次の日。
浅沼に事情を話して、三人で木島夏彦が来るのを待ち構えていたのだが。
やってきた夏彦は、昨日より落ち着いていた。
「彬人に、確認した。連絡していたのは、アンタに謝るためだった。今はもう、そういう気持ちもねぇし、無理に会う気もねぇって」
ばつが悪そうに、夏彦が頭を掻く。
「そっか。そうなんだね」
浅沼が安堵の息を吐いた。
「アンタ……いや。浅沼先輩と榛葉先輩にしたことを、彬人は後悔してる。だから、彬人の代わりに謝る。すみませんでした」
夏彦が潔く頭を下げた。
昨日とは打って変わった態度に、俺と圭吾は毒気を抜かれた。
「うん、わかった。謝罪はしっかり受け取ったよ。謝ってくれて、ありがとう。だからもう、この話はこれでお仕舞いにしよう」
浅沼が夏彦の肩を撫でて、頭を上げさせた。
スマートな優しさだと思った。
「昨日の植野の話を、彬人にも話した。納得してたよ。感謝もしてた。俺からも、礼を言っとく。……ありがとな」
ぎこちない顔が、ぎこちなくお礼を述べた。
浅沼と違って、全然スマートじゃない。
けど、夏彦らしいから、いいか。
「ちょっとでも役に立てたんなら、良かったよ。そんでUSB、持ってきたか?」
照れくさそうに言われると、こっちまで照れ臭くなる。
俺まで、ぎこちなくなった。
「持って来たよ。これだろ」
夏彦がポケットからUSBを取り出した。
朝陽の名前の木札が付いたUSBだ。間違いない。
「それだ! これでシネマトグラフが完成……」
受け取ろうと手を出すと、夏彦がひょぃと持ち上げた。
俺の手が、スカッと空振りした。
「なんだよ、まだ何かあんのかよ」
「渡す前に、一個だけ聞かせろよ。植野は何で、陸上やめたんだ?」
「は? 俺の話は今、関係ねぇだろ」
「俺の純粋な興味ってぇか、疑問。答えたら、渡す」
夏彦がUSBを、プラプラしている。
ジャンプしても、俺じゃ届かない。
夏彦もバスケ部なだけあって、圭吾と同じくらい背が高い。
USBをひょいひょいされて、ぴょんぴょん飛びあがる。
まるで夏彦に遊ばれてるみたいだ。
「いいから、返せよ。デカいからって調子乗んな!」
後ろから圭吾が手を伸ばした。
その手を避けて、夏彦がUSBを手の中に握った。
「ちっ、残念」
圭吾が、ぽそっと呟いた。
「植野が、どんだけ写真の才能あんのか、知らねぇけど。陸上だって期待されてただろ。インハイ行ける実力捨てんの、勿体ねぇと思わなかったの?」
なんで夏彦が俺の話にこだわるのか、よくわからないが。
答えないと返してくれそうにない。
「陸上を捨てたんじゃねぇよ。写真を選んだだけだ。俺は本気で、シネマトグラフをやりてぇんだ」
「二足の草鞋、やめたかったの? 仕事にしてぇの?」
「そうだよ。お前が言った通り、どっちも中途半端は、俺だって嫌だ。朝陽さんや親父みてぇな写真家になりてぇの!」
自分でも、思ってた。
どっちかに集中したら、片方をもっと伸ばせるって。
だから、あの時の夏彦の言葉は、ムカついたけど否定できなかった。
「そんなに写真が好きかよ」
「好きだよ。悪ぃか」
「悪ぃよ。陸上は、今しかできねぇ。写真は今じゃなくても出来んだろ」
「そういう問題じゃねぇ。俺は今、写真がやりてぇんだよ」
「陸上一本でやってたって、インハイ行けねぇ奴のが多いんだ。お前が陸上に集中したてら、もっと上まで行けただろ」
「結果は他人と比べるモンじゃねぇだろ。過去の自分と比べて、積み重ねるもんだ。IFの話は意味がねぇ」
「はぁ……簡単に結果出せる奴は、言うことが違ぇよな」
馬鹿にした言い方に、イラっとする。
俺が口を開くより先に、後ろにいた圭吾が、夏彦の胸倉を掴んだ。
「遥先輩は、簡単になんてやってない。どっちも努力して、頑張ってきた結果です」
「そんなの、知ってんだよ」
夏彦が圭吾の意見を一蹴した。
圭吾の手を振り解いた。
「つか、何でお前は俺の陸上に、そんなにこだわるワケ?」
「何でだろうな。ずっと観てたからじゃねぇか」
「……は? お前が? 俺を?」
よくわからなくて、混乱する。
夏彦とは同中だけど、そこまで親しかった記憶もない。
時々話す程度のキレやすい奴としか印象がない。
「お前のフォームがどんだけ綺麗かとか、走ってる姿が鳥みてぇだとか、よく知ってるよ。だから、なんで写真なんかって思うんだろうが」
「夏彦、バスケ部じゃん。何で観てんの?」
「体育館の扉、開けてっと、校庭の陸上部が良く見えた」
「あぁ、なる。へぇ……」
よくわからなくて、首を傾げる。
圭吾が俺の前に出た。
「話は終わりですか? だったら、USBを返してください」
「珍しく必死じゃん、遠藤。お前も同じ場所から、植野を観てたもんな」
「どういうつもりですか、先輩」
圭吾が怖い顔で夏彦に迫っている。
「別に。陸上やめた植野に興味なかったけど。そうでもねぇかもって思っただけ」
「それって、そういう話ですか? そうですよね?」
圭吾が尚も夏彦に迫った。
淡白なイメージの圭吾にしては、珍しい。
「俺は彬人とは違ぇよ。ただ、昨日の話は悪くなかったってだけだ」
圭吾を押し退けて、夏彦が俺の目の前にUSBを差し出した。
「植野が陸上を捨ててまで選んだ写真……シネマトグラフの良さ、俺にも教えてみろよ。理解できたら、納得してやる」
「別に、お前に納得されんでも」
「俺は、同性愛もよくわかんねぇし、シネマトグラフも好きじゃねぇ。だから理解させてみろって言ってんだ」
絶句する圭吾の隣で、浅沼がクスリと笑んだ。
「もう充分、わかっているように見えるけどね」
囁いた浅沼に、圭吾が慌てて振り返った。
「そういうコトなら、良いぜ。シネマトグラフの面白さなら、いつでも教えてやる。仮入部する? 掛け持ち歓迎だけど」
「遥先輩、俺は反対です。この人は危険です」
俺の肩を引いて、圭吾が後ろに引っ張った。
「部長としても、新入部員は歓迎だよ。俺は夏休みで引退だから、少しは気楽だろ?」
圭吾の否定を置き去りにして、浅沼が夏彦を誘った。
信じられないといった顔で、圭吾が浅沼を振り返った。
「浅沼も写真部も、俺は嫌いだ。だけど、植野が写真部で陸上以上の結果を出すとこ見たら、少しは気が変わるかもしれねぇ」
「なら、仮入部だな。俺の雄姿、よく見とけ。夏の全国大会は優勝だ」
「すげぇ自信じゃん。仮入部、考えとくよ」
夏彦が俺の手の上にUSBを落とした。
「確かに、返したからな。しっかりやれよ」
USBの中のレイヤーを作って、シネマトグラフを完成させる。
伝えられなかった朝陽の想いを、浅沼に届けるために。
「ありがとな、夏彦。あとは任せろ」
夏彦が、照れくさそうな顔をした。
そのまま何も言わずに、部室を出て行った。
夏彦の背中は、昨日より軽く見えた。
浅沼に事情を話して、三人で木島夏彦が来るのを待ち構えていたのだが。
やってきた夏彦は、昨日より落ち着いていた。
「彬人に、確認した。連絡していたのは、アンタに謝るためだった。今はもう、そういう気持ちもねぇし、無理に会う気もねぇって」
ばつが悪そうに、夏彦が頭を掻く。
「そっか。そうなんだね」
浅沼が安堵の息を吐いた。
「アンタ……いや。浅沼先輩と榛葉先輩にしたことを、彬人は後悔してる。だから、彬人の代わりに謝る。すみませんでした」
夏彦が潔く頭を下げた。
昨日とは打って変わった態度に、俺と圭吾は毒気を抜かれた。
「うん、わかった。謝罪はしっかり受け取ったよ。謝ってくれて、ありがとう。だからもう、この話はこれでお仕舞いにしよう」
浅沼が夏彦の肩を撫でて、頭を上げさせた。
スマートな優しさだと思った。
「昨日の植野の話を、彬人にも話した。納得してたよ。感謝もしてた。俺からも、礼を言っとく。……ありがとな」
ぎこちない顔が、ぎこちなくお礼を述べた。
浅沼と違って、全然スマートじゃない。
けど、夏彦らしいから、いいか。
「ちょっとでも役に立てたんなら、良かったよ。そんでUSB、持ってきたか?」
照れくさそうに言われると、こっちまで照れ臭くなる。
俺まで、ぎこちなくなった。
「持って来たよ。これだろ」
夏彦がポケットからUSBを取り出した。
朝陽の名前の木札が付いたUSBだ。間違いない。
「それだ! これでシネマトグラフが完成……」
受け取ろうと手を出すと、夏彦がひょぃと持ち上げた。
俺の手が、スカッと空振りした。
「なんだよ、まだ何かあんのかよ」
「渡す前に、一個だけ聞かせろよ。植野は何で、陸上やめたんだ?」
「は? 俺の話は今、関係ねぇだろ」
「俺の純粋な興味ってぇか、疑問。答えたら、渡す」
夏彦がUSBを、プラプラしている。
ジャンプしても、俺じゃ届かない。
夏彦もバスケ部なだけあって、圭吾と同じくらい背が高い。
USBをひょいひょいされて、ぴょんぴょん飛びあがる。
まるで夏彦に遊ばれてるみたいだ。
「いいから、返せよ。デカいからって調子乗んな!」
後ろから圭吾が手を伸ばした。
その手を避けて、夏彦がUSBを手の中に握った。
「ちっ、残念」
圭吾が、ぽそっと呟いた。
「植野が、どんだけ写真の才能あんのか、知らねぇけど。陸上だって期待されてただろ。インハイ行ける実力捨てんの、勿体ねぇと思わなかったの?」
なんで夏彦が俺の話にこだわるのか、よくわからないが。
答えないと返してくれそうにない。
「陸上を捨てたんじゃねぇよ。写真を選んだだけだ。俺は本気で、シネマトグラフをやりてぇんだ」
「二足の草鞋、やめたかったの? 仕事にしてぇの?」
「そうだよ。お前が言った通り、どっちも中途半端は、俺だって嫌だ。朝陽さんや親父みてぇな写真家になりてぇの!」
自分でも、思ってた。
どっちかに集中したら、片方をもっと伸ばせるって。
だから、あの時の夏彦の言葉は、ムカついたけど否定できなかった。
「そんなに写真が好きかよ」
「好きだよ。悪ぃか」
「悪ぃよ。陸上は、今しかできねぇ。写真は今じゃなくても出来んだろ」
「そういう問題じゃねぇ。俺は今、写真がやりてぇんだよ」
「陸上一本でやってたって、インハイ行けねぇ奴のが多いんだ。お前が陸上に集中したてら、もっと上まで行けただろ」
「結果は他人と比べるモンじゃねぇだろ。過去の自分と比べて、積み重ねるもんだ。IFの話は意味がねぇ」
「はぁ……簡単に結果出せる奴は、言うことが違ぇよな」
馬鹿にした言い方に、イラっとする。
俺が口を開くより先に、後ろにいた圭吾が、夏彦の胸倉を掴んだ。
「遥先輩は、簡単になんてやってない。どっちも努力して、頑張ってきた結果です」
「そんなの、知ってんだよ」
夏彦が圭吾の意見を一蹴した。
圭吾の手を振り解いた。
「つか、何でお前は俺の陸上に、そんなにこだわるワケ?」
「何でだろうな。ずっと観てたからじゃねぇか」
「……は? お前が? 俺を?」
よくわからなくて、混乱する。
夏彦とは同中だけど、そこまで親しかった記憶もない。
時々話す程度のキレやすい奴としか印象がない。
「お前のフォームがどんだけ綺麗かとか、走ってる姿が鳥みてぇだとか、よく知ってるよ。だから、なんで写真なんかって思うんだろうが」
「夏彦、バスケ部じゃん。何で観てんの?」
「体育館の扉、開けてっと、校庭の陸上部が良く見えた」
「あぁ、なる。へぇ……」
よくわからなくて、首を傾げる。
圭吾が俺の前に出た。
「話は終わりですか? だったら、USBを返してください」
「珍しく必死じゃん、遠藤。お前も同じ場所から、植野を観てたもんな」
「どういうつもりですか、先輩」
圭吾が怖い顔で夏彦に迫っている。
「別に。陸上やめた植野に興味なかったけど。そうでもねぇかもって思っただけ」
「それって、そういう話ですか? そうですよね?」
圭吾が尚も夏彦に迫った。
淡白なイメージの圭吾にしては、珍しい。
「俺は彬人とは違ぇよ。ただ、昨日の話は悪くなかったってだけだ」
圭吾を押し退けて、夏彦が俺の目の前にUSBを差し出した。
「植野が陸上を捨ててまで選んだ写真……シネマトグラフの良さ、俺にも教えてみろよ。理解できたら、納得してやる」
「別に、お前に納得されんでも」
「俺は、同性愛もよくわかんねぇし、シネマトグラフも好きじゃねぇ。だから理解させてみろって言ってんだ」
絶句する圭吾の隣で、浅沼がクスリと笑んだ。
「もう充分、わかっているように見えるけどね」
囁いた浅沼に、圭吾が慌てて振り返った。
「そういうコトなら、良いぜ。シネマトグラフの面白さなら、いつでも教えてやる。仮入部する? 掛け持ち歓迎だけど」
「遥先輩、俺は反対です。この人は危険です」
俺の肩を引いて、圭吾が後ろに引っ張った。
「部長としても、新入部員は歓迎だよ。俺は夏休みで引退だから、少しは気楽だろ?」
圭吾の否定を置き去りにして、浅沼が夏彦を誘った。
信じられないといった顔で、圭吾が浅沼を振り返った。
「浅沼も写真部も、俺は嫌いだ。だけど、植野が写真部で陸上以上の結果を出すとこ見たら、少しは気が変わるかもしれねぇ」
「なら、仮入部だな。俺の雄姿、よく見とけ。夏の全国大会は優勝だ」
「すげぇ自信じゃん。仮入部、考えとくよ」
夏彦が俺の手の上にUSBを落とした。
「確かに、返したからな。しっかりやれよ」
USBの中のレイヤーを作って、シネマトグラフを完成させる。
伝えられなかった朝陽の想いを、浅沼に届けるために。
「ありがとな、夏彦。あとは任せろ」
夏彦が、照れくさそうな顔をした。
そのまま何も言わずに、部室を出て行った。
夏彦の背中は、昨日より軽く見えた。

