手の中のUSBを眺める。
朝陽の名前が彫られた木札のストラップが付いている。
俺はUSBを握り締めた。
「USBが戻ってきた。これで朝陽さんのシネマトグラフ、作れる」
ようやく、シネマトグラフの欠片が揃った。
USBを、浅沼の手に握らせた。
「朝陽さんのシネマトグラフ、完成させましょう」
浅沼が、手の中のUSBを見詰めた。
朝陽の木札に、そっと触れる。
「俺が入院している間に、こんなの付けて行ったんだね、朝陽は」
浅沼の腕を引いて、パソコンの前に座らせる。
「作るのは浅沼先輩です」
「でも、植野が組み立てたほうが、いいんじゃ……」
「ダメですよ。浅沼先輩じゃなきゃ、ダメです。俺がサポートしますから」
朝陽が浅沼のために残したシネマトグラフだ。
きっと浅沼に完成させてほしいはずだ。
「わかった。もう、逃げちゃダメだね」
パソコンを立ち上げると、USBを差し込む。
白紙レイヤーにハマる、残り二枚の写真を探す。
「パソコン内よりレイヤーの枚数が多いですね。補正用でしょうか」
「補正に加えて、サブレイヤーの枚数が、多いな。メインレイヤーは五枚で変わりないと思うから。白紙の二枚は……」
「これだ」
浅沼が、二枚の写真を指さした。
他にもメインに出来そうな写真があるのに、選ぶ指に迷いがない。
「夕日と藤棚に合わせるなら、この二枚。色のバランスが、朝陽らしい」
浅沼が選んだのは、白と薄紫の可愛い花だ。
これなら全体的に色バランスの統一感が出る。
「何気ない風景の写真、朝陽は好きだった。一年の頃は、素材集めを中心に撮影が主でね。特に朝陽は花の写真を好んだから。このレイヤーは、あの頃に集めた写真だよ」
「浅沼先輩の写真も、いっぱい撮ったでしょ? この髪型って、一年生のいつ頃ですか?」
「夏から秋頃かな。確かに色んなポーズで、いっぱい撮られたね」
懐かしそうに浅沼が笑んだ。
浅沼が選んだ写真をクリックする。
シネグラソフトが立ち上がった。
夕日と藤棚と浅沼の写真が、レイヤーとしてハマっているページが開いた。
謎のレイヤーと部室のオバケと同じ仕掛けだ。
白紙だったレイヤーには、浅沼が選んだ写真がハマっていた。
「さすが相棒ですね。レイヤーがハマった」
圭吾が感心している。
朝陽の創作の癖を見抜けるくらい、一緒に作品を作ってきた。
何のヒントも残さなくても、浅沼ならどの写真がわかる。
朝陽は、そう思っていた。
信頼する最高の相棒、そう思っている証だ。
俺の胸に、じわじわとワクワクが湧きてきた。
「浅沼先輩のメインレイヤーを基軸にして、レイヤーを重ねましょう。バックは夕日、浅沼先輩を置いて、藤棚。そんで、残りの花は、っと」
「遥先輩の指摘通り、二枚とも足元に沿えるレイヤーですね。白い花は遠近法的にバックかな。これ、何の花だろう……白い彼岸花?」
圭吾が不思議そうにしている。
あえてピントをぼかし気味にしてあるし、本数多めで小さく撮っているから、バックで間違いなさそうだ。
「もう一枚は、紫苑じゃねぇかな。彼岸花が奥で、はっきり大きく映ってる紫苑が手前かな」
俺の言葉に従って、浅沼がレイヤーを重ねていく。
圭吾がスマホで何かを調べ始めた。
「もう一枚、動画のサブレイヤーがあるけど、これ……」
レイヤー一覧に、サブレイヤーが増えている。
USBに保存してあった分だろう。
全部を使うわけではなさそうだが。
わざわざ動画加工してある花のレイヤーは、無視できない。
花びらではなく、花の形で降り注ぐ花吹雪だ。
何となく、全体像が見えてきた。
「このフラワーシャワーはきっと、ネモフィラの花だ。ネモフィラの動きに合わせて、同じように降り注いでるサブレイヤーがある。これは……雪?」
一瞬、光を重ねたのかと思った。
よく見れば、細かい雪の結晶だ。
「そういえば、フラワーシャワーを作るなら、どの花が一番綺麗か、とか。何と併せると映えるかとか、朝陽と二人で色々と試したこと、あったよ。あの日はやけに寒くて、気が付いたら雪が降っていてね。電車が止まっちゃって、帰れなくて大変だったんだ」
浅沼が、懐かしそうに語る。
「帰れなくて、どうしたんですか……あ、すみません。今の質問は、聞きたいけどナシでお願いします」
一瞬だけ上げた顔を、圭吾がスマホに戻した。
「親が迎えに来てくれて、ちゃんと帰ったよ」
「迎え、来ちゃったのかぁ」
残念な声が出た。
そこで何かハプニングが起きてくれたら、二人の仲は進展していたかもしれないのに。
「雪のレイヤーの上にネモフィラを置いて、降り注ぐ動画レイヤーは完成かな。残りは補正用レイヤーって感じ。順番は、そうだな……」
レイヤー一覧にあるサブレイヤーを全部使ったら、くどい。
一枚ずつ置いて、必要な写真を確認するのが、いいか。
「光量を増す調節なら、この辺……。上も下もサブメインの花が紫で濃淡があるから、白くならないように。バックから照らす夕日の光を殺さないために、最低限に絞るかな。朝陽はいつも、予備で多めに補正用を作ってたけど、全部は使っていなかったから。この中なら、これと、これ……あと、これかな。これ以上重ねると、全体が曇るね」
浅沼の迷いないチョイスに、素直に感心した。
夕日の光を殺さず、花の色を活かす補正だ。
レイヤーを重ねずに、単体で見て判断できるのは、慣れとセンスだ。
朝陽が天才すぎて霞んでいるが、浅沼も充分にセンスがある人だ。
「浅沼先輩、慣れてる。朝陽さんの写真の癖、よく知ってるんですね」
「それは、そうだよ。俺にシネマトグラフの魅力や楽しさを教えてくれたのは、朝陽だから」
浅沼の笑みは嬉しそうで、誇らしげで。
好きが溢れている。
シネマトグラフも朝陽も大好きだって言っている笑顔だ。
俺のほうが嬉しくなる。
「植野としては、どう? 補正、もっと必要?」
「ちょっと待って、試しに……」
何枚か重ねてみる。蛇足に見えた。
浅沼のチョイスは、間違っていない。
「やっぱ、浅沼先輩が選んだ三枚が、一番綺麗ですね。夕日や雪の光を邪魔しない。花の色も鮮やかに浮かび上がって、綺麗だ」
「植野に太鼓判を貰えると、安心するね。じゃぁ……統合してみるね」
レイヤーを統合し、拡大表示する。
その写真の美しさに、三人して思わず見惚れた。
「プロジェクションして、観てみたいです」
圭吾の言葉に、俺は頷いた。
「……え? あぁ……そうだね」
写真に見入っていた浅沼が、投影をクリックした。
部室の電気が落ちて、二番投影機から3Dシネマトグラフが投影された。
二メートル近くある額縁サイズの画面の中に、立体写真が浮かび上がる。
「凄い……」
圭吾が言葉を失くしている。
俺も同じだった。
「やば……めちゃくちゃ綺麗だ」
浅沼を中心に、樹上から垂れ込んだ藤の花が緩く揺れる。
足元の紫苑が存在感を持って咲き、その後ろに白い彼岸花が咲き乱れる。
ネモフィラの小さな花と雪が重なって、はらはらと浅沼の上に降り注ぐ。
手を伸ばす浅沼が、花と雪を受け止めて微笑んでいる。
時々、跳ねたり回ったりする姿が無邪気で、可愛らしい。
その全てを、バックから黄金の夕日が優しく照らす。
「これだけ色んな花を使ってるのに、綺麗に纏まってるの、凄い」
まるで季節がバラバラの花ばかりだ。
だけど上手に四季の総てが入っている。
きっと、朝陽が浅沼と過ごした一年を凝集したシネマトグラフなんだ。
これだけ盛り込んであっても、ごちゃごちゃしないのは、朝陽のセンスだ。
遠近法で大きさを変え、色味を青紺から紫、白で纏めているから、統一感がある。
それは写真であって、映画のようで。
朝陽の目から見た思い出のシーンを切り取ったようにも感じた。
朝陽の名前が彫られた木札のストラップが付いている。
俺はUSBを握り締めた。
「USBが戻ってきた。これで朝陽さんのシネマトグラフ、作れる」
ようやく、シネマトグラフの欠片が揃った。
USBを、浅沼の手に握らせた。
「朝陽さんのシネマトグラフ、完成させましょう」
浅沼が、手の中のUSBを見詰めた。
朝陽の木札に、そっと触れる。
「俺が入院している間に、こんなの付けて行ったんだね、朝陽は」
浅沼の腕を引いて、パソコンの前に座らせる。
「作るのは浅沼先輩です」
「でも、植野が組み立てたほうが、いいんじゃ……」
「ダメですよ。浅沼先輩じゃなきゃ、ダメです。俺がサポートしますから」
朝陽が浅沼のために残したシネマトグラフだ。
きっと浅沼に完成させてほしいはずだ。
「わかった。もう、逃げちゃダメだね」
パソコンを立ち上げると、USBを差し込む。
白紙レイヤーにハマる、残り二枚の写真を探す。
「パソコン内よりレイヤーの枚数が多いですね。補正用でしょうか」
「補正に加えて、サブレイヤーの枚数が、多いな。メインレイヤーは五枚で変わりないと思うから。白紙の二枚は……」
「これだ」
浅沼が、二枚の写真を指さした。
他にもメインに出来そうな写真があるのに、選ぶ指に迷いがない。
「夕日と藤棚に合わせるなら、この二枚。色のバランスが、朝陽らしい」
浅沼が選んだのは、白と薄紫の可愛い花だ。
これなら全体的に色バランスの統一感が出る。
「何気ない風景の写真、朝陽は好きだった。一年の頃は、素材集めを中心に撮影が主でね。特に朝陽は花の写真を好んだから。このレイヤーは、あの頃に集めた写真だよ」
「浅沼先輩の写真も、いっぱい撮ったでしょ? この髪型って、一年生のいつ頃ですか?」
「夏から秋頃かな。確かに色んなポーズで、いっぱい撮られたね」
懐かしそうに浅沼が笑んだ。
浅沼が選んだ写真をクリックする。
シネグラソフトが立ち上がった。
夕日と藤棚と浅沼の写真が、レイヤーとしてハマっているページが開いた。
謎のレイヤーと部室のオバケと同じ仕掛けだ。
白紙だったレイヤーには、浅沼が選んだ写真がハマっていた。
「さすが相棒ですね。レイヤーがハマった」
圭吾が感心している。
朝陽の創作の癖を見抜けるくらい、一緒に作品を作ってきた。
何のヒントも残さなくても、浅沼ならどの写真がわかる。
朝陽は、そう思っていた。
信頼する最高の相棒、そう思っている証だ。
俺の胸に、じわじわとワクワクが湧きてきた。
「浅沼先輩のメインレイヤーを基軸にして、レイヤーを重ねましょう。バックは夕日、浅沼先輩を置いて、藤棚。そんで、残りの花は、っと」
「遥先輩の指摘通り、二枚とも足元に沿えるレイヤーですね。白い花は遠近法的にバックかな。これ、何の花だろう……白い彼岸花?」
圭吾が不思議そうにしている。
あえてピントをぼかし気味にしてあるし、本数多めで小さく撮っているから、バックで間違いなさそうだ。
「もう一枚は、紫苑じゃねぇかな。彼岸花が奥で、はっきり大きく映ってる紫苑が手前かな」
俺の言葉に従って、浅沼がレイヤーを重ねていく。
圭吾がスマホで何かを調べ始めた。
「もう一枚、動画のサブレイヤーがあるけど、これ……」
レイヤー一覧に、サブレイヤーが増えている。
USBに保存してあった分だろう。
全部を使うわけではなさそうだが。
わざわざ動画加工してある花のレイヤーは、無視できない。
花びらではなく、花の形で降り注ぐ花吹雪だ。
何となく、全体像が見えてきた。
「このフラワーシャワーはきっと、ネモフィラの花だ。ネモフィラの動きに合わせて、同じように降り注いでるサブレイヤーがある。これは……雪?」
一瞬、光を重ねたのかと思った。
よく見れば、細かい雪の結晶だ。
「そういえば、フラワーシャワーを作るなら、どの花が一番綺麗か、とか。何と併せると映えるかとか、朝陽と二人で色々と試したこと、あったよ。あの日はやけに寒くて、気が付いたら雪が降っていてね。電車が止まっちゃって、帰れなくて大変だったんだ」
浅沼が、懐かしそうに語る。
「帰れなくて、どうしたんですか……あ、すみません。今の質問は、聞きたいけどナシでお願いします」
一瞬だけ上げた顔を、圭吾がスマホに戻した。
「親が迎えに来てくれて、ちゃんと帰ったよ」
「迎え、来ちゃったのかぁ」
残念な声が出た。
そこで何かハプニングが起きてくれたら、二人の仲は進展していたかもしれないのに。
「雪のレイヤーの上にネモフィラを置いて、降り注ぐ動画レイヤーは完成かな。残りは補正用レイヤーって感じ。順番は、そうだな……」
レイヤー一覧にあるサブレイヤーを全部使ったら、くどい。
一枚ずつ置いて、必要な写真を確認するのが、いいか。
「光量を増す調節なら、この辺……。上も下もサブメインの花が紫で濃淡があるから、白くならないように。バックから照らす夕日の光を殺さないために、最低限に絞るかな。朝陽はいつも、予備で多めに補正用を作ってたけど、全部は使っていなかったから。この中なら、これと、これ……あと、これかな。これ以上重ねると、全体が曇るね」
浅沼の迷いないチョイスに、素直に感心した。
夕日の光を殺さず、花の色を活かす補正だ。
レイヤーを重ねずに、単体で見て判断できるのは、慣れとセンスだ。
朝陽が天才すぎて霞んでいるが、浅沼も充分にセンスがある人だ。
「浅沼先輩、慣れてる。朝陽さんの写真の癖、よく知ってるんですね」
「それは、そうだよ。俺にシネマトグラフの魅力や楽しさを教えてくれたのは、朝陽だから」
浅沼の笑みは嬉しそうで、誇らしげで。
好きが溢れている。
シネマトグラフも朝陽も大好きだって言っている笑顔だ。
俺のほうが嬉しくなる。
「植野としては、どう? 補正、もっと必要?」
「ちょっと待って、試しに……」
何枚か重ねてみる。蛇足に見えた。
浅沼のチョイスは、間違っていない。
「やっぱ、浅沼先輩が選んだ三枚が、一番綺麗ですね。夕日や雪の光を邪魔しない。花の色も鮮やかに浮かび上がって、綺麗だ」
「植野に太鼓判を貰えると、安心するね。じゃぁ……統合してみるね」
レイヤーを統合し、拡大表示する。
その写真の美しさに、三人して思わず見惚れた。
「プロジェクションして、観てみたいです」
圭吾の言葉に、俺は頷いた。
「……え? あぁ……そうだね」
写真に見入っていた浅沼が、投影をクリックした。
部室の電気が落ちて、二番投影機から3Dシネマトグラフが投影された。
二メートル近くある額縁サイズの画面の中に、立体写真が浮かび上がる。
「凄い……」
圭吾が言葉を失くしている。
俺も同じだった。
「やば……めちゃくちゃ綺麗だ」
浅沼を中心に、樹上から垂れ込んだ藤の花が緩く揺れる。
足元の紫苑が存在感を持って咲き、その後ろに白い彼岸花が咲き乱れる。
ネモフィラの小さな花と雪が重なって、はらはらと浅沼の上に降り注ぐ。
手を伸ばす浅沼が、花と雪を受け止めて微笑んでいる。
時々、跳ねたり回ったりする姿が無邪気で、可愛らしい。
その全てを、バックから黄金の夕日が優しく照らす。
「これだけ色んな花を使ってるのに、綺麗に纏まってるの、凄い」
まるで季節がバラバラの花ばかりだ。
だけど上手に四季の総てが入っている。
きっと、朝陽が浅沼と過ごした一年を凝集したシネマトグラフなんだ。
これだけ盛り込んであっても、ごちゃごちゃしないのは、朝陽のセンスだ。
遠近法で大きさを変え、色味を青紺から紫、白で纏めているから、統一感がある。
それは写真であって、映画のようで。
朝陽の目から見た思い出のシーンを切り取ったようにも感じた。

