隣にいたい片想い ーシネマトグラフに残した想いー

「ねぇ、遥。涼貴はまだ、危険な目に遭ってる? 辛い思いをしている? 木島夏彦に、何かされてない? 俺に何か、隠してる?」

 朝陽にしては珍しい質問攻めをされた。
 心配が堰を切って溢れた感じだ。
 朝陽にも、吐き出せる相手がいなかったんだろうから、聞きたいことが山積みだろう。

「物理的な危険は今のところ、ないと思うけど。むしろ、朝陽さんへの片想いが辛そう」
「それは……俺だって辛いよ。けど、この言い方は、狡いか。ごめん」
「俺に謝られても」

 会えなくて辛いのは、朝陽も同じだ。
 お互い、こんなにも想い合っているのに、それをお互い確かめ合えないなんて。
 巡り合わせが理不尽すぎる。
 
「ちゃんと、守るよ。俺、写真部に入ったからさ。朝陽さんの頼み事、叶えてやれる。写真部も浅沼先輩も、俺が守る」
「遥……相変わらず男前だね」
「朝陽さんが来るまでな! 今は俺が守るけど、ちゃんと迎えに来いよ。来る方法、考えろ」

 浅沼は、朝陽の傍に行く方法を自分なりに模索してる。
 だから、朝陽にも考えてほしい。
 お互いの気持ちを、伝えあってほしい。
 けどそれは、俺が教えるべきじゃない。

「浅沼先輩は、朝陽さんの話をして、泣いてたよ。あの涙は、朝陽さんが拭くべきじゃねぇの?」

 俺が伝えられるのは、これが精いっぱいだ。

「他の誰にも、拭かせたくないよ。たとえ、遥でも。傍にいられなくても、俺はやっぱり涼貴が好きで。会えないって思うと余計に気持ちが募って、忘れるなんて無理なんだ」

 浅沼と同じ想いを朝陽が語る。
 朝陽と浅沼は同じ思いを抱えて、別の空の下で生きている。
 それが、とても悲しくて、もどかしい。

(こんなに……こんなにお互い好きなのに、なんで伝わんねぇのかな。なんで、恋人になれねぇのかな)

 他人がどうこうできる問題じゃなくても、せめてきっかけくらいは、作りたい。
 俺にできることは、一つだけだ。

「USB、絶対見付ける。探すヒントになること、何か思い出せない?」

 部室のパソコンデスクにあるはずのUSBが消えたのなら、誰かが持ち出した以外にない。
 朝陽の話からして、最近の話ではなさそうだ。

「えっと、そうだな。写真部の共用USBと同じデザインだから、キーホルダーを付けてきたんだ。涼貴がすぐ気付けるようなヤツ。木札に俺の名前が彫ってある」
「それ、浅沼先輩じゃなくても、間違いようがない。ちなみに、浅沼先輩は知ってんの?」
「涼貴の入院中の話だし多分、知らないと思うけど、どうかな。彬人が返してくれた後に、付けて置いてきたよ」

 浅沼は今でも木島彬人がUSBを持っていると思っている。
 つまり、去年の十月に浅沼が退院した時点で、USBはデスクになかったことになる。
 朝陽の一時帰国は、入院していたから知らないはずだ。
 だから、恐らくUSBの事情も知らない。

「部員の誰かが持ち出したんだとしたら、見付けんの無理かもな」

 元写真部全員に一人ずつ当たる、とかしないと無理だ。

「諦めるの早いよ、遥」
「もういっそ、朝陽さんが俺にデータ送ってくれる、とかじゃ、ダメ?」

 折角の趣向を台無しにする反則技で、申し訳ないとは思うが。

「手元にデータがないから、送れないよ」
「は? バックアップとってねぇの?」
「涼貴に渡したUSBが、実はバックアップ。残り二枚のレイヤーは、あのUSBにしか入ってないけど」
「え? じゃぁ、謎の背景レイヤーと部室のオバケの仕掛けは?」
「涼貴は素直にUSBを開かないだろうから、開きたくなるような悪戯を仕掛けた、程度の気持ちだった」
「あ、そう……」

 急に力が抜けた。
 悪戯に、随分凝った仕掛けを施してくれたものだ。

「まさか、こんなに大事になるとは、俺も思ってなかったんだよ。USBの中に全部のレイヤーが入ってるから、あれさえ開けばシネマトグラフは完成するし」
「うん、まぁ……朝陽さんの気持ちは、わかるよ」

 最初は、朝陽と浅沼の間だけの話だったわけだから。
 木島の事件や、圭吾や俺が介入してくる事態なんて、想定するわけがない。

「地道に元部員から、あたってみるか」

 同クラの田村なら、何か知っているかもしれない。

「あんまり、提案したくないけど。もしかしたら、木島夏彦が持っているかもしれないね」
「夏彦? なんで?」
「あの時、引き出しにUSBがあるのを知っていたのは、俺と彬人と夏彦だ。その後、部員が見付けたとして、俺の名前が入ったUSBを勝手に持っていったりはしないだろ」
「言われてみれば、そうかもな」

 勝手に持ち出すとしたら、意図があるヤツだけ。
 あのUSBを何かに使いたい奴だ。

(そういえば、彬人は時々、浅沼先輩に連絡してるんだよな。怯えていたのに、何で?)

 浅沼は無視していると言っていたから、用件はわからないが。
 
「会いに行くなら、充分気を付けろよ。一人では行くな」
「ん、大丈夫。部員の一年、連れていくから。浅沼先輩は、今は連れて行けない」

 浅沼を嫌っている木島夏彦の所に、一緒に連れて行くような危険は犯せない。

「一年って、遥と同じ中学の、遠藤圭吾君? 遥が中学の頃、片想いしていた子だろ? 元バスケ部らしいし、頼りになるね。夏彦も確か、遥と同中のバスケ部だったよね?」
「はぇ?! な、何故、圭吾を、知って」

 朝陽が突然、とんでも爆弾を投下してきた。
 慌てすぎて舌が回らない。

「涼貴が、一年生が一人、入部したって話していたから。色々聞いていて、ピンときた。遥がよく写真を撮って、俺に自慢してた子だなって」
「なっ……なっ……。片想いとか、なんで」

 朝陽にすら、ゲイだとカミングアウトしていないのに。
 
「あれ? 違った? 今でも好きなのかと思ってた。遥って、一途そうだから」
「なぁ?! 何? 色々、何なの? 俺、朝陽さんにゲイとか、話してねぇよ!」
「もしかして、隠してたの? だったら無神経だったね、ごめん。ずっとゲイだと思ってたから、俺の中で違和感がなかった」

 軽くデジャヴだ。
 部室でも、浅沼と圭吾に似たような反応をされた。
 俺はそんなに、わかりやすいんだろうか。

「べ、別に、良いけどさ……。浅沼先輩のことが大好きな朝陽さんにバレたって、困らねぇし。知られたくない訳でもねぇし」

 同性とか以前に、恋心を知られていたことが、恥ずかしい。
 もしかして、浅沼がやたらとイチャイチャを推奨してくるのは、朝陽の影響だろうか。
 何だか、とても疲れて、そこを掘り下げる気にはなれなかった。

「俺と涼貴の気持ちを知ってるんだから、お互い様ってことで」
「お互い様じゃねぇし。浅沼先輩に余計な話、すんなよな」
「してないよ。同じ中学で仲が良かったみたいだよ程度しか、話してない」
「あ、そう……本当かな」

 浅沼はあれで、色々敏い。
 充分すぎるくらいだ。

「とりあえず、USB頑張って見付けるから」

 疲れたから、話題を切り替えた。

「頼むね。見付かったら、一報ちょうだい。俺も俺ができること、するから」
「うん? わかった」

 朝陽の言葉を、あまり深く考えずに返事した。