隣にいたい片想い ーシネマトグラフに残した想いー

「そのためにも、夏彦が持ってるUSBを返してくれ。シネマトグラフを完成させて、朝陽さんの本当の気持ちを浅沼先輩に伝える。それをするのは、俺らだ」
 
 夏彦が俺を眺めた。

「……名前、呼び捨てしてんじゃねぇ」
「だって。彬人先輩も夏彦も、どっちも木島なんだもん。紛らわしいから、仕方ねぇじゃん」

 じろりと、夏彦に軽く睨まれた。

「植野は、男同士の恋愛とか、偏見ねぇんだな」
「偏見……は、ねぇよ」

 偏見も何も、俺がゲイだから。
 理解してもらいたと願っている立場だ。

「だったら、この場で俺とキスできる? できるならUSB、返してやってもいいぜ」
「はぁ⁉」

 夏彦の手が、俺の頬を捕まえた。
 手がデカくて、力が強くて、逃げられない。

「馬鹿野郎! ゲイはそういうんじゃ……誰でもいいわけじゃねぇ!」

 わかってない典型例だ。
 男が好きな奴は、男なら誰でもいいと思っている。

 圭吾が、夏彦の手を握り上げ、突き飛ばした。

「それ以上、遥先輩に触るな。少しでも触れたら、本気で殴る」

 やばい、圭吾の目が本気だ。
 俺は圭吾の腕を掴んだ。

「待て、圭吾! 殴るのはナシだ!」

 暴力沙汰を起こしたら、写真部側が悪者になる。

「ただの冗談だろ。離せよ」

 夏彦と圭吾が睨み合っている。
 デカい男同士で殴り合いなんか、本気でヤバい。

「圭吾! 手を離せ!」

 必死に訴える。
 圭吾が歯軋りしながら、夏彦から手を払い捨てた。

「本気で男とキスなんか、するかよ。USBなら、明日持ってくっから。写真部の部室で待ってろよ」

 踵を返した夏彦が、俺を振り返った。

「その代わり、ちゃんと解決しろよ。彬人を諦めさせる状況、しっかり作れ」
「あぁ、任せろ」

 俺の返事を聞いた夏彦が、鼻で笑った。

「植野って、中学の時から変わんねぇな。チビのくせにクソ度胸で、ムダに世話焼き」
「チビって言うな! 別に世話焼きじゃねぇ。部員の責任だ」

 反射的に言い返した。
 夏彦が笑いながら体育館に戻って行った。

 夏彦の背中を見送って、俺は一先ずの息を吐いた。

「とりあえず、USBは見付かった。明日は浅沼先輩もいるし、三人で迎え撃つぞ……お?」

 圭吾の手が伸びて来て、俺の顔を包んだ。

「え? な、なに……」
「触れてませんよね? 木島先輩の指とか」

 圭吾の指が俺の頬を、撫でる。

「触れるというか、掴まれたけど」

 圭吾の指が、徐々に唇に近付く。
 その手付きに、ドキドキする。

「頬も嫌ですけど。唇、大丈夫ですか」
「くち……うん、だいじょう、ぶ」

 今がまさに、大丈夫じゃない。
 圭吾の指が、唇に触れそうだ。
 手が頬を覆っているし、圭吾の顔が近い。
 ドキドキしすぎて、どんな顔をすればいいか、わからない。

(ど、どうしよう。触ってる、近い。圭吾、どうした。どうすれば……)

 わからな過ぎたから、目を瞑って、唇をきゅっと噛んだ。
 圭吾が間近で、息を飲んだ気配がした。

「遥先輩、その顔は……狡い」
「え? なに? なにが?」

 ぱっと目を開いたら、圭吾の熱っぽい視線が絡んだ。

(なんで、そんな目してんの? 今にもキスしそうな、なんて……これ、俺の妄想?)

 軽くパニックを起こしていたら、圭吾が手を放した。
 近くにあった顔も離れていった。
 ちょっと残念な気持ちになった。

(何を残念がってんだ、俺。圭吾は、怪我してないか見てくれただけだ。きっとそうだ、うん)

 自分に必死に言い聞かせた。

「怪我とかしてねぇだろ。痣になるほど強くなかったし」
「怪我は、そうですね。物理的なのは、大丈夫そうでした」
「心配してくれて、ありがとな」

 圭吾の大きな背中を、ポンポン叩く。

「部室に、戻りましょう」

 圭吾が俺の手を握って歩き出した。
 突然、手を包まれて、またドキドキした。

(今日の圭吾は、どうしたんだ? スキンシップ過多で心臓が持たない)

 包んでくれる手は大きくて、温かい。
 鼓動が速いまま、手を繋いで歩いた。

「USBを取り返して、早く解決しましょう。遥先輩と、ゆっくり話がしたいです」

 振り返った圭吾が優しく笑った。
 とくん……と、さっきとは違った鼓動が跳ねた。

「……うん。俺も圭吾と、話したい」

 優しい眼差しに、期待する。
 その目に浮く熱に欲しい答えが滲んでいると、期待する。
 また裏切られる怖さより期待が勝って、ドキドキが収まってくれなかった。