隣にいたい片想い ーシネマトグラフに残した想いー

 高校二年、六月。
 新緑が萌ゆる季節が過ぎて、じわんりと初夏の陽気が近付いてきた。
 俺――植野遥は、正式に写真部に入部した。
 今年のシネマトグラフ全国大会は、翔陽高校写真部として参加予定だ。

 浅沼先輩は塾に通いながら部活に参加している。
 進学先を本格的にロサンゼルスの大学に絞ったから、塾の授業を増やしたらしい。
 今は朝陽と順調に遠距離恋愛中だ。

 ちょっとずつ声を掛けて、戻ってきた部員もいた。
 更に、掛け持ち部員も仮入部した。

「メインレイヤーを一枚決めて、周囲に写真を置いていくんだよ。そうそう、バランス考えて、まずは構図な。それから加工すっから」
「さっきも同じ工程、やってなかったか?」
「何回も確認してバランス調整すんの! 最初が肝心なの!」

 夏彦が、目頭を押さえた。

「俺は何で、写真部の部室でパソコンに向かってんだ」
「お前がシネマトグラフを知りたいって言ったんだろ」
「ざっくり知れたら良かったんだよ。仮入部も、考えとくとしか言ってねぇ」

 USBを返してもらってから、夏彦とは話す機会が増えた。
 夏彦は、俺が思っていた以上に俺の陸上部時代を知っていて、正直驚いた。
 あの頃は、そこまで話す友達って感じでもなかったのに。

「俺も木島先輩は、入部する必要ないと思います。気が済んだら、さっさとバスケ部に帰ってください」

 圭吾の夏彦への対応は塩だ。
 態度から察するに、あまり好きではないらしい。
 中学の時は普通だった気がする。
 四月はバスケ部への勧誘もしつこかったようだから、嫌になったんだろうか。

「遠藤の言う通りだよ。木島は、さっさとバスケ部に帰りなよ。俺たち元部員が、どれだけ怖い思いさせられたと思ってんの?」

 田村が煙たそうな視線を夏彦に向ける。
 声を掛けたら、田村は喜んで戻ってきてくれた。
 田村にとっては退部の原因になった相手だから、やっぱり夏彦が嫌いらしい。

「ちょっと距離詰めて、あんな部活やめちまえって言っただけだろ」
「充分、怖いよ。木島デカいし、人相悪いんだから。もっと自覚しなよ」

 怖いと言いながら、しっかり自己主張できるのは、悪くない関係だと思うんだが。
 夏彦と田村は仲良くなれそうだと、俺は思う。

「まぁまぁ、植野の指導でシネマトグラフに興味を持ってくれたら、見え方も変わるかもしれないよ……色々とね」

 浅沼が優しく大人の意見を述べた。
 夏彦が気まずそうな顔をしている。
 浅沼に対しては、まだ複雑な心境があるようだ。

「植野に指導してもらえるなんて、マジであり得ないんだからね。かなり貴重なんだから、有難く思いなよ」

 田村が浅沼の背中に隠れながら悪態を吐いた。
 
「よくわかんねぇよ。とりあえず、写真を重ねればいいんだろ」
「はぁ⁉ あれだけ説明されて、それしかわかってないの? ガチの馬鹿なの? ねぇ、馬鹿!」
「うるせぇ、チビ! 去年はビビってたくせに、味方が増えたからってイキってんじゃねぇよ!」

 夏彦と田村が言い合いしている。
 やっぱり、仲が良さそうだ。

「はいはい、喧嘩しないで。今日は構図取とメイン背景の加工まで、やってみようか」

 浅沼が、さりげなく二人をパソコンに向けた。

「じゃぁ、夏彦の指導は浅沼先輩と田村に任せよっかな」
「えぇ! 嫌だよ、植野がしてよ」

 嫌がる田村の隣で、浅沼がすんなり承諾してくれた。

「俺は構わないよ。木島とは話したいことも、多少あるからね」
「俺は今更、ねぇけどな」

 夏彦が、げんなりした。

 彬人は、夏彦の代理謝罪以降、浅沼に連絡してこなくなった。
 なんと、転校先の高校に恋人がいるらしい。
 だからこそ、ケリをつけるために、浅沼に謝りたかったのだそうだ。
 浅沼が謝罪を受け入れたこと。
 朝陽と浅沼が交際し始めた事実に安堵していたと、夏彦が教えてくれた。

 だから、夏彦的にはもう浅沼と話すこともないんだろう。

「そう? 木島が知りたいこと、俺は部内で一番、答えてあげられると思うけどな」

 浅沼が夏彦に耳を寄せた。
 何かを、こそっと囁いたように見えた。
 
「はぁ⁉ 植野なんか気にしてねぇし、そういうんじゃねぇよ!」

 何故か、夏彦が顔を真っ赤にして怒った。
 浅沼が楽しそうに笑っている。
 この二人も、良い感じに仲が良さそうだ。

「それより、植野は素材探しに行きたいんだろ?」

 浅沼が棚から一眼レフを取り出して、俺と圭吾に手渡した。

「今日は天気が良いから、外に行きたいっすね。今の季節じゃないと撮れない写真、いっぱいあるから。学校の写真、できるだけたくさん、撮りたいんす」

 初夏は、景色が濃い。
 写真映えする季節だ。
 背景写真の良い素材が、たくさん撮れる。
 どうせなら学校の周りの風景を積極的に使って、シネマトグラフを作りたい。

「てことで、俺と圭吾は素材集めな。校内、ぐるっと回ってこようぜ」
「はい、喜んで」

 一も二もなく圭吾が頷いた。

「俺も植野と素材集めが良いよ」
「すみません、田村先輩。遥先輩の隣は、俺が独占してるんで。譲れません」

 圭吾がさらりと口にするから、流しそうになった。
 恥ずかしくて、顔が熱くなる。
 田村がよくわからない顔をして、首を傾げた。

「時間をかけて、たくさん撮り集めて来てね。ゆっくりしてきて、いいからね。暑いから途中、水分とか取って、休憩しながらね」
「ありがとうございます、部長」

 圭吾が浅沼に深々と頭を下げている。
 俺たちの事情を知っている浅沼が、暗にイチャイチャ許可を出した。
 めちゃくちゃ恥ずかしい。

「いいから、行くぞ。んじゃ、行ってきまーす」

 圭吾のジャケットを引っ張って、部室を出る。
 浅沼がニコニコと送り出してくれた。

 蛍光灯の光から、太陽の下に出る。
 まだ六月なのに、夏のような強い日差しが降り注ぐ。
 眩しい光に、目を眇めた。

「どこから回ります?」
「正門近くの桜の木! 新緑の桜も、綺麗だろ」
「そうですね。あの場所だと、空も綺麗に撮れそうです」
「だよな! プールに水張ってたら、空と一緒に良い写真が撮れんのになぁ」

 大きな水面に映る空を、本物の空と一緒に撮ったら映えそうだ。
 歩き出した俺に、圭吾が手を伸ばした。

「行きましょう、遥先輩」

 さすがに、周囲をキョロキョロした。

「誰も見てませんよ。人が来たら離しますから」

 耳元でこそっと囁かれて、耳が熱くなった。

「じゃ……ちょっとだけ」

 おずおずと伸ばした手を、圭吾が迷いなく握った。
 相変わらず大きな手は、俺の小さな手なんか見えないくらいに包み込む。

 俺を振り返って、圭吾が笑った。
 その顔を見ていられるだけで、幸せだ。
 
 やっぱり、圭吾じゃなきゃダメだ。
 圭吾じゃなきゃ嫌だ。

 俺の隣には、いつだって圭吾にいてほしい。
 一年半前に籠めた想いは、今でも変わっていない。

『My one and only』

 これから始まる新しい写真部でも、ずっと。
 その先も二人で歩いて行けるように。
 そんな風に思いながら、初夏の校庭を手を繋いで走った。