隣にいたい片想い ーシネマトグラフに残した想いー

「や……、でも。朝陽さんは何で、木島彬人がUSBを持ってないって、知ってんの?」

 そもそも木島がUSBを持っている事実を、朝陽が知っているのが既に違和感だ。

「去年の九月に俺が、日本に一時帰国したの、覚えてる?」
「そうだっけ? えっと……そっか。法事でばあちゃんちに来たとかで、ちょっと会ったっけ」

 あれは確か、九月の彼岸の頃だった気がする。
 ロスに行ったばかりの朝陽がひょっこり遊びに来て、驚いた。

「あの時、高校にも用があったから、職員室に行った後、部室に寄ったんだ。それで偶然、木島に会った」
「そん時にUSB、取り返したの?」
「取り返した、というか……。あの時は、十月から木島も別の高校に転校するとかで、荷物の整理をしてた。あの日の木島は、一緒に部活してた時とは別人みたいに衰弱してた。俺は事情を知らなかったから、普通に心配したんだよ」
「朝陽さん、良い人すぎ」

 どれだけ衰弱していようと、自分を陥れた相手を心配できる朝陽の心の広さ無限大だ。
 俺だったら追い打ちをかける。

「今の二年に、もう一人、木島がいるだろ?」
「従兄弟の木島夏彦?」
「彼が部室に木島……彬人を迎えに来たんだ。俺を見付けた夏彦が烈火の如く怒ってね。それで、事情を聴いた」
「なんで夏彦が怒んだよって思うけど……なんか、想像つくわ」

 木島夏彦には、中学の頃からウザ絡みされている。
 怒る筋合いじゃなくても、キレる奴なのも知ってる。
 八つ当たりもいい所だが、あの夏彦なら、朝陽を見付けたら怒り狂うだろう。

「夏彦は、涼貴が階段から落ちた事件の後、衰弱した彬人を心配していたよ。二度と彬人に関わるなって言われた」
「はぁ? それはこっちの台詞だっての。誰のせいで浅沼先輩が怪我したと思ってんだよ」
「俺も、それには腹が立つけど。彬人は、階段から落ちた涼貴に怒鳴られたのが、相当怖かったらしくて。俺に怯えていた」
「怒鳴る? 浅沼先輩が? 何て言われたの?」

 あの浅沼が怒鳴る姿なんて、想像ができない。

『お前の恋人になるくらいなら、死んでやる。また朝陽に何かしたら、俺がお前を殺すからな』

 朝陽が教えてくれた浅沼の言葉に、絶句した。
 穏やかで控えめで、いつも微笑んでいるような浅沼からは想像もできない台詞だ。

(あれ? 浅沼先輩は、もっと自虐っていうか、死んでもいいみたいなニュアンスじゃなかったっけ?)

 どうなってもいい、と言っていた。
 浅沼が言う「どうなってもいい」は、俺が感じ取った自虐じゃなくて、もっとアグレッシブな意味合いだったようだ。

「木島の胸倉を掴んで、涼貴が凄んだらしい。あの事故で、涼貴は足を骨折したんだよ。入院して手術する程の大怪我だったんだよ」
「そうだよね。よく怒鳴れたね」
「めちゃくちゃ痛かったはずなのに、木島を牽制して、俺を庇うようなことまで。あの時の涼貴が、木島には凄く怖かったし、ショックだったみたいだ」
「あぁ……なる」

 身体的にそこまで切羽詰まった人間が、必死に放った言葉だ。
 鬼気迫る浅沼の言葉の内容が、彬人を全否定しているんだから、ショックに違いない。

「普段、大人しい人が本気で怒ると、怖いもんね。浅沼先輩って、儚げで守ってあげなきゃな人かと思ってたけど、強いんだ」

 電話の向こうで、朝陽が小さく吹き出した。

「涼貴は芯の強い人だよ。俺より、ずっと強い意志を持った人だよ」

 朝陽の声は、どこか誇らしげだ。

「木島が怯えた気持ち、わかったかも。自分より弱いと思っていた浅沼先輩に惚れてたんなら、意外すぎて恋心が冷めるどころか、怯えるかもね」

 そんな浅沼が大事にしている朝陽には、それはもう近付きたくないだろう。
 日本にいるはずのない朝陽が突然、部室に現れたら、オバケくらい驚く。

「彬人が、そんな感じで俺に怯えるから、夏彦がお互い接触は避けようって」
「夏彦が? 大人な提案で意外だ」
「俺は浅沼涼貴が大嫌いだ。写真部もお前も許さない、とは言われた」
「全然、大人じゃなかった」

 木島夏彦が写真部を目の敵にしていた理由が、わかった。
 部員に圧を掛けて退部にまで追いやるのは、やり過ぎだが。

「朝陽さんは、浅沼先輩の事故も入院も知ってたんだ。何で知らない振りしてたの? そんな話、してなかったよね?」

 少なくとも浅沼は、朝陽が何も知らないと思っている様子だった。

「それは……夏彦に口止めされたんだよ。彬人をこれ以上、衰弱させたくないから、この話を蒸し返すなって。木島夏彦は涼貴を嫌っているし、手を出されたら俺じゃ物理的に守れない。だから、知らない振りで通すことにしたんだ」
「夏彦の野郎。完全に逆恨みじゃねぇかよ」

 もう少し真面な精神の男かと思ったが、買い被りだった。

「USBはね、転落事故の時、涼貴が落としたのを拾ったって、彬人が話してた。部室のパソコンデスクの引き出しに入れておいたから、涼貴に返してやってくれって」
「え? そうなの? パソコンデスクになかったよ?」

 圭吾と涼貴と三人で、三日も気合を入れて探したのに、見付からなかった。

「俺も帰る前に引き出しに入っているのを確認したから、あるはずだけど。部員の誰かが持ち出したのかな。写真部の共用USBと同じデザインだから、間違うかもだけど」
「そっか、それで……」

 写真部のUSBを見せた時、浅沼があからさまに慌てたのは、そのせいだったんだ。