
圭吾の言う通り、一昨年と昨年を比較すると、大きな変化はない。
「浅沼先輩は去年もその前も、朝陽さんと二人で組んでたんですね」
「一年の時から、ずっと一緒だったよ。朝陽は一人でもできちゃう人だったからね。俺は簡単なサポートって感じ。あとは主に被写体かな」
「それは、わかる」
隣で圭吾が俺と同じように納得の顔で頷いた。
モデルみたいに綺麗な浅沼なら、どんな背景でも絵になりそうだ。
何より、朝陽が好みそうだと思った。
「そういうところがきっと、他の部員には鼻に付いたんだろうね。仕方のないことだけど」
「そういうところとは、何でも一人でできるって部分ですか?」
圭吾の問いかけに浅沼が困った顔で笑った。
「チームリーダーを一人立てて、撮影と、一枚ずつの写真の加工を分業にする。あとは、レイヤー重ねるバランス担当って振り分けが、チームでやるなら妥当ですけど。一人でやったほうが、イメージ通りの写真ができるのは確実ですよ」
どんなに言葉で伝えても、同じ感覚を共有するのは難しい。
感覚やセンスの部分になれば、尚更だ。
「植野は朝陽と同種の人間だから、そう思うんだよ。そうじゃない人間には、全部一人でやっちゃうって、中々理解できない感覚なんだよ」
「そういうもんすか?」
榛葉朝陽のセンスが並外れているのは、理解できる。
だけど、自分が同種だとまでは思わない。
「俺には浅沼先輩の言葉が、理解できます。撮影から一人でって、めちゃくちゃ大変だし。加工だってレイヤー統合だって、時間もセンスも、かなり必要です。それ全部、当たり前みたいに一人で作業して、結果がチームより出来栄えの素晴らしい作品だったら、正直悔しいなって、思います」
「遠藤の感覚が一般的。全国大会の学生部門だって、三人以上のチームがほとんどだよ」
「それはまぁ、そうですけど」
時間と手間はかかるが、俺にとっては一人のほうが気楽だし、楽しい。
センスの合わない人間と無理して合わせるほうが地獄だ。
「俺は遥先輩と組みたいです」
「写真部に入るなんて、言ってねぇ」
圭吾のラブコールは秒で切り捨てた。
「とにかくフォルダとカメラの写真、改めて全部、確認すんぞ。パソコンに何かの痕跡が残っている可能性もあるから」
「一緒に探してくれるんですか?」
圭吾が目をキラキラさせている。
とても嬉しそうだ。そんな顔をされると、こっちまで嬉しくなるから、困る。
「メインレイヤーはまだ三枚ありそうだし、何となくだけど、見付けたら完成できそうじゃん。完成したシネマトグラフ、俺も見てぇし」
ここまで関わったら、途中で投げ出すのも気持ちが悪い。
すっきりするところまでは、正解を知りたい。
「俺も見たいです。よろしくお願いします、遥先輩」
「このシネマトグラフ、完成するまでだからな! 入部するわけじゃねぇから!」
「はい、わかってます」
圭吾が俺の手を握ってぶんぶん振り回す。
体がデカいせいなのか、動作が大きい。体ごと振り回されそうだ。
「じゃ、その間、植野は仮入部だね」
「え? 仮……入部、しなきゃダメっすか?」
浅沼の言葉に、動きが止まった。
「写真は部外秘だし、部室のパソコンやカメラを使うなら、仮でも入部扱いにしないと。顧問の先生にも説明できないなぁ」
「それは、そっか」
浅沼の提案には納得せざるを得ない。
写真部は高価な機材が多いから、余計に備品管理が厳重だ。
「仮です。あくまで仮ですから、遥先輩」
「わかった、わかってる。やるって言っちゃったもんな。仕方ないよな。……仮入部で、お願い、します」
必死に自分に言い聞かせて納得した。
なんだか圭吾に良いように転がされている気がして、げんなりした。
すぐじゃれてくる辺りは無邪気というか、弟みたいに思わなくもないんだが。恋人希望としては、悲しい関係だ。
「えーっと。遠藤、三番だっけ?」
「はい、三番のカメラです」
浅沼が棚に仕舞っていた一眼レフを取り出した。
手渡されて、若干戸惑う。
「遠藤が見付けてくれた藤棚と夕日の写真が保存されてたカメラ。他にも何枚か、写真が残ってる」
起動して、写真を確認する。
カメラに残る夕日の写真と、パソコンの写真を何度も見比べた。
「やっぱり、加工後のレイヤーですね。彩光上がってるし、コントラスト変わってる。作り掛けってわけじゃなさそう。レイヤー重ねながらの微調整まで終わってるかは、わかんねぇけど」
同じように藤棚の写真も、元の写真より陰影が強く、色味が濃くなっている。
「これをメインの背景レイヤーにするつもりだったのは、間違いないか。残りの三枚が何処にあるかだけど。パソコンの中には、なかったんだろ?」
カメラの中の写真を確認しながら、圭吾に問い掛ける。
「それが、フォルダの中に色んな写真がたくさんあって、逆にわからないというか」
A2フォルダの中には、かなりの数の写真が保管されている。きっと朝陽が写真部で加工したレイヤーだろう。
パソコンのスタート画面も、フォルダだらけだ。
このフォルダの中が全部、写真や加工後のレイヤーだとしたら、確認するだけでも大変だ。なんなら、確認したってわからない可能性が高い。
夕日と藤棚に、他にどんな写真を合わせるつもりだったかなんて、作った本人しか知り得ないんだから。
「何百枚あるのって感じだからね。お手上げって感じでしょ?」
浅沼が乾いた笑いを漏らした。
俺は空間に投影されている二枚の写真が入っていたフォルダを眺めた。
「A2か。A1てフォルダは、ねぇの?」
「ないですね」
「A3も?」
「ないです」
「そもそもフォルダ名って、規則性持って付けてます?」
後ろの浅沼を振り返る。
「そういうのは、ないよ。部員が個人で自分のフォルダに名前を付けてただけだから」
「このA2ってフォルダは、誰が使ってたか、わかりますか?」
「……さぁ、覚えてないな」
浅沼が不意に目を逸らした。
「3Dシネマトグラフって、学生だと何人かでチーム組んで作るのが一般的ですよね。写真部のチーム表みたいの、ありますか?」
「去年と一昨年のなら、あるよ。ちょっと待ってね」
浅沼が、カメラの並ぶ棚の隣を探し始めた。
俺はまた、フォルダの名称をじっくりと確認していった。
隣に座る圭吾の視線が気になる。明らかにパソコンじゃなく、俺を見ている。
「……何だよ」
気恥ずかしくて、ちょっとツンツンした言い方になった。
「遥先輩がやる気になってくれたから、嬉しいと思って」
「別に、やる気になってねーよ。ただちょっと、気になるかなって」
本当に、やる気になんか、なっていない。
ただ、ちょっと見てしまったから、気になるだけだ。
「あった。これかな。けど、どのチームのフォルダかまでは、書いてないね」
浅沼がA4サイズの紙を持ってきた。
チーム人数は二人から、多いと五人まで幅広い。
写真部の中で、五チームが編成されている。
「チームメンバーは大きく変わりないんですね。先輩が抜けたところに一年生が補填されている感じですか」
圭吾の言う通り、一昨年と昨年を比較すると、大きな変化はない。
「浅沼先輩は去年もその前も、朝陽さんと二人で組んでたんですね」
「一年の時から、ずっと一緒だったよ。朝陽は一人でもできちゃう人だったからね。俺は簡単なサポートって感じ。あとは主に被写体かな」
「それは、わかる」
隣で圭吾が俺と同じように納得の顔で頷いた。
モデルみたいに綺麗な浅沼なら、どんな背景でも絵になりそうだ。
何より、朝陽が好みそうだと思った。
「そういうところがきっと、他の部員には鼻に付いたんだろうね。仕方のないことだけど」
「そういうところとは、何でも一人でできるって部分ですか?」
圭吾の問いかけに浅沼が困った顔で笑った。
「チームリーダーを一人立てて、撮影と、一枚ずつの写真の加工を分業にする。あとは、レイヤー重ねるバランス担当って振り分けが、チームでやるなら妥当ですけど。一人でやったほうが、イメージ通りの写真ができるのは確実ですよ」
どんなに言葉で伝えても、同じ感覚を共有するのは難しい。
感覚やセンスの部分になれば、尚更だ。
「植野は朝陽と同種の人間だから、そう思うんだよ。そうじゃない人間には、全部一人でやっちゃうって、中々理解できない感覚なんだよ」
「そういうもんすか?」
榛葉朝陽のセンスが並外れているのは、理解できる。
だけど、自分が同種だとまでは思わない。
「俺には浅沼先輩の言葉が、理解できます。撮影から一人でって、めちゃくちゃ大変だし。加工だってレイヤー統合だって、時間もセンスも、かなり必要です。それ全部、当たり前みたいに一人で作業して、結果がチームより出来栄えの素晴らしい作品だったら、正直悔しいなって、思います」
「遠藤の感覚が一般的。全国大会の学生部門だって、三人以上のチームがほとんどだよ」
「それはまぁ、そうですけど」
時間と手間はかかるが、俺にとっては一人のほうが気楽だし、楽しい。
センスの合わない人間と無理して合わせるほうが地獄だ。
「俺は遥先輩と組みたいです」
「写真部に入るなんて、言ってねぇ」
圭吾のラブコールは秒で切り捨てた。
「とにかくフォルダとカメラの写真、改めて全部、確認すんぞ。パソコンに何かの痕跡が残っている可能性もあるから」
「一緒に探してくれるんですか?」
圭吾が目をキラキラさせている。
とても嬉しそうだ。そんな顔をされると、こっちまで嬉しくなるから、困る。
「メインレイヤーはまだ三枚ありそうだし、何となくだけど、見付けたら完成できそうじゃん。完成したシネマトグラフ、俺も見てぇし」
ここまで関わったら、途中で投げ出すのも気持ちが悪い。
すっきりするところまでは、正解を知りたい。
「俺も見たいです。よろしくお願いします、遥先輩」
「このシネマトグラフ、完成するまでだからな! 入部するわけじゃねぇから!」
「はい、わかってます」
圭吾が俺の手を握ってぶんぶん振り回す。
体がデカいせいなのか、動作が大きい。体ごと振り回されそうだ。
「じゃ、その間、植野は仮入部だね」
「え? 仮……入部、しなきゃダメっすか?」
浅沼の言葉に、動きが止まった。
「写真は部外秘だし、部室のパソコンやカメラを使うなら、仮でも入部扱いにしないと。顧問の先生にも説明できないなぁ」
「それは、そっか」
浅沼の提案には納得せざるを得ない。
写真部は高価な機材が多いから、余計に備品管理が厳重だ。
「仮です。あくまで仮ですから、遥先輩」
「わかった、わかってる。やるって言っちゃったもんな。仕方ないよな。……仮入部で、お願い、します」
必死に自分に言い聞かせて納得した。
なんだか圭吾に良いように転がされている気がして、げんなりした。

