隣にいたい片想い ーシネマトグラフに残した想いー

 部室を出た俺たちは、何となく、屋上の踊り場に来た。
 途中の自販で買ったブラックコーヒーの缶を開ける。
 今日も圭吾はミルクコーヒーだ。

「タイミングが神だったな。天才はタイミングさえ味方に付けるのか。まさか朝陽さんが、本当に日本に来るとは思わなかった」
「遥先輩が榛葉先輩と電話で話したの、一昨日の夜ですよね。時差を考えると、電話したその日に動いていないと、間に合わないタイミングですね」

 浅沼の涙を拭きに来いと、確かに言った。
 朝陽も行くと言っていた。
 けど、こんなに早く有言実行するとは、さすがに思わなかった。
 まさに、居ても立ってもいられない状況だったんだろう。

「俺、まだ連絡してなかったのになぁ」

 USBが戻ったら連絡が欲しいと、朝陽に言われていた。
 今日の夜にでも電話しようと思っていたのに。
 その必要はなくなった。

「けど、やっぱり来てくれましたね。白い彼岸花の花言葉、また会う日を楽しみに、だったから」
「それって、去年の転校前の時点で、迎えに来る気満々だった、ってことだな」

 朝陽がUSBを浅沼に渡したのは、転校直前だ。

「結局、レイヤーを壊してしまった事件が枷になっていたんでしょうね」
「全部とは言わねぇけど、木島彬人のせいだな」

 彬人の邪魔さえ入らなければ、二人はもっと早くに互いの想いを伝えあっていたかもしれない。

「両片想いって、傍から見てると、じれったくて、もどかしいんだな」

 特に俺は、浅沼と朝陽両方の話を聞いて、二人の想いを知っていたから、余計にそう感じる。

「そうですね。周りの人間は知ってるけど、当人たちは知らないってパターンですもんね」

 それはそれで、切ない状況だ。

「けど、これで解決だよな。朝陽さんのシネマトグラフは完成したし。朝陽さんと浅沼先輩はくっ付いたし。俺も、ちょっとは肩の荷が下りたかなぁ」

 両腕を上げて、うんと背伸びした。
 担うと断言した責任の内、一つは果たせた、と思っていいだろう。

「じゃぁ、遥先輩。次は俺の話、聞いてくれますか?」

 圭吾がミルクコーヒーを置いて、俺を見詰めた。
 全部が解決したら、圭吾の話を聞くって、約束した。

「うん……そういう約束、だもんな。聞くよ……」

 タイミングが突然で、気持ちの整理は全然できていないが。
 俺の告白に、圭吾が気付いていたのか、いないのか。
 知りたいけど知りたくない。

 とくとくと、鼓動が静かに速まる。

「俺が中二の時に、遥先輩がくれたシネマトグラフにも、メッセージを籠めてくれましたよね?」

 ビクンと肩が震えて、反射的に顔を逸らした。
 すぐに答えが来た。
 やっぱり、圭吾は気が付いていた。

(いつ、気が付いたんだ。最初から? それとも、最近?)

 心臓はバクバクだし、指は震える。
 怖くて聞き返せない。
 圭吾が俺の返事を待っているから、小さく、本当にちょっとだけ、頷いた。

「実は俺、最初は、わからなかったんです。理解したのは中三になってからで」
「ちゅっ……中三の、いつ頃?」
「夏休みです。その……恥ずかしいんですけど。筆記体が、読めなかったんです」
「……え?」
「英語の、筆記体。塾でたまたま習って、読めるようになりました」

 圭吾の返答に、俺は固まった。
 読めなかったのなら、理解できなくて当然だ。
 気付くとか、そういう話ですらない。

「あー……っ、あー……そっか、そうだったんだ! やらかしたの、俺か!」

 格好つけて、筆記体の単語が浮かび上がるように、シネマトグラフに加工した。
 今にして考えれば、めちゃめちゃ厨二病な発想だ。
 恥ずかしくて消えたい。
 
「気が付いた時、嬉しかったです。その時、自分の気持ちにも気が付きました。俺、遥先輩が好きだって。だから、同じ高校に入りたくて、めちゃめちゃ勉強しました」
「は……? え……? 今、なんて?」
「めちゃめちゃ勉強して、同じ高校に入りました。俺、部活ばっかであんまり勉強してなかったんで」
「そうじゃねぇ! そこじゃねぇ! 圭吾が、俺のこと……」
「好きです。遥先輩の隣にいたいって、言ったでしょ。今は、独占したいです」
「聞いた、けど。うそ……本当に?」

 ずっと片想いだと思っていたから。
 急に好きとか言われても、うまく飲み込めない。

「中学の時から、遥先輩の隣にいるの、当たり前だったから。中三になって会えなくなって、当たり前じゃなかったんだって、気が付きました」

 圭吾の話が、あまりに現実味がない。
 なのに心臓は、とくとくと鼓動を速める。

「高校に入った遥先輩には、新しい出会いがあるだろうし、他に好きな人ができたかもしれない。今でも俺を好きでいてくれるか、わからないと思ったら、この話ができなくて……」
「うわぁ! 好きとか言うなぁ!」

 心臓のドキドキが限界を超えた。
 思わず耳を塞いで突っ伏した。

「先輩、遥先輩。俺の話、聴いて」
 
 圭吾がやんわりと俺の手首を掴んで、耳から離す。

「あの時、ちゃんと返事ができなかったけど。気付いてからは、ずっと遥先輩のことばかり、考えていました」

 圭吾が腕を掴む手を放してくれない。
 指先まで熱くて、肌が勝手に圭吾の熱を感じ取る。

「俺は今も、遥先輩が好きです。遥先輩は今、俺のこと、どう想っていますか?」

 圭吾が、俺のこと、好きって言った?
 聞き間違いか? 俺の妄想か?
 一年半越しの告白に、気持ちが付いていかない。

(まさか、圭吾が俺を好きとか、そんな……本当の、本当に?)

 圭吾が真っ直ぐに俺を見詰めている。
 何で、そんなに、はっきり真っ直ぐ聞けるの?
 お前は俺の返事が、怖くないの?

「俺、は……」

 俺の手を握る圭吾の指が、震えているのに気が付いた。

 そっか、そうだよな。
 圭吾だって、怖いよな。
 俺の告白は、一年半も前なんだから。
 圭吾だって同じように、不安に思っていたんだ。

 あれから時間が経っても、同じ想いが、俺の中にはあって。
 中学の頃の圭吾も、高校生の圭吾も好きだ。
 きっと圭吾も、今の俺も好きでいてくれてる。
 そう、思うから――俺もちゃんと、話さないといけない。

「シネマトグラフを渡した時からずっと、同じだよ。でも、圭吾はストレートだと思ってたし、告白スルーされたって思ってたから。俺の片想いだと思ってた」
「やっぱり、スルーしたって思われてたんですね。返事してないから、そうですよね。ごめんなさい」
「いや、それはむしろ俺が悪かったって、たった今、判明したから」

 俺の厨二病が招いた自業自得だった。

「俺、自分のセクシャリティ伝えましたよ。けど、触れたいとかキスしたいとか、そんな風に思う好きは、遥先輩が初めてです」
「き! キス……したいの? 俺と?」
「好きだから、したいです。遥先輩の全部を、俺だけが独占したいです」
「え……えぇ……」

 圭吾が急に甘い台詞を吐き始めた。
 展開が急すぎて、脳がフリーズしそうになる。

「だから、ちゃんと教えてください。遥先輩の気持ち、知りたいです」

 俺の腕を離さないまま、圭吾の顔が間近に迫る。
 こんなに近いと、言葉が出ない。

「教えてくれないと、キスできない」
「おまっ! もうわかってんだろ。する気満々じゃん!」
「する気満々ですけど。今のままキスしたら、遥先輩はちゃんと言ってくれませんよね」

 圭吾の手が顎に掛った。
 頬を撫でた指が、するりと唇に滑る。
 心臓が、壊れそうだ。

「お前、なんか慣れてない?」
「慣れてないです。必死なだけです。遥先輩を誰かに取られる前に、俺のにしたい」
「取られたり……しねぇよ。俺が好きなの、圭吾だけだもん。フラれたって思ってたのに、その後もずっと好きなんだぞ」

 俺は、観念した。
 これ以上は、気を失いそうだ。

 圭吾の顔が近くて、指がずっと唇に触れている。
 話すたびに息がかかりそうで、心臓がいちいち跳ねる。
 それだけで、どうにかなりそうだ。

「嬉しいです。俺のこと、ずっと好きでいてくれて」
「んっ……」

 圭吾の顔がもっと近付いて、唇か触れた。
 重なった唇が柔らかくて、体から力が抜けた。
 
(俺、今……圭吾とキスしてる。夢みたいだ。圭吾の唇、柔らかくて、熱い)

 唇が離れてもフワフワしている。
 圭吾が俺の肩を抱いた。

「良かった。遥先輩が、ここにいてくれて」
「……なんだよ、それ」

 圭吾の胸に凭れたら、心臓の音が聞こえた。
 お前も、ドキドキしてんじゃん。
 めっちゃ勇気出して、告白してくれたんだな。

「俺らも、すれ違いみたいな両片想い、してたんだな」
「やっと伝えられました。もう、俺の遥先輩で、良いですよね」

 俺の、って言葉に、胸がキュンと締まる。
 さっきから圭吾が甘々で、キュン死しそうだ。

「……うん、いいよ。圭吾も、俺のでいいよな」
「遥先輩以外のモノになる気は、微塵もないです」

 当たり前みたいな顔で、圭吾が頷く。
 その顔がいつもの圭吾で、気が抜けた。

「これからは、いっぱい話そう。もうすれ違ったりしねぇように」

 不毛な二年間の片想いを取り戻すように。
 それより長い時間、一緒にいられたらいい。

 胸に溢れる好きが零れてしまう前に、圭吾に届けよう。
 大きな肩の隣は、俺がずっと独占したい。

「遥先輩のことは、何でも知りたいです。だからもう一回、キスさせて」
「えっ! 圭吾、ぇぇ……ぅん……」

 さっきより容赦なく、唇を掠め取られた。
 濡れた舌先が舐める唇が、熱い。
 重なる吐息が混ざって、溶ける。
 甘くて、蕩けて、綿菓子みたいだ。

 初めて感じる幸せを分け合うみたいに口付けながら、圭吾の胸に抱き付いた。