隣にいたい片想い ーシネマトグラフに残した想いー

「俺の口元、動いてる」

 ずっと見入っていた浅沼が、ぽつりと呟いた。

「シネマトグラフの中に入ったら、声が聴こえます。先輩、聴いてみて」

 浅沼を促す。
 戸惑いながら、浅沼が立ち上がった。
 恐る恐るシネマトグラフに近付く浅沼が、その前で立ち止まる。
 戸惑う背中を、俺と圭吾の手が押した。
 
 二年前の浅沼が笑うシネマトグラフの中に、本物の浅沼が入り込む。
 写真の口元が動いた瞬間、浅沼の肩がビクリと震えた。
 震える指先が、シネマトグラフの自分に伸びる。
 浅沼の綺麗な目に溢れた涙が、頬に流れた。

「浅沼先輩、泣いてる……?」

 驚いて呟いた俺の隣で、圭吾がスマホをスワイプしていた。

「遥先輩、ネモフィラの花言葉。貴方を許します、だそうです」

 圭吾を見上げたら、スマホ画面を見せてくれた。

「そっか……だから……」

 全部知っていた朝陽が、シネマトグラフで浅沼に伝えたかった言葉。
 ずっと罪悪感を抱えていた浅沼を許す言葉。
 許す心が花になって、写真と本物、二人の浅沼の上に降り注ぐ。

「朝陽さんは、浅倉先輩を許すって伝えたくて、このシネマトグラフを作ったんだな」
「とっくに許してるって、本当は伝えたかったんですね」

 圭吾の言う通りだ。
 朝陽は犯人を知っていた。
 木島とどういう関係なのか、わからなくて。
 わかっても、この話ができなくて。
 だから、シネマトグラフを見て欲しかった。

 同時にきっと、朝陽が浅沼から貰いたかった言葉でもあったのだと思った。

『知っていたのに何もしなかった、俺を許して』

 シネマトグラフの中の浅沼は、許しの言葉を言っているんだろうと思う。
 浅沼が朝陽に向けて、許しの言葉を告げるかのように。

「榛葉先輩、浅沼先輩を迎えに来てくれるかもしれませんね」
「なんで? 他の花の、花言葉?」

 圭吾が、スマホで花言葉を検索する。

「紫苑は、遠くにある人を想う。あと……貴方を忘れない」
「そういえば藤の花は、恋に酔う、だったな」

 花言葉が想いを紡いでいる。

「それと、白い彼岸花。何で彼岸花なんだろうと思ったけど……」

 背後で何かの音がした。
 圭吾が言葉を止めて、後ろを振り返った。
 俺もつられて後ろを振り向いた。

 部室の扉が開いていた。
 その前に人影が見える。後ろからの光で顔が見えない。

 扉が閉まって、シネマトグラフの光に照らされた顔が見えた。
 翔陽高校の制服を着た朝陽が、扉の前に立っていた。
 完成したシネマトグラフと、その中で泣く浅沼を見詰めている。

「うそ、なんで。あさひさ……むぐ」

 名前を呼びかけた俺の口を、圭吾が手で覆った。
 ズルズルと後ろに引き摺られた。

 朝陽がシネマトグラフに歩み寄った。
 俺たちのほうに向かって、口を開いた。

「二人とも、ありがとう」

 そう言って、シネマトグラフの中に入った。
 人の気配に気が付いた浅沼が振り返った。
 浅沼の顔が驚きに染まった。
 
「え? 嘘……これも、写真?」

 浅沼の戸惑う声が聞こえた。

「本物だよ。俺のシネマトグラフ、組み立ててくれて、ありがとう」

 朝陽が浅沼を抱きしめた。
 浅沼の目に、また涙が溢れた。

「なんで……なんで、朝陽が、ここにいるの?」
「涼貴の涙を拭いに来た。全部知っていたのに、何もしなくて、ごめん。涼貴を苦しませて、ごめん」
「全部って……」
「レイヤーを壊したのが涼貴で、木島の誘導だったことも。涼貴が階段から落ちて大怪我したのに、お見舞いにすら行けなかったことも。俺が涼貴を大好きだって、言えずに黙って日本を去ったことも。全部知ってたのに、何もしないで黙っていて、ごめん」
「大好きって……そんな一気に色々言われても、わかんないよ」
「うん……だから、ゆっくり話そう。お互いに隠していたこと、全部、時間をかけて」
「朝陽……」

 胸に仕舞い続けた浅沼の想いが溢れて零れる。
 あの涙は写真じゃない、リアルな心だ。

「俺は今でも涼貴が好きだよ。だから涼貴の気持ちも、教えて。俺のこと、どう想ってる?」

 綺麗な浅沼の顔が、涙でぐちゃぐちゃになった。
 浅沼の涙を、朝陽の指が何度も優しく拭う。

「好き……大好きだよ。知ってたくせに。俺の気持ち、朝陽は気が付いていたくせに!」

 泣き崩れそうになる浅沼を、朝陽が胸に抱き寄せた。

「狡くて、ごめん。気が付かない振りして、ごめん。これからはもう、黙ったり知らない振りは、したくない。だから卒業したら、同じ大学に行こう」
「冗談で、した話?」
「ただの冗談でパンフを送ったりしないよ。涼貴に負担をかけるけど、それでも俺は、また一緒にいたいんだ。もう涼貴を手放したくない」

 浅沼が持っていた大学のパンフレットは、朝陽が送ったものだったらしい。
 
「誰にも渡したくない。少しの間は遠距離になるけど、その間だって、涼貴の心を俺に縛り付けておきたいんだ」
「狡いよ、朝陽。俺は、もうとっくに、縛られてるのに。俺だって、一緒にいたいよ」

 浅沼の顔が上がった。
 朝陽の顔が、近づく。
 唇が重なりそうになる。

(あ、キスしそう。ようやく二人の心が繋がった。良かったね、朝陽さん、浅沼せんぱ……)

 しゃがみこんで下から眺める俺を、圭吾が後ろから引っ張った。
 今が一番良い所なのに、邪魔しないでほしい。

「静かに出ましょう。このまま、姿勢を低くして」

 圭吾が急かすから、仕方ない。
 俺は四つん這いで部室の扉に向かった。
 圭吾も俺と同じ姿勢で移動している。
 デカい圭吾が四つん這いになっても、バレると思うけどな。

 ちらりと後ろを振り返ったら、朝陽が俺のほうに目を向けて笑んだ。
 ほら、やっぱり気付かれた。
 
 後ろ髪を引かれながら、俺は圭吾と部室を出た。