隣にいたい片想い ーシネマトグラフに残した想いー

 次の日、授業が終わると同時に、俺は部室に走った。

「圭吾、圭吾ー!」

 案の定、圭吾は既にいた。
 一年生の教室のほうが部室に近いせいか、常に一番乗りは圭吾だ。

「お疲れ様です、遥先輩。二回も名前を呼んでくれるなんて、嬉しいです。何かありました?」

 圭吾の感動ポイントが、よくわからない。
 とりあえず通常運転でスルーして圭吾に寄ると、声を潜めた。

「今日、浅沼先輩は?」
「塾の特別授業があるからって、帰りましたよ」
「そっか。ちょうど、いいや」

 また圭吾と屋上の踊り場に行かなきゃならないかと思っていた。

「まずは、確認」

 俺はパソコンデスクの引き出しを開けた。
 中に入っていたのは案の定、木札が付いていないUSBだ。

「写真部共用のUSBですね」
「朝陽さんが浅沼先輩に渡したUSB、これと同じデザインで、朝陽さんの名前の木札が付いてるんだって」
「なるほど。だから遥先輩がUSBを見せた時、浅沼先輩はあからさまに動揺していたんですね」

 あの時の浅沼の態度には、圭吾も気が付いていたらしい。

「そんでさ……」

 俺は昨日の電話の内容を、搔い摘んで圭吾に話した。

「わからないことがわかって、すっきりもしたけど。だいぶイメージが変わりましたね」
「そうなんだよ。木島彬人の反応とか、浅沼先輩の話から受けた印象と、ちょっと違うよな」
「そんなに怯えているのに、いまだに浅沼先輩に連絡してる理由も気になりますね」
「だよなー。気味が悪いだろ」
「木島夏彦先輩に聞きに行くのは、必須だけど。その前に、デスク回りをもう一度、探しましょう」
「だな」

 俺たちは引き出しの中からデスクの周囲まで、隅から隅まで探した。

「やっぱり、ねぇよなぁ」
「とすると、浅沼先輩が気が付くより早く、誰かがここから持ち出した。ってことですね」
「浅沼先輩の入院中だよな。やっぱり夏彦かな」
「部員の可能性も捨てきれませんよね。九月の下旬は、まだ全員が辞めてる状況じゃないでしょうから」
「考え出すときりがねぇから。まずは、当たれるトコからだな」

 というわけで、俺と圭吾は体育館に向かった。


〇●〇●〇


 体育館ではバスケ部が既にアップを始めていた。
 ちょうど通りかかったクラスメイトに、木島夏彦を呼び出してもらった。

「何の用だよ」

 やってきた夏彦は、最初から不機嫌だ。

「俺さ、写真部に入部したから。部内の問題は解決しときてぇと思って」

 夏彦が顔を顰めた。

「要求は二つだ。今後一切、木島彬人から浅沼先輩に連絡をしないコト。盗んだUSBを返すこと」

 指を二本、ピース状態で夏彦に突き付けた。
 初彦が上から睨みつけてくる。
 怒るか、怒るのか?
 構える俺の後ろで、圭吾が今にも身を乗り出す勢いだ。

「彬人の野郎、まだ連絡してんのかよ」

 眉間にしわを寄せた夏彦が、呟いた。
 その顔は怒っているより困っていた。

「言っとくけど、浅沼先輩からは連絡入れてねぇからな。連絡来ても全部、無視してるって言ってた」
「無視しろ。絶対、返事すんなって言っとけ」

 夏彦が俺を睨みつけた。

「つか、写真部の部長は浅沼だろ。自分の問題、後輩に全部丸投げかよ。守られっぱなしの御姫様か。いい御身分だな」
「は? 浅沼先輩だけの問題じゃねーし。これは写真部の問題だ」
「浅沼先輩は今日、塾です。受験生なので」

 前のめりになった俺の肩を掴んで、圭吾が割って入った。

「それに、浅沼先輩が守られっぱなしの御姫様じゃないのは、木島彬人先輩が良く知っていると思います」

 浅沼は階段から落ちた時、木島彬人に鬼気迫る啖呵を切っている。
 浅沼の言葉に怯えた彬人を、夏彦も知っているはずだ。
 圭吾の指摘に、夏彦が舌打ちした。

「なんでUSB、盗んだんだよ。お前には必要ねぇもんだろ」
「USBって、彬人が榛葉朝陽に返してたヤツか? 写真部の机の引き出しに、入ってんだろ」
「どんだけ探しても、ねぇんだよ」

 夏彦が面倒そうに髪を掻きむしった。

「だったら、榛葉が持って帰ったんだろ」
「朝陽さんは引き出しの中に置いていったって言ってる」
「だったら、浅沼が持ってんだろ。なんで、俺に盗み疑惑がかかってんだよ」

 夏彦が苛々した様子で吐き捨てた。
 俺の肩を掴んでいた圭吾が、徐に問い掛けた。

「……先輩は、去年の九月、写真部の部室に一人で出入りして、いたんじゃないかと、思いますが……」
「あ? あぁ、彬人が忘れた私物を取りにな。顧問の許可は取ってるぜ」

 圭吾が、ぼそぼそと話し始めた。
 話し方といい、ちょっと不自然だ。

「写真部は、部室の入口と室内に防犯カメラがあるって、知ってます? そこに、先輩が一人でパソコンデスクを、漁る映像が……ある、かもしれないですね」

 圭吾が深刻そうに声を潜めた。
 防犯カメラなんて、俺は知らないんだけど。
 夏彦の顔色が悪くなった。
 
「USBに付いている榛葉先輩の名前の木札も映る、かなぁ……もしかしたら」

 圭吾が独り言のように呟いた。
 とぼけた表情を見て、意図を察した。

「そんなん、映ってたって小さすぎて判別できねぇだろ!」
「どんなに小さい画像でも、ある程度なら判別できるだけの技術あるぜ。写真部、舐めんな」

 正直、防犯カメラ程度の画素数では難しそうだが。
 その辺りはあえて語らずに、俺は圭吾の作戦に乗った。
 夏彦が、ぐっと息を飲んだ。

「防犯カメラの確認をするなら、顧問に声掛けなきゃだぜ」

 わなわなと拳を震わせて、夏彦が地面を蹴った。

「持ってたら、何なんだよ! 急いでいたから、たまたま紛れてたのに、気が付かなかったんだよ!」
「あ、USBは夏彦先輩が持っているんですか」

 圭吾が驚いた振りをした。
 いつもとぼけた感じだけど、今日は確信犯だ。
 
「あぁ、そうだよ! 別に、盗んだわけじゃねぇからな!」

 朝陽の名前が付いたUSBを、どうやったら間違えるのか。
 言い訳にしても、お粗末だ。

「去年の九月の画像なんか、残ってんのかよ」

 夏彦が、けッと吐き捨てた。

「どうですかね。もう消えてそうですけどね」

 俺は思わず圭吾を見上げた。
 そうだよな。防犯カメラの映像って、長期保存しないよな。

「木島先輩、中学の時から変わってないですね。引っ掛けに弱い」

 圭吾が、自分で感心している。
 圭吾は中学で木島と同じバスケ部だったから、俺より木島をよく知ってるんだろう。
 それにしても、思わぬ成果って顔だ。

「遠藤てめぇ、ハメやがったな」

 木島が圭吾を睨みつける。

「俺もびっくりです。まさか、こんなに素直だとは……」

 圭吾がいつもの感じで感心している。
 夏彦が、わなわなと拳を震わせた。

「持ってんのは間違いねぇんだな。だったら、今すぐ返せ」

 俺は夏彦に向かって、ずぃっと手を出した。